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少しミスしましたが、許容範囲です

『なぁ、悠人』


『ん?』


『─────どうして春には言わないで、俺だけに言ってくれたんだ?お前のその力の事』


 高校入学前の夜。お互いにコントローラーを持った状態で、進が呟いた。


『あぁ、それは─────』


『……?』


『それ、は……』


 俺は進に聞かれるまで、その答えを自分の中で具体化していなかった。


 理由は一つ、『したくなかった』から。


『出来なかった』からじゃない……つまり、しようと思えばいつでも出来た。脳の片隅にその思考はずっとあったんだ。


 俺は。俺は──────


『俺は、三上の事が……』









 ー ー ー ー ー ー ー










「……です……」


「……来栖クン?」


「いや、です……言いたくない─────」


 隠して何になる?そんな事をしても意味は無いのに。


 能力の正体を究明するには、灰崎廻に打ち明けて一緒に情報を整理しながら調査した方が良いはずだ。


 でも、それを拒むのもまた俺だ。


「ここに来て勿体ぶるなよォ!別に言ったって良いじゃんかァ」


「ッ!」


 灰崎先輩が机を叩いて立ち上がったと同時に────俺の心臓と肩が飛び上がる。


「……どしたの?なんか、顔色が……」


「いえ、なんでも無いです。なんでも────」


「熱あったりする?ちょっと待ってねェ……」


 机の上に身を乗り出す形で灰崎先輩が近付いてくる。その白い手が俺の額へとまっすぐ伸びて─────


「っ、やめろ……ッ!」


「え……」


 ……俺はその手を叩いてしまった。


「あ、いや、ちがっ……」


「ご、ごめんね?そんな殴るつもりとかじゃなかったんだけど……」


「分かってます、先輩が……悪いんじゃ、なくて……」


 不安げに眉をひそめた灰崎廻の眼差しが俺に注がれる。


 憐憫の視線だ。


「……やめてください」


「え……」


「……み、見ないでくださいよ……あんたが、俺を……そんな目で……ッ」


「……」


「その目は……その目は偽りだ!誰も、誰も俺を助けてくれなかった……その視線を向けて立ち去るだけで、可哀想って思う事で自分を許す奴ばかりで、その間も俺はずっと!ずっと─────」


 ─────『ラブコメの波動を感じる』能力は、俺にとって大きな『武器』だった。さながらヘルメスの加護付きの靴。弱者である俺に神が授けた逃亡装置。


 俺はこの力を大切に思うあまり……無意識のうちに『守らなければいけない』と判断していた。


『ほら見て!肋骨浮き出てるー!』


『男子なのに痩せてるのダサくない?』


『ね、きもーい』


『細すぎて折れちゃいそうだし……蹴るのは別のところにしてあげよっか』


『うわ、うちら優しすぎ〜!感謝しなよ〜』


 経験から学んだ。俺を守る物(制服)が剥がされた時、屈辱の味と虚しい寒さを浴びせられ続ける地獄が待っている。


 だから─────進にしか打ち明けられなかった。


『俺は、三上の事が…………怖いんだ……!』


『えっ……』


『おかしいだろ?幼馴染なのに、ずっと遊んできたのに。でも……三上を含む女子が恐ろしくてたまらないんだよ……おかしいだろ!?もちろん三上は、他の女子と比べれば比べ物にならないくらいに信用してる。でも──────』


 怖い。心のどこかで恐れている。


 10年目の付き合いの、大切な幼馴染でさえ。


「えっと……来栖クンはワタシがァ……あー、怖いのかな?」


「……はい。……少し」


 認めないまま黙っているのは、格好悪くて自分を嫌いになってしまいそうだった。


「でもここ最近ずっと、一緒に放課後を過ごしてたよ。それに……ワタシを怖がってるならさァ、そんなワタシと心霊スポットなんて行けなくない?」


「それ、は……」


「─────知ってるよ。キミが急に今になって、ワタシの事が怖くなった理由」


「……え」


 穏やかに微笑んでいる灰崎先輩の顔は、どこか……何故か、言い表せない気持ちで胸がいっぱいになる表情だった。


「いや、これは別に……その、秘密を追求されるのが、少し怖くて──────」


「それだけじゃないよね」


「……じゃあなんだって言うんですか。あんたが俺の何を知って……!」


「まだ知り合って間もないけど、ワタシはずっと来栖クンを見てきた」


 彼女のその表情は……そう、やはり──────見ていて悲しくなるものだった。


「……ワタシは来栖クンしかはっきりと見れないんだからね」


「……」


「要はさァ!キミは安心したいんだよ」


「安心……?」


「そう─────来栖クンより『下』なワタシを見て、ずっと安心してたんだろ」


「…………は?」


「だってそうだろォ?」


 まるで笑顔のような、しかし悲壮感あふれる表情で灰崎廻は続ける。


「ワタシは来栖クンより友達少ないし、怖がりだし、ゲーム下手だし、年上なのに日常も充実してない。総合的に充実してないから!でしょ?」


「いや、それは違う……!」


「今、キミがこわ〜くなっちゃったのは……ワタシに元カレがいるって明確に判明しちゃった事で、まずワタシへのイメージが少し『上』になる」


「何を言って────」


「そんで次にワタシが豪火の事ぶん殴ってたのをキミは見てしまった。暴力を振るう女の子の事をね。……ごめんね、嫌な事思い出させちゃったかな」


「そんな事は……!」


「来栖クンの過去について、大まかなことしかワタシは知らないけどさ……見下す対象がいる事で安心出来るなら引き受けるよ。どんな関係でも、ワタシは……」


「──────違うって言ってるだろ!!」


 声を荒げたと同時に、灰崎先輩の顔が……驚愕と恐怖に混じったものになる。


 その方がマシだ。さっきまでの無理矢理笑おうとしてる顔より全然良い。


「良い加減にしろよ。自虐オナニーで一人だけ気持ち良くなりやがって」


「び、びっくりしたァ。先輩には敬語をですねェ……ん、今オナ……オナ……ニーって言った!?」


「そうだろ。あんたが言ってるのは単なる……自信がない故の保険、自己防衛だろ。後は自己犠牲精神で酔ってるだけ。そこに俺の意思まで巻き込むな!」


「そ、そんな事言ったって……じゃあ来栖クンは─────」


「楽しかった」


「え?」


「少なくとも俺は……灰崎先輩との時間が楽しかったから一緒にいたつもりなんです」


 初めは『能力者から情報を聞き出したい』という目的があった。だが次第に……変わっていった。


「この部室が心地良かった」


 目的はすり替わってしまった。だからこそ……今日の今日まで、『他の能力者と会った事はありますか?』とか……質問をしてこなかった。


 目的という言い訳を無くしたくなかったから。


「ま、先輩は違うんでしょうけど」


「うぇっ!?」


「俺だけが不快感を感じないから、波動が見えないから一緒にいるんですよね?逆に言えばそれ以外の理由は無いわけだ。つまりはただの身体目的」


「か、身体目的ィ!?ちょ、ちが……!」


「まぁ良いですよ。俺で良ければ引き受けますよ。どんな関係でも俺は……」


「ご、ごめんって!ワタシが悪かったですゥ……はいィ……」


 涙目で俯く灰崎先輩の姿は……どこか加虐欲というか、ち●かわ的キュートアグレッションが湧き上がる感覚がする。


「ワタシも、そ、そのォ〜……く、来栖クンといるのは楽しいよ。でもさァ……仕方なくない?」


「何がですか」


「ふ、不安になっちゃうんだよォ……来栖クンがどう思ってるのかなって。ワタシとつるんでて、不満はないかなァって……」


「あー……」


 なんというか、そんな弱気な言葉が灰崎廻という人間の口から聞けるとは思わなかった。


「……ふっ」


「なにわろてんねん」


「いやwまさに『女』って感じの言い分だなと……w」


「おいィ!それネットでよく見る『良くない人達』の言い方だぞォ!」


「女さんブチギレでワロタ」


「ちょっ……もしかして来栖クン、いつもツイッ●ーでそういうツイー●してたりする?本当にやめな?ガチで引かれるからワタシ以外には言わない方がいいよ……」


「くくく……いやいや、灰崎先輩」


「え?な、何ですかィ」


 俺はにっこりと笑顔を作り、自信満々に『前から言いたかったセリフ』を満を辞して言い放った。


「──────ツ●ッターじゃなくて、エ●クスですよ!」


「…………」


「ま、それは置いといて」


「いやさっきワタシにあれだけ言ってたのに自己満で逃げるなよ」


「……置いといて。俺の能力に関しては─────いつか。いつか言います」


「あれ、教えてくれるんだァ」


「はい。いつか、俺が……」


 ──────『女』という性に対して特別な感情を抱かなくなった時。そんな瞬間が訪れるのかは分からないが、もしそうなった場合はきっと……灰崎先輩の影響が大きいのだろう。三上と母親以外にここまで気さくに話せる女性がいるとは思わなかった。俺に必要だったのは強制的なきっかけと……相手の強引さだったのかもしれない。


「ん?なんだィ」


「……いえ、何も」


 もし俺がそこまで成長出来た時は─────答えを出したい。一歩を踏み出したい。


 あなたに、感謝を伝えたい。

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