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ここはスルーで大丈夫です

「……本当に行くんですか?怖いんじゃあ……」


「怖いよそりゃァ!でも──────ワタシはそれを求めてきたんだ」


 ─────怯える瞳は……標的を見つけた獣のような獰猛さを兼ね備えていた。


 怖いもの見たさは人間の性だ。仕方の無い事だが……こんなに怖がっているのにも関わらず帰ろうとはしないのが、この灰崎廻という人間の非日常への執着を感じる。


「じゃあ行きますか」


「ゆっくりだぞォ!?ゆっくり行こうね……」


 狭い階段を手を繋いだまま登り……一歩一歩、一段一段踏みしめていく。


「うわおおあああ今の音なに!?!?」


「ちょっと軋んだだけですって」


「あーやっぱりね。ワタシぐらいになると当然分かってたけどあああああああ今の音は!?!?」


「俺が壁叩いただけですって」


「次やったら普通に腹殴るからね」


 二階に到達した俺は、灰崎先輩の指差す方向に従って歩み─────


「……ちょっ、近くないですか」


「いやぁはは、ま、まぁまぁ。気にすんなってェ」


 歩みたいのだが、腕におっぱいが当たって何も考えられない。俺を覆う波動がブオンブオン頭に響いているせいで、もはやそっちの方が怖い。


「こ、ここっ!このドアからは……日常の波動が全然無い!」


 ─────まさに、何の変哲もないドアに見えた。きっと俺の家のドアとさほど変わらない、少し古ぼけただけのドアだ。


「さァ、先に──────」


「いや、やめておきましょう」


「……え?」


「ここはダメな気がします」


「でも、せっかくここまで来たのに─────」


「……ここは、ダメです」


 さっきまでずっと、『屋敷自体』にラブコメの波動はあまり感じなかった。波動を発していたのは『俺と灰崎廻』であり、俺はそれを感じ取っていた。


 だが今─────このドアから、この部屋一つだけから、強力な波動を感じている。


 ……入る前から、俺には刺激が強すぎるくらいに灰崎先輩は密着してきている。それ故に俺たち二人の波動は強くなっているはずだった。

 その強い波動を貫通して俺が感じ取れるほど、このドアを開けた先に待っているラブコメの波動は大きい。


(つまり、何かがある)


 胸を揉んだり?キスをしたり?裸を見たり?──────それ以上かもしれない。


 あるいは、部屋で待ち構えているのは『灰崎廻とのラブコメ』ではなく、『別人とのラブコメ』である可能性。


 どちらにせよ──────『何か』が……『幽霊』のような超常的なモノが存在するからとしか考えられない。


「……分かったよ。さっきまでスカしてた来栖クンがそう言うなら……帰ろっか」


「……すみません」


「良いって良いって!十分楽しかったし」


 懐中電灯の局所的な光の中。それでも彼女は……笑ってくれた。


 やはり、目に毒だ。この人が可愛くなければ何も問題は無かった。灰崎廻という人間に魅力を感じてしまっているからこそ─────俺はドアを開ける勇気が無かった。


(一線を越えてしまうような気がした。もしそうなったら……『こんな俺が』もしそうなってしまったら……)


 手を繋ぐ。身体が近付く。その程度ならまだ良い。


(その時、俺は──────)


 想像出来なかった。ビジョンが見えなかった。予想が全くつかなかった。


 俺は恋愛の当事者になる事を、その未知に対して恐怖している。










「うーん、こんな廃墟の中にワタシ達入ってたんだねェ」


「外から見るとかなりボロボロに感じますね。中はそうでもありませんでしたが」


「フツーに怖かったし、これなら良い感じの感想が書けそう……だなァ……」


 チラチラと俺に視線を飛ばしてくる灰崎先輩の気持ちは痛いほど分かる。


 ─────手、繋いだままだった。階段を降りて屋敷から出るまでも繋いでいたせいで完全に離すタイミングを見失ってしまった。

 これから帰るんだけど……え、これどうすれば良いんだ!?


(俺から離して良いモノなのか!?これは……いやでもそれは失礼な気が……でも離さないとキモいか……!?)


 何も分からねぇ。だって女と手繋ぐ経験なんて朝見と付き合ってた頃しかないんだよ。付き合ってもない奴と手繋いだ事なんて無いし……いや、逆にそれが普通か?


「……ふは、ふはははは!焦ってるの分かりやすすぎでしょ、すんごい目ェしてるよ」


「そ、そうっすか……?」


「……ほら、帰ろっか」


「えっ──────」


 当然のように灰崎廻は俺の手を引き……歩き始めた。

 涼しい風の吹く夜を。暗く、わずかな光が目立つ闇の中を。


「イイ経験しちゃったねェ、陰キャクン」


「……」


 耳を少し赤くして、小悪魔的な笑みを浮かべる少女がすぐ隣にいる。


 普通の陰キャなら既に恋に落ちているほどのヤバさだ。だが……そうだ、俺は覚悟が違う。俺は自分を守るために、自分を─────許さない。


(こんな享楽は……許されないんだ、俺には)


 きっと灰崎先輩も俺の事が好きな訳じゃない。こんなどこにも魅力の無い奴に恋をするのは朝見だけで十分だ。ビッチ疑惑もある事だし、ただ俺をからかっているだけかもしれない。


 それでも。せめてこの時間だけは。甘ったるい春の一欠片だけは。

 それ以上は何も求めないから────────。

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