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「……?」


 ぼやけた視界が、徐々に回復していく。


「えっと、ここは……」


 少なくとも、電車の中ではない────────目覚めたばかりで状況を把握しきれない俺でも、それだけは理解できた。


「起きたか、悠人」


「進……」


「体調は大丈夫か?『催眠』は身体に影響は無いらしいが……」


「大丈夫、だけど……」


「どうかしたか?」


「……なんで、マイク持ってんの?」


 目を擦りながら凝視するが、何度見ても進の右手に握られているのはマイクだった。


「なんでって、そりゃあ────────ここがカラオケだからだよ」


「か、カラオケ……確かに……」


 進しか見えていなかった視界を広げて見てみると、今俺達がいる空間はカラオケボックスだと……そう分かる部屋の狭さ、モニター、曲入れるやつ、等……設備が揃っていた。


 その中で視界に入った豪火君が、もう一つのマイクを俺の顔に押し付けてくる。


「師匠ッ!とりあえず一曲歌ってくれよ!」


「いや、きついって。そもそもなんでカラオケ?俺達は行田焦吉を……」


「そう、その行田焦吉を捕まえたから、話を聞くために落ち着ける場所が欲しかったんだ」


「え……」


 進が指さしたのは、ソファの上。俺の目線からだとちょうど机と重なっているその場所を、俺は少し立ち上がって見てみた、が────────


「おはよう、来栖君」


「……」


 何とも言えない笑顔で、手足を縛られている行田焦吉が横たわっていた。


「悪かったね。大人げなかったよ、催眠なんて。でも許してほしいんだ……カラオケの料金は僕が出すからさ。それにね、社会に揉まれて擦り切れた大人ってのは、辛い日常やら重い責任やらに耐え抜いてるんだ。そういう事だからさ、これくらい許してくれるよね」


「あ、っす……」


「悠人、まともに耳を傾けるな。こいつは……話が通じない訳じゃないが、それよりもっと質が悪い。話しているだけで吐き気がしてくる。内臓を直接撫でられているかのような気持ち悪さだ」


「えぇっ、酷い言い様だね」


「本当だよ、進がここまで言うなんて……」


 いつも、進は────過剰に何かを恐れる事が無い。俺からすれば深刻な問題に見えたり、かなりの脅威に感じたりする事に対しても……冷静に、どう対処すればいいのかを常に考えている男だ。


 そんな進がここまで警戒するとは……中々無い。


「線堂はこう言ってるけどよ、安心してくれ。こいつ自体はただの雑魚だからな!」


「そうなの?『NTRの波動を味わう』能力は、何とも……?」


「あぁ。俺が触っただけですぐダウンした」


「随分とヤンチャなおさわりだったよ、アレは……」


 行田のへらへらとした言葉に「チッ」と小さく舌打ちをし、進は机に置いてあった……スマートフォンを手に取った。


「このスマホに入っている『催眠アプリ』を利用して、悠人や……電車内の乗客に催眠をかけていたんだ」


「さ、催眠アプリぃ!?そんなエロ漫画みたいな……」


 ……でも、あの感覚……行田にスマホの画面を見せられた瞬間、俺は『もう少しで眠れそうな時』みたいな微睡の中に落ちてしまった。


 あれが催眠状態……だったのか。


「だったら、榊原に痴漢した時……誰もあんたが痴漢した事に気付いてなかったのは────」


「そうだね。僕が……そこの、線堂君だっけ?を含む周囲の乗客の────来栖君を除くほぼ全員に催眠をかけてた。『僕が痴漢をするのは何もおかしな事ではない』ってね」


「……俺を、除く……?」


 そこに文句があるわけじゃない。実際、あの時行田が犯人だと気付けたのは俺一人だけだった……だから、俺が催眠にかかったのは今日のが一回目なんだ。


「どうして前回は俺に催眠をかけなかったんだ?何か、理由が……」


「怖かったんだよ」


「……怖い?」


 恐怖だなんて微塵も感じていなそうな顔で、行田は言う。


「『主人公』である来栖君に催眠なんてかけちゃったら、世界が大変な事になるんじゃないかって……」


「────知ってるのか。俺が……そう呼ばれてる事を」


「転生者には会った事があるからね!」


「……『殺した事がある』とは言わないんだな」


「…………知ってたのかい」


 低くなった声色に一瞬身構えたが────行田焦吉は相変わらず、少し困ったような笑顔を崩さなかった。


「二人、転生者を知ってる。そいつが言ってたんだ…………」


『……補足しておくと、6人いた転生者を私と影山だけにしたのは、行田』


『……気を付けて』


『……行田焦吉は、線堂進と同じように────私達転生者でも『読めない』存在』


『……原作から大きく変化しているキャラだから』


 人影の最後の言葉を聞いた後、夜房さんはそう言った。


「で、肝心な部分を教えろ。前回は恐れていたというのに、今回のお前は悠人に催眠アプリを使った」


「そうだね」


「何故だ?前回と今回で何が違う?どうしてお前は催眠アプリを────────」


「────────え!?」


「……あ?」


「あ、本当に分かんない感じ!?ぷっはは……そっかそっか、あはははは!!」


 ……本当に、心から笑っているのだろうと、そう見えた。


 手足を縛られ、身動きの取れない状況で、唯一の武器も奪われた状態で────どうしてここまで楽しそうに笑えるのか。


 分からなくて、理解出来なくて、そのままで良いと……分かりたくなくて、理解したくなかった。


 だが────残念な事に、この男には『理屈』が存在した。


「────今ね、ふっふふふ……世界は……ふふ、壊れかけてるんだよ?」


 さっきまでの大笑いの勢いを維持しながら、行田焦吉は告げた。


「世界が壊れかけてるなら、いっそ破壊に加担しちゃおうってね!僕が主人公を催眠にかける、『原作』からしたらきっと番狂わせだろうからさ」


「何を、言って……」


「分からないかい?」


 自分の中に明確かつ滅茶苦茶な理屈を持ち、それを少しだけ他者に合わせようとする社会性……この男に感じる気持ち悪さの正体は、その歪さなのだと……気付いた。


「僕一人にちょっかい出されて壊れる世界なんて、僕が何もしなくとも壊れるだろうし。ちょっとどうなるか試したかっただけだからほら、そんな怖い顔しないでさ────────許してよ」

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