最重要ポイントです、気合を入れましょう
「おはよう」
「おはようございます」
まだ涼しい春の朝日を拝みながら、俺は席に座り荒川の机に寄りかかる。
「やばいよ─────もう5月だ」
ここ一週間くらいは何事もなく平和に過ごせはした。たまに榊原が絡んできて、そのせいで大勢の女子に睨まれたりはしたが……これも俺の高校生活の中では平和の部類に入る出来事だ。
「自分からしたら『やっと5月か』って感じです」
「……まぁ、それも分かるよ。4月は色々な事がありすぎた」
詩郎園七華との因縁。朝見星との再会。灰崎廻との邂逅。榊原殊葉との茶番。7組との衝突……人生で一番濃い4月だった。こんなのが続けば身体がもたないぞ、高校生活。
「そう言えば、彼女とはどうなった?」
「仲直りはしたけど、みたいな……まだお互いにぎこちない感じです」
「面倒臭そうだな……彼女ってさ。というか女自体がダメだよ」
「分かりますけども」
「何だよその目は」
「いや……来栖君って普通に人間性終わってますよね。ネットとかで女性差別してたりフェミニストもどきとレスバしてるのって来栖君みたいな人なのかなって……」
「急に刺さる事を言うな……まだしてないぞ。まだ!」
そもそもsnsで友達を作ったり、何かを呟いたり、みたいなのが嫌いだ。現実で苦手な事でもネットなら……と思って一時期頑張っていた事はあったが、俺は『現実での友達作り』が苦手なのでは無くそもそも『友達作り』が苦手なんだ。
もちろん、人と会話する事もそれ自体が嫌なわけで。基本的に見る専を貫いている。
「でも、来栖君だって女性の噂はあるじゃないですか」
「え」
「ほら……オカルト研究部の」
「あー……」
「よくお昼とか放課後に、一緒に自販機でジュース買ってるところ見ますよ。仲良さそうに見えましたが」
「どうだろうな。分からないんだよ……相手の気持ちも、俺の気持ちも」
灰崎先輩とは惰性で過ごし続けている。あの人も変な気を起こさなければ非日常に突っ込んだりするのを自粛したため、本当にただただ暇を潰すだけの部活になっている。
活気のあるイベントがないからこそ、分からない。俺とあの人の関係性が最終的にどのような場所に着地するのかが。
「でもさ、あの人結構可愛いんだよ。釣り合わないって、俺じゃ」
「自分にそれ言っちゃいます?」
「……悪気は無かった」
確かに荒川は、良く言えばふくよかでおおらかな人物だが、悪く言えばデブ陰キャだ。一体どんな手段で彼女を手に入れたのだろうか……いや、確か小中が同じで、そこで仲良くなったんだっけか。
「榊原さん……だっけ?話してるとこ見かけますが」
「アイツに関しては何で絡んでくるのか分かんね。……でも正直可愛くて性格が良くて俺の事好きなら彼女とか誰だって良いよ」
「条件指定しすぎて『誰だって』が成立してないですよ」
「んーでも実際さ……あ、やべっ」
「起立────気を付け、礼!」
「ざっす……」
「はようざいます……」
入学当初はしっかり言っていた朝の挨拶も1ヶ月経ってしまえばこの通りだ。
「おはようございます、今日の予定は───────ですが─────体育係は─────で、ゴールデンウィークですが……」
「あぁ、そっか5月と言えば……」
「予定ありますか?」
「無い。ゲームでもして過ごすかな」
と言っても─────『危険だから』外に出たくないというのが本音。
『あぁそうだ悠人。詩郎園の兄貴が襲ってきたから、一応外歩く時は気を付けろよ』
進によって、まるで何かのついでかのように知らされた大事件。聞けば、襲ってきた場所も近所だったらしいし……普通に怖い。
兄がいるとは知っていたが、比較的冷静で暴力沙汰とか起こさなそうな妹と対照的すぎる。
妹と同じく、兄貴とやらにも関わりたくないものだ──────。
ー ー ー ー ー ー ー
─────が、彼らを導くのは運命だ。
「ッかー!学校来たは良いけど授業がだりぃ……」
ようやく線堂進から受けた傷が癒えてきた今日、詩郎園豪火は再戦のために登校してきていた。
だが長く退屈な授業の時間の中で、彼は気付いてしまった。
『また戦っても返り討ちにされるだけだ』……と。
「き、君!今は帰りのホームルームの時間……」
「……あ?もう放課後なんだから別に良いだろうが」
「ヒィッ!す、すみませんでしたぁ……!」
「……チッ、ビビんなら最初から無視しろよな」
慌てて逃げ帰る教室に舌打ちし、ため息とあくびの合間にジュースを胃に流し込みながら中庭のベンチの上で思考する。
「どーしたら線堂に勝てんのかな」
彼に完膚なきまでに叩きのめされてからは、脳がそれ以外を考える事を許さなかった。
「……ダメだ、思いつかねー」
込み上げてきた眠気に、もう一度あくびを放とうとしたその瞬間──────
豪火の鼻腔をくすぐる、ほのかな香りが漂った。
「この匂い……廻か?」
今まで出会った人間の中で最も『変』な存在であり、中学生の頃の一時期は仲が良かったとも言えるが……同じ高校に入ったはずの今、彼らは疎遠になっていた。
「なんか少し違うような気もするけど……そうだ!廻ならまた変な呪物みてーなの見つけたり事件に出くわしたりして……線堂に勝てるんじゃねえか!?」
驚くほど頭の悪い理論だが、もはや豪火にはそれが勝利への糸口であるとしか思えなかった。
ベンチから立ち上がり、飲み干したジュースのペットボトルをゴミ箱に投げ入れ、鼻を擦りながら堂々と歩み出す。
「さて、匂いを辿っていくか……!」
─────そして、同時刻。
「……あれ、廊下出て良いんだよな?ホームルーム終わったんだよな……?」
7組のホームルームは早めに終わったため、自分以外に誰もいない廊下に危うさを感じつつ、来栖悠人はオカルト研究部部室を目指す。
「入ります……ん?」
辿り着いたその教室の中には誰もいなかった。
「珍しい。俺がどれだけ早く来ても大体いるのに」
いつも通り椅子に座り、肘をついて考える。
「……ゲームでもしてるか」
鞄の中から取り出すのは某会社の某ゲーム機。電源を入れ某作品を起動する。
「……」
孤独。無言の時間が続く──────と、思われた。
悠人の想定より早く、その終わりは訪れる。
「……ん、もう来たか」
ドアを開く音に反応し、ゲーム機を置いた悠人は「うっす」と小さく、灰崎廻に会釈しようとした。
──────直後、絶句した。
「あれ!?廻じゃねえ……!?」
目の前に現れたのは灰崎廻ではなく……ゴリゴリに陽キャで、まごう事なきチャラ男で、絵に描いたようなヤンキーだったのだ。
「んん?なんでだ?オレが廻のよく分からねえ匂いを間違えたってのか……?」
灰崎廻の『匂い』は豪火にとって特殊であり、普通に嗅げば間違えるはずはないほど特徴的だ。
考えられる可能性として挙げられるのは──────
(オレが辿ったのは廻じゃなくて……コイツの匂いだったのか?)
豪火は目の前の男と対面してようやく気付いた。この匂いは灰崎廻より薄く、しかし異様さはこちらの方が上……明確に廻とは異なる匂い。
灰崎廻以外に、ここまで異様な匂いの持ち主と出会うのは初めての事だった。
「灰崎先輩ならまだ来てませんよ」
「!」
「待っていれば来ると思いますが」
その後輩は淡々とした言葉の後……机の上のゲーム機を取り、何事もなかったようにゲームを再開した。
豪火にとっては衝撃的だった。
(コイツ……オレにビビってないのか?)
一般的に見て不良っぽい見た目をしている自覚はあった。それ故におとなしい性格の者には年齢を問わず恐れられてきた豪火だが──────
(やっぱりコイツも廻と同じように『何かが違う』奴なのか?)
その後輩に興味を示し始めていた。
───────その裏で。
(やっべえええええ!!なんかクソヤバそうなヤンキー来たんだけど!?!?)
当の本人である来栖悠人はあまりにもビビり散らかした結果、全身が凍り付き喋る事しか出来なくなっていたため……まるで『堂々としている』かのように見えてしまう状態で鎮座していた。
(これカツアゲってやつだよな)
(ただの男じゃなさそうだ)
(何としても─────生き残ってやる!絶対殴られたくない……痛いのは嫌すぎる……!)
(おもしれー!廻とオレと同じでコイツも変な力を持ってんなら……利用して線堂に勝てるかもしれねぇ!)
運命は盤上を揺らす。二人の男を操り始まる戯れは─────変な陰キャと、変なヤンキーの盤外での争い。




