メンタルが試される箇所ですが、乗り越えましょう
「じ、じゃあオレはこれで失礼するぜ、師匠……」
「あ、はい」
豪火は悠人に一礼をした後、トボトボとドアに向かって歩きながら、廻に殴られた身体のあちこちをさする。
──────ドアに手をかけた瞬間、耳元に廻の囁きが入ってくる。
「次余計な事すれば……分かるなよなァ」
「……はいはい。お前を怒らせても不吉な事しか起こらねえからな。ひでぇ時はお前についてっただけで車に轢かれたなんて事も……」
「ワタシと来栖クンは今『良いところ』なんだ。邪魔すれば殺す」
「邪魔なんてしねぇって。……しっかし、相変わらず廻は怖いもの知らずだな」
わざと大きめで、悠人にも聞こえるようなボリュームで豪火は言った。
「師匠みたいな恐ろしい御方に手ぇ出すなんてよ!」
「ッ、豪火テメェ……!」
「また稽古つけてくれよ、師匠〜!」
勢いよくドアを閉めた後─────廊下を全力疾走する音が、2階の全教室の中まで響いていた。
ー ー ー ー ー ー ー
豪火君から知らされた新情報は、驚きこそしつつも……インパクトが大きいだけで、何もおかしいとは思えなかった。
改めて見れば、どちらもヤンキーくさい外見をしていてお似合いとも言えるだろう。夜中の路地裏やコンビニ前にたむろしてそうな感じの……うわ、イメージしやすい。
だが今、暴露された本人は立ったまま俯いている。
「……そんなに嫌ですか?俺にバレた事が」
他人に元恋人がバレたところで、何をそこまで気にする必要があるのか。
「女の子はそういうの気にするの」
「そ、そうなんですか」
────直後、灰崎先輩がゆっくりと俺へ歩み寄ってくる。
「……」
「は、灰崎先輩……?」
椅子に座ったままの俺を、至近距離で立ったまま見下ろすその顔は─────どこか、恐怖にも似た感情があった。
「なんで豪火が……あいつがここにいたの」
「灰崎先輩に会いに来たらしいですが、どうやら進に喧嘩で勝ちたいらしくて。それでどうして先輩に頼ろうとしたのかは知りませんが」
「師匠って呼ばれてたけど、どういうこと」
「あぁ、話しているうちに意気投合しまして。俺がスマ●ラを教えてあげようってなったんです」
「意味分かんない」
「ほとんどあの人の勘違いによるものですね……適当に話は合わせてくださいよ」
「うん」
「……どうしたんすか?一体……」
何故だか─────表情というか、態度というか、喋り方が幼いような……?
「……」
─────顔の距離が、縮んでいく。
(これ、は……まずい……)
脳に波動が響く。鈍器で殴られたような重い余韻と、角砂糖を直接口の中に放り入れたような甘い感覚が同時に襲いかかる。
波動の強弱のレベルじゃない。『波動が発生すると同時に波動を浴びている』状態。……絶え間なく、俺の全身を包む波。
俺の頬に触れる手が、それをより強くして───────
「……フフ。酷い顔しちゃってさァ」
それ以上距離が縮む事はなく、灰崎先輩はいつも通りの位置に座る。
「はァ……ワタシの黒歴史もバレちゃった事だし。聞いて欲しくなさそうな事を単刀直入に聞くよ、来栖クン」
「え?」
雰囲気がいつもの灰崎廻に戻ったかと思えば──────その真剣な眼差しが俺の目を一直線に貫いていた。
そして無慈悲に言い放った。未だに波動の余韻に酔う俺を絶句させる質問を。
「キミはどんな能力を持っている?」
「───────」
口が動かなかった。代わりに鼓動はどんどん加速する。
─────何故、能力を持っている事がバレた?
「なんでキミが能力者だと分かったか。それが気になる顔をしているね」
「……まぁ、はい」
「ヒントをあげよう。そうだなァ……うん、決めた。詩郎園豪火、さっき出ていったアイツなんだけどさ……」
「先輩の元カレですね」
「…………それでいじるのだけは本当にやめてよ」
「あ、あーいや!すみません……」
「……んん“!気を取り直して。で、その豪火がさァ……『匂い』がどうのこうのって言ってなかった?」
──────匂い……?
『んん?なんでだ?オレが廻のよく分からねえ匂いを間違えたってのか……?』
「何か、そんな事言ってたような……」
「それがあの筋肉ダルマの能力」
「……え!?」
詩郎園豪火の……能力?
「豪火君は……能力者だったんですか!?」
「来栖クンと会う前にね、一人だけワタシみたいに変な体質の奴に会った事があってさァ。それが豪火ってわけ」
「……それは一体、どんな能力なんですか?」
「ワタシも詳しいところは分からないけど、これかなァっていうのはある。来栖クン風に言うと──────」
指をパチンと鳴らし、不敵に笑う灰崎廻。一言一句を聞き逃さないよう、俺は呼吸すら止めて耳に神経を集中させた。
……静けさの中、言葉は紡がれる。
「─────『バトルモノの波動を嗅ぐ』能力……かな。波動を嗅ぐって何だよって思うけど……」
「……バトルモノ?」
「恐らくねェ。来栖クンの表現のおかげで、ワタシも自分自身の力と豪火の力の解像度が上がったよ」
「ま、待ってください。だったらなんで豪火君は灰崎先輩の匂いを?先輩は喧嘩とかしたり……するんですか?」
「いや?今も昔もしてないぜ」
「だったらなんで──────」
「『異能バトルモノ』……ってあるじゃん?」
「あっ……!」
空いていると思っていた理論の穴に、すっぽりとハマるピース。
「豪火に従って、『匂いの強い方向』をどんどん追って行った事があってさ。ワタシが日常の波動を避けて歩くのと同じ感じでね。その時に辿り着いた『波動の源』は……ほとんどが不良と不良のロクでもない喧嘩だった」
「……不良、ですか」
「現実で起こる『バトル』がそんなもんしか無いってのはあるかもだけど……ワタシはこう考える。『豪火にとってのバトルが不良の喧嘩』である……ってねェ」
「……まぁ、豪火君の性格的に間違ってはなさそうですが」
「だから─────『能力』も不良の喧嘩に強く反応するようになる」
「っ!それは……『能力を持つ者の解釈』によって能力の範囲が変わると言う事ですか?」
「あくまで考察だけどね」
──────考えた事もなかったが、少し身に覚えがある。
前に進とした会話で……俺は『セックスもラブコメの内に入る』みたいな事を言った。現に俺は路地裏で致しているカップルに対して波動を感じていたからな。
だが進はどこか納得していない様子だった。『セックスはラブコメの内に入らない』と考えている進が、もし俺の能力を手に入れたら─────あのカップルに波動は感じなかったかもしれない。
「で、自分と同じ系統の能力を持つ者がいるっていう、『異能バトルモノ』の展開に……そう、ワタシに対して豪火は『薄い』『異常な』匂いを感じたらしいわけ」
「……本来は能力の範囲外だから……ですか」
「予想だけどね。そして─────そんな能力者である豪火を見て、当時のワタシは驚いた!」
大袈裟に両手を広げ、灰崎廻は言った。
「『こんなに日常の波動を感じない人間は初めてだ!』─────ってね」
「……」
「だからキミを見た瞬間に、キミが能力者な可能性は考えてたんだ」
「ずっと黙ってたなんて酷いじゃないですか」
「ブーメラン乙」
……クソ、最初っからお見通しだったって訳かよ。
「んでねェ、実は豪火みたいな変な奴でも波動が完全に無いなんて事はなかったんだよ」
「えっ」
「つまりさァ──────気になるんだよ、来栖クンが一体どんな力を持ってるのかが!」
……待て、それはどういう事だ!?
俺の『ラブコメの波動を感じる』能力と豪火君の『バトルモノの波動を嗅ぐ』能力に何の差がある?どうして俺の方が『非日常』だと判断された?どう考えてもただの陰キャである俺より、図体がデカくて顔も怖い豪火君の方が日常より遠いはずだ。
─────何かが、おかしい。
「教えてくれよ、キミの能力を」
出会った当時は灰崎先輩の事を信用しきっていなかったのと、単純に聞かれなかったからという理由がある。
だが今は……それは無くなったはずなんだ。
「それとも何か、言いたくない理由でもあるのかィ?」
──────理由。
考えたこともないし、考えても分からない。でも……俺はきっと、心のどこかで……。
「俺の能力は────────」




