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出来れば裏側も見ておきたかったですね

 ─────同刻。


 来栖悠人が灰崎廻に、能力に関しての質問をされた時。


「……ふぅ」


 彼女の高く、美しい鼻筋は夕景に照らされている。引き締まり、しかし可憐な唇を震わせながら……榊原殊葉は握った手の甲をドアに向けた。


(─────勇気を出せ、ボク!ここで踏み出さなければ、真実は分からないままだ)


 再び息を整え、拳を握る。


 中にいる二人に来客を知らせるため、手の骨がドアと衝突する──────



 直前。


「よう」


「ッ!?」


「いつになっても他クラスとか他の部活に突っ込むのは勇気いるよな。気持ちは痛いほどに分かるぞ」


 影が伸びていた。


 午後四時の赤い光を塞ぐように立っていたのは──────


「なっ……線堂君!?」


「どうも、線堂進です」


「きっ、奇遇だね!君も来栖君に用があるんだろう?丁度同じタイミングでだなんて……」


「いや?俺は悠人に用はないぞ」


「……」


「勿論、灰崎廻にもな」


 その言葉が何を意味しているか、すぐに理解した殊葉は息を呑んだ。


「お前だ、榊原殊葉。他でもないお前に用がある」


「……嬉しいな、普段ボクを訪ねてくるのは女の子達ばかりでね。君のような魅力的な男子に─────」


「取り繕うな、機嫌を取ろうとするな、媚びるな」


「うっ……」


「おっと……すまん。勘違いしないでくれよ、目当ては口喧嘩じゃないんだ」


 反射的に捲し立ててしまった進は咄嗟に口を抑えながら、誤魔化すように周囲を歩き始めた。


 ─────素早く他人を否定し、常に誰かの粗を探しているのは……進の親友たる来栖悠人の悪い癖だ。幼稚園児の頃から共に育ってきた進にも、その悪癖はわずかながら伝染してしまっている。


「最近、悠人に付きまとってるみたいだが」


「……」


「何故だ?」


「おぉ、少しばかり過保護じゃないかい?君も来栖君も高校生なんだ。誰かと仲良くしているくらいでそんな気にする必要はないさ」


「過保護?護ってるつもりなんて無いんだがな……悠人は俺なんかに守られながらじゃないと生きていけない人間じゃない。仲の良い奴ばかりとつるみたがるだけで、他人とも問題無く喋れる男だよ……本来は」


「じゃあそこは撤回するとしよう。だが益々理解出来ないね、護ってるわけじゃないなら何故君は─────」


「俺のためだ」


 進の視線は殊葉の方を向いておらず、窓から見える景色……夕焼けの元に燃える木々を眺めているのにも関わらず、殊葉は常に刃を向けられているような圧を感じ続けていた。


「俺が何もしなくても、今の悠人なら障害にぶち当たってから乗り越える事が出来る。でも─────俺はもう二度と、あいつに傷付いて欲しくない。少しでもだ。だから……」


「……っ」


「俺は障害を排除する」


「怖いな、物騒だよ」


「物騒で結構。……じゃ、お前の番だ」


『目的を教えろ』─────無言の圧が真っ直ぐと突き刺さる。


「……単純な事だ。ボクは疑問を解消したい。ボクを助けようとしてくれた来栖君と、例の動画での来栖君はまるで別人のようだった。ただ─────真実が知りたいのさ」


「真実、か」


「彼が嫌がるというのならやめるさ。しかし……来栖君の事を皆が誤解してしまっているというのなら、それは由々しき状況だ。自信満々に正義を振りかざすボク達は、知らぬ間に罪無き者に言われの無い罰を与えている事になる─────双方にとって、良くないじゃないか」


「俺が教える」


「え」


「俺が事の全貌を話す。だからお前はもう悠人にその目的のために近付くのをやめろ」


 嘘を言っているようには見えなかった。だからこそ、殊葉は不可解に思う。


「ま、待ってくれ!来栖君は『話せない』と言っていたぞ?『一人で話せる問題ではない』とも。それなのに当事者ではない君が、本人の意を無視して伝えて良いものなのかい……?」


「……榊原────」


「な、なんだい」


「お前、良い奴だな!」


「……どうも」


「あぁ、実にごもっともな言い分だ。だが……さっきも言ったが、俺は悠人のために動いてるんじゃない。俺のために動いている……つまり、悠人の意思を無条件で優先するわけじゃないんだ。それに─────悠人はまだ捨てられないみたいだが、俺は『あの女』に対する情なんて無いからな」


 憎しみの孕んだ声色が耳を通して身体の芯まで響く感覚。背筋に冷や汗が流れるのを感じながら、それでも殊葉は進の言葉に耳を傾けるのを止められなかった。


「その代わりと言ったら何だが、一つ頼んでも良いか」


「内容によるだろう、そんなのは」


「……この件とは関係なく、悠人と仲良くしてやってほしい。それだけだ─────」


 ─────直後、教室から響いた声。机を叩くような、誰かが誰かに叫ぶような声が……オカルト研究部の部室から聞こえた。


「場所を変えよう」


「……分かった」


 殊葉は淡々と歩く進の背中を眺めながら─────目の前にある真相に踊る心と、直視する事に対しての恐怖を感じていた。























 夕焼けが色付けるベンチの上。陸上部の掛け声を右耳から左耳へ通り抜けさせながら、進は来栖悠人という一人の人間の苦しみの歴史を語り終えた。


「──────という訳だ。今でこそ平気そうな顔してるが……それは悠人が必死に頭の中から『奴ら』の顔や名前を消してるからだ。だから、道端でばったり出会ったりでもしたら記憶がフラッシュバックして……しばらく部屋に引き篭もるくらいなんだ、あいつが受けた傷の深さは」


「……」


 何の言葉が正解なのか、殊葉は答えを知らなかった。どんな反応をすれば良いのか……教わった事などなかった。


「じゃあ、例の動画では……その、偶然出会ってしまったという事かい?来栖君を虐めた奴に……」


「あぁ。でもその女だけは─────悠人は頭の中から消せなかったんだ」


「え?」


「その女……元カノを激しく恨むと同時に、付き合ってた頃の記憶が心地良かった……らしい。あれだけの事をされてそんな事を言える気持ちは理解出来ないがな」


「な、なら、あの動画に写っていた女子生徒は─────」


「そう。どうしてかこの学校にいるクソおん……いや、訂正する必要も無いな。クソ女だ」


 自然に悠人の癖が出てしまったのを自嘲気味に笑いながら、進は言った。


 言ってしまった。


「そいつの名前は朝見星。何組かは知らないが、ろくな性格はしてない。榊原も気を付けた方がいいぞ」


「っ──────」


 瞬間、殊葉は予測が『当たった』という達成感と、『当たってしまった』という悲しみに強く挟まれた。


 ここ数日、殊葉は悠人と接触しながら同時に……知り合いの第四中学校の卒業生に聞き込みを行っていた。


 結果は……『誰も詳細を教えてくれなかった』という異様なモノだった。


 皆、口を揃えてこう言うのだ。


『詳しい事は●●に聞いた方がいいと思う』────と。まるで何かに怯えるように責任を押し付けていた。


 ●●に入る名称は数種類。


 その中の一つが殊葉の友人でもある『朝見星』の名だった。


(予想はしていた。だけど、まさか……!)


 殊葉にとって星は『イジメ』などとは無縁の平和さを持つ、まさに学校生活の中のオアシスのような存在。他の女子達のように自分に群がる事はなく、自然体で話せる貴重な、大切な友人。


 当然、悪事に加担していたなど簡単には信じられない。


(だがそれと同じくらい、来栖君の『電車』と『動画』の差も信じられないモノだった)


 ─────それほど差が生まれてしまう理由が、少しだけ掴めた気がした。


(もしボクが星に裏切られたら……)


 その痛みは計り知れない。確信できるのはそれだけだった。


「話はこんなもんで十分だろう。気を付けて帰れよ」


「え、あ、あぁ……」


「近頃は痴漢が出るらしいからな」


「……余計なお世話だよ」


 去っていく背中を見て─────ただ、立ち尽くす。


 手に入れた真実は、喜ぶにはあまりに残酷なモノ。


「ボクは……どうすればいいんだ」


 愛。憎悪。悲嘆。絡み合った関係性の観測者になった殊葉だが、だからと言ってそれを解いて正しい形に直す事は不可能だ。切れた糸を修復するのも、本人達にしか出来ない。


「ただ一つ、分かっているのは……」


 行動理念。この真相を知る事となったきっかけ。榊原殊葉の動機。


 それ次第で彼女は追求を止める。それ次第で彼女は……全ての解決にさえ乗り出すかもしれない。


 たった一つの、しかし巨大な『縁』だ。


「ボクには─────コーラ一本じゃとても返し切れないほどの借りが、来栖君にあるという事だ……!」

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