拾える時は遠慮なく拾って良いです
「来栖クンさァ」
「はい」
「割とガチでクラス内で孤立しちゃってる感じ?」
「俺にかかれば余裕でしたね」
「小生意気な言い回しをするようになりやがってェ」
大分馴染んできたオカルト研究部拠点にて。いつものように弁当を広げ、俺と灰崎先輩は米と冷凍食品を口に運んでは適当に喋ってを繰り返す。
─────そう、あたかも当然かのように話し続けられているのだ、この俺が。大成長にもほどがある。
「進と三上、あと一人友達って言って良いかもなって奴がいて……それくらいですね」
「あァ?じゃあ全然孤立してねェじゃん」
「え。いや、まぁそうと言えばそうかも知れませんが……本当に独りぼっちな奴なんて中々──────」
「……」
「…………な、中々、いますよねー」
前髪を下ろしていない今じゃなかったら、灰崎先輩の悲壮感溢れた虚無の瞳には気付けなかったかも知れない。
……マジか。ガチのボッチって俺以下じゃないか。
「……ふ、ふははは。ワタシほどの美少女になってしまうとねェ、話しかけにくいオーラというものが出てしまうのだ」
「でも、その前髪だと俺以外に気付いてる人ってそうそういないんじゃないですか?」
「お前の魅力は俺だけが知ってるアピール!?キッショ!」
「……な……」
「今『なんで分かんだよ』って反射で言いそうになったでしょ。お見通しだよ陰キャオタクがァ!」
「灰崎先輩って意外に『こっち方面』に精通してますよね……」
この人に対して俺は、陰キャ特有のだるすぎるオタクのノリを何回かしてしまった事があるが……そのほとんどをちゃんと拾うんだよな。
「だって友達いないからアニメ見たりゲームしたりSNS見るしかやる事無いし」
「マジで終わってますね。友達のいる陰キャの方が多分灰崎先輩よりマシですよ」
「来栖クンってもしかして『距離感掴めないから仲良くなったばかりの人に辛辣なノリしちゃって結果的に友達じゃなくなってく』タイプの陰キャかな?」
逆にこの人は一年間一人で何をしてたんだ。この部室でやる事なんて何も無いだろうに。
「来栖クンには悪いけど、正直……キミが学校中で嫌われてるのはワタシからすれば好都合でしかない!」
「まぁそれは……俺の自業自得なんで……」
「ふはは、ぼっち同士つるもうじゃないかァ。どうせ一緒に昼飯食えるのもお互い一人しか居ないんだろうし──────」
─────ガララッ!と音が鳴ったのはその時だった。
扉は開かれ、同時に灰崎先輩が反射的にヘアピンを外し、前髪が元に戻される。
「失礼するよ!来栖悠人君はいるかい?」
「……榊原!」
高い身長に短めの髪が似合った王子様こと榊原殊葉。オカルト研究部の珍しい来客の正体は……今朝知り合ったばかりの、これまためんどくさそうな女だった。
「んーちょちょちょちょ一旦待って一旦待って」
「はい?」
「来栖クン、この子は……」
「あぁ、今日の朝電車で……その、あれです。偶然知り合ったというか」
「今日知り合った!?!?そんな事が……は……?」
「何をそんなに驚いてるんすか……」
「いや、この前の会長と言い、この子と言い。キミはなんだかんだ幼馴染二人以外にも知り合いがいるじゃないか。しかも女ァ!今日知り合ったばかりの異性がキミを訪ねてくるとかさァ……」
「……確かに、いると言えばそうかもしれませんが」
「ヤバいって。マジでワタシって来栖クン以下なの……!?」
「受け入れて下さい。これが現実です」
……最も、俺が生徒会長やら榊原やらと知り合うきっかけはどれも進の影響なんだけどな。所詮はあいつのモテパワーに与ってるだけだ。
どちらにせよ、この電波女にとって友達を作る事は至難の業だろう。
「来栖君、そちらの方は……」
「オカ研の部長」
「灰崎廻でェす。よろしくゥ」
「あ、あぁ〜……部活動紹介の時にお見かけしました、どうも……」
お手本のような苦笑いを見せてくれた榊原。
気持ちは分かる。ハ●ヒみたいな一言だけで紹介を終え、一部分とは言え髪を金に染め、ピアスもつけているくせに前髪は度が過ぎた陰キャみたいな長さをしているオカルト研究部部長なんて、そんなの怪しすぎて知り合った瞬間に関係を断ち切りたくなるに決まっている。
「で、何用?」
「あぁ、まずはこれだ」
「……コーラ?」
黒い液体が入ったペットボトルの冷たさを手の中に感じた時、朝の自分の発言を思い出した。
「そう言えば『ジュース奢って』って言ったか。本当に奢ってくれるとは」
「約束は守る主義なのさ」
「でもなんでコーラ?いや、別に嫌なわけじゃないけど……こういうのって普通奢られる側の希望を聞いてからじゃ?」
「ボクはコーラが好きなんだ」
「……で?」
「自分の好きな物を誰かに送るのに理由がいるかい?」
「自己中なジタ●・トラ●バルかよ……」
「今、来栖クンはジ●ンだけだと伝わらないかもしれないからトライ●ルも付けたんだろうけどそんなネタは今の高校生には絶対伝わらないだろうから無駄だよ、あと普通につまんねェからやめた方がいいよ」
「あなたは逆に何なら伝わらないんですか」
何を言っても拾ってくるから安心感と同時に恐怖を感じる。俺みたいに不登校の時期があった訳でもないのなら、一体どれほどの時間をゲームやらアニメ漫画やらインターネットに注ぎ込めばその境地に至れるんだ。
「で、要件はジュースだけじゃないみたいだけど」
「……これはボクの勝手な要望だ。無理にとは言わないから、まず内容を聞いてくれないかい」
「……なんだよ」
「君の拡散された動画について」
そう言った榊原の顔は、茶化したり冗談を言うような表情には見えなかった。
「ボクは真実が知りたい」
「真も偽も何も、あの動画ほど分かりやすいものはないでしょ」
「……人間の二面性とはこれほど乖離したモノになるのかい?あの時の……一人で痴漢からボクを助けよう行動した君と、あんな事を女子に言った君の違いを、その理由が知りたい」
「ぶはっ……ちょ、来栖クン!痴漢とっちめようとしたってマジ!?正義マン気取りかよ!」
「先輩はちょっと黙ってて下さい。……悪いけど、これは俺一人が勝手に話して良い問題じゃないんだ。だから、答えられない」
事の全てを話せば朝見の悪評を俺が広める事になる。正直、それくらいしてやっても良いとは思ってるが、当然の如くそんな度胸がある訳もなく。
「……そうか。分かった、もう聞かないよ。その事に関しては」
「……」
「─────もう一つ。聞いても良いかい」
「何を」
「中学校は、どこに通っていた?」
何か別の事を聞かれる予感はした。だが─────中学校?質問の意図が全く分からない。この問いは『そう言えば中学どこなん?』みたいな何気ない会話の一部ではなく、『質問』と言う目的の下で行われた、『質問の答え』を本当に知りたい場合の問い。
俺の中学校を知って何になる?
「四中。第四中学校だよ、知ってる?こことは結構近めだけど」
「─────あぁ、知っているとも」
榊原の強張った微笑みが、妙に脳に残る。
「では、失礼するよ─────って、そうだ。君のクラス、一体どうなってるんだい?」
「え、何が?」
「君のいる場所を聞きに7組に行ったのだけど……結構、まずい事になってたぞ」
「……まずい事?」
7組でトラブルが起きるなら俺に対して誰かが何かしらを言い、進がキレる流れしか考えられなかったのだが──────
「ふふっ」
……俺がいない時も揉めるなら、7組の奴らにも問題があるって事だろ?
なんだよ─────仲良くなれそうじゃないか!




