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ここは二発で突破しましょう

 ──────その日の放課後。何事も無い帰り道にて。悠人がいつも通り部室にいる時間、線堂進と三上春は二人、いつも通り下校していた。


「しかし、悠人もなんだかんだやれてるっぽいな」


「だよねぇ。味方してくれる人がいて良かったよぉ。動画が流れてきた時はびっくりしたけど……」


 進と春の行き先が分かれる道で、二人はまだ尽きない話題の消化をするために立ち止まっていた。


「荒川くんでしょ、殊葉ちゃんもそうだし、あと……オカルト研究部の部長さん!」


「あの人は……どうなんだろうな。俺はまだ信用出来ないが」


「もう、進くんはちょっと警戒しすぎだよ。世の中って意外と良い人多いよ?」


「……それは違うぞ、春」


 ─────進の顔付きが『会話をする』モノではなくなったことに彼女はすぐ気づいた。


()()()()()()()()()()


「……うん」


 それは『合図』。


 ──────不良時代の進が敵の気配に気づいた時のルーティン。


「はぁ……やっぱり、善も悪もぐちゃぐちゃになったのが世の中だよな」


「オイオイ、会ったばかりのオレを『悪』扱いかよ」


 振り返った先にいたのは、大柄な男。同じ高校の制服を着ているとは言え、金髪や着崩した彼の姿は校内で見かけた事が無かった。


「線堂進……中学ン時、オレの仲間達がお前に随分ぶちのめされたらしい。スゲー奴って、バケモノだって聞いてウキウキでさ、一つ喧嘩でも申し込んでやろうと思ってたのに……不良引退ってそりゃないぜ」


「足を洗ったんだ。そっとしておいてくれよ……わざわざこんなところまで尾行してくるなんて、よくそこまで出来るな」


「尾行?ちげーよ、ただ匂いを辿っただけだ。オレん家も近くだしな……ま、お前に言っても伝わんねーだろうけど」


 拳の骨が鳴る音。平和な日常を男と男の空間が支配し始めていた。


「オレの名は詩郎園豪火」


「っ!詩郎園……」


「妹の頼み事らしくてな。だがそれとは全く関係なくッ!今、オレはお前と戦いたいッ!」


 瞳をギラギラと輝かせ、燃えたぎる闘志を剥き出しに叫ぶ豪火に……進は覚悟を決めたように息を吐いた。


「ふぅ……。春には、この子には手を出さないか?」


「ンな事するわけねーだろうが」


「そうか。なら─────」


 進は前髪を上げ、静かに拳を構えた。


「─────もう俺の勝ちは決まった」


「……あ?」


「来いよ。結果はもう見えている」


「……ハハハ、上等ッ!」


 不敵に微笑む進の姿に、豪火は苛立ちではない純粋な感情を燃やし……一歩を踏み出した。


 豪火はまず筋骨隆々の右腕を上げ、拳を握りしめる。


「オラッ!」


 顔面目掛けて向かっていくパンチ。捻りもない、しかし真っ直ぐで勢いのある殴打。


 豪火はいつも、喧嘩の最初は真っ直ぐに殴る事を信条としていた。その一撃によって、豪火の気迫に怯える者かどうか、速いだけのパンチですら避けられない者かどうかを見定めていたのだ。


「──────甘い」


 ……だが、それが命取りになる事を豪火は知らなかった。


「がッ……!」


 自分の右拳は虚空を殴った。


 反面、身を躱した進は……流れるようにカウンターの右拳を豪火の腹部に打ち込んでいる。


(速い。あまりにも速く、恐ろしく冷静……ッ!)


 通常、人間は『殴られる』と理解した時に咄嗟に行動出来ない。ましてやボクサーでもない高校生が、身に降りかかる暴力に対してどこまで速く回避行動を取れるだろうか。『避けなければ』と考える前に『ヤバい』『怖い』が先に来るのが妥当。


 進には『それ』が無かった。


 ─────殴られるのならば、『避けて』『反撃する』……一瞬のうちに二手を思考し、身体に反映する。


「そして遅い」


 右足を踏み込むのと同時に叩き込んだ右拳はまだ豪火の腹部にのめり込んでいるが────すかさず進は左拳で顎を狙って打ち込む。


「ハッハハ!やるじゃねえかッ!」


 込み上げる吐き気を堪え、強引に両腕を振り進を突き放す。そして─────やはり愚直に豪火は突き進む。


「死ねッ、線堂ッ!!」


「……そうやってずっと、フィジカルだけで勝ち上がってきたんだろうな」


 実際、進は『一撃で動けなくする』つもりで最初の一撃を打ち抜いたため、豪火の肉体の強靭さは認めていた。

 だが、それだけだった。


 進は自分よりも身長が高い豪火が、まるで覆い被さるかのように殴りかかろうとするのを見ても─────当然の如く動じない。


 そして……進は上体を低くし、身を翻しながら──────


「終わりだ」


 豪火の腹部に後ろ回し蹴りを叩き込んだ。


 ─────骨は折れない程度に調節された、しかし最大限の痛みと振動の走る一撃。


「─────ッッ!!!」


 声にならない叫び。口に込み上げる血液と胃の中身を抑えながら、同時に痛みに悶えるという永遠とも思える刹那の時。


「俺の親友の家に置いてある漫画なんだけどさ、ホーリ●ランド読んだ方がいいぞ。アレ……なんだっけ、拳法は足と一緒に壁の先を打ち抜くイメージで、とか……参考になるんだよな」


 詩郎園豪火が人生で初めて敗北した男から聞けたのは、あまりにも馬鹿げたアドバイスだった。

 これまで多くの自称空手経験者やボクシング部部長などを破壊し尽くしてきた彼が、シンプルに何も出来ず、一発も攻撃を入れられずに終わった。


「─────あぁ……良〜い匂いだ」


 戦いの地に充満する自分の血の匂いに彼は思いを馳せている──────訳では無かった。


 既に進と春の姿は無く、大の字に寝転がった彼は一人呟いた。


「やっぱつえーな、線堂進。アイツほどヤバい『匂い』は初めてだったし……いや、ちげーか。『アイツ』がいたな」





「そう─────あの意味不明女、灰崎廻と同じくらいの『匂いの濃さ』だった……」

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