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常に弁えて行動する事を意識しましょう

 憂鬱な月曜日もいつもと同じように三人で待ち合わせる。見飽きた顔とくだらない会話と寝起きと鬱屈さでパフォーマンスの落ちた肉体。それらをうっすらと照らす朝の光の下、肩を並べ──────今、電車内に立っている。


 今日の混み具合は多すぎず少なすぎず、まさに普通と言ったところ。が、やはり人が多い場所はラブコメ波動が散りばめられている。油断は禁物だ。


「え、マジ?悠人お前……帰りに一緒に夕飯も食ってきたのか?あの悠人が……!?」


「ククク……俺を舐めるなよ。デートでは流石に『金もったいないし家で食うわ』なんて言わねーぞ」


「悠人くん、私達といる時はそう言って滅多に外食しないのにぃ……」


「で、何食ったんだ?」


「サイ●リヤ」


「えっ……」


「あぁ……はは……」


「……えぇっと、悠人、奢ったりとかは……」


「は?する訳ないだろ。向こうは年上だぞ」


「「……」」


 せっかく満員じゃない日だから気軽に喋って過ごせると言うのに、進と三上は顔を見合わせて口をへの字に曲げていた。


 ……いや、そりゃ俺も迷ったけどさ。


「俺みたいな陰キャがイキって奢ったりさ、そう言う事するの……キモくないか?陰キャは陰キャらしく弁えて生きるべきだ」


「まーたなんか言ってるぞ。……でも、なんか寂しいな。悠人もデートとかするようになっちゃったのか……」


「あのさぁ進くん、それ悪い癖だよ?進くんこそモテモテなくせに悠人に女の子絡みの事があると『寂しい』とか言っちゃうのやめなよ。そう言う所が悠人くんの成長を邪魔しちゃってるんじゃないの?」


「うっ、急に火力が高い……でも、そうか。すまんな悠人」


「何でお前らは親目線で会話するんだよ」


 でも確かに、幼い頃から一緒にいたこの二人の言動は俺の人格形成に大きく影響していると言っても過言ではない。


「そういえば、心霊スポットはどうだったんだ?」


「あぁ、一応幽霊っぽいのはいた」


「えぇ!?怖ぁ……」


「確証は無いけどな───────って進、どうした?」


 突然、俺と三上とは反対方向に首を曲げた進は……大きく見開いた目で、一点を睨んでいた。


「……あれ、見てみろ」


 その言葉に従い、目線を動かした俺は──────目撃した。


「っ……っ、ふっ……!」


 痴漢。


 比較的混んでいるエリアに立っているうちの高校の女子生徒が……臀部を触られている。丁寧な言い方をしたが、つまり尻を撫でられている。下品な言い方をすればケツを揉まれている!


「わわ、大変だよぉ……」


「……行ってくる。二人も一応、証人として─────」


「待てよ」


 当然のように向かおうとした進の腕を掴む。


 振り向いた進の顔は、俺の行動の意図が分からない困惑の表情だったが─────徐々に顔つきが険しくなり、一瞬の逡巡の後に口を開いた。


「……まさか、『助けるな』とか言うんじゃないだろうな」


「波動はかなり強い。電車内に複数の波動があると思っていたが……ほとんどはあの女子からの波動だ。助ければ─────分かるな?」


 もはや、絶対にラブコメを成立させると言う意思すら感じる。だがまぁ、痴漢なんてそう珍しいものではないだろう。女性専用車両なんて出来るくらいだし、最近のSNSでの男女の対立のネタにもなっていて、日々アツアツな話題だ。


 それと同時に、ラブコメの王道展開でもある。あーあ、颯爽と女を助けるヒーローになってみたいものだ。


「……いや、ダメだ。俺は行く」


「……は?待て、聞いてなかったのか?あの女を助ければお前は─────」


「この状況……気付いてるのは俺たちしかいないかもしれないし、気付いていても見て見ぬ振りをしてる。俺が─────俺がやるしかないんだ」


「やるしかない、じゃねえよ。そもそも助けても進の損にしかならない!あんな赤の他人がケツ揉まれてようとどうでも良いじゃねえか……!」


「─────確かにその通りだ。でもな、悠人……」


 俺に対して怒るわけでも叱るわけでもなく、ただ誇らしそうに進は言った。


「俺は正義を全うする人間でありたい。これだけは曲げちゃいけないんだ」


「…………チッ、クソが……」


 直視したくないほど眩しく、歪なほど真っ直ぐな目。


「だから悠人、手を離して─────」


「仕方ない、か」


「……え?」


「次の駅まであともう少しだよな?」


 俺は進を押しのけ、目標を捕捉する。窮屈な人の海を潜り抜け、数メートル先のお姫様と痴漢野郎めがけて進むだけだ。


「─────俺が助ける。お前はちゃんと、そこでじっとしてろよ」


「悠人、待っ─────」


 こうなった進は譲らない。なら俺が代わりにやるしかない。


「すいませんねちょっと」


 強引に腕で人を押し除け、押し除け、進む。一歩を踏み出す。


 目標はすぐそこだ。こんなにも近いのに、すぐ手の届く範囲なのに誰も助けようとしないのは─────勇気がいるから。面倒だから。


 ……だがまぁ、痴漢には残念な事だが、親友のためなら俺はそんな二つの条件くらい許容してやる。


(よし─────やるんだ)


 手を伸ばす。力を込める。


 その先にある男の手を、俺は掴み───────


「この人痴漢d─────」


「ッ、良い加減にしろ、この変態がッ!!」


「え?」


 俺が掴もうとした男の手は無く?


 虚空を握った俺の腕を─────置換された女子生徒が握り?


 まるで鬼の首を取ったかのような感じで上に突き出し?


「フン、駅員室まで来てもらうよ」


 羨ましいほどの整った美形の女が、体勢を崩した俺を……ゴミを見るかのような目で見下ろしていた。


「え、あ。いや、ちが……」


「よく見たら君、あの動画の……はぁ、こんなクズがボクと同じ学校に通っているとは……」


「ま、待って……本当に俺じゃな、くて……」


「君の事は知ってる。……あんな姿を晒しておいて、そんな嘘が通じるとでも?」


 ─────周囲の視線が、俺と言う一点を見つめる。

 この集団の中で、この電車内で……俺だけがおかしい。俺だけが糾弾される。俺だけが悪。


 ─────動悸は加速する。否定の言葉は詰まった息にかき消される。


「か、あっ……はっ──────」


「悠人ッ!」


 またコレだ。呼吸が出来ない。結局進の声を聞きながら助けに来てくれるのを待つしかない。直視するのが怖いから病院の診断書は貰いたくないけど、もう立派な病気だ。


 ……やっぱり人助けなんて余計な事しなきゃ良かったんだ。一人で生きるのに精一杯なのに、そんな俺に誰かを救う事なんて出来るわけが無かった──────って事。


 あぁ。ただでさえ生きづらい世界を、俺は自分で更に生きづらくしている。


『弁え』が─────足りなかったか。

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