命中率は悪いと思っていましたが
何故だか、かなり昔の事のように感じてしまう。
『その子、やってないと思うよ』
春。電車の中────俺は彼と出会った。
『大人として当然の事をしたまでだよ。トラブルがあったとは言え、あんまり遅刻しすぎないようにね!』
今思えばかなり怯えていたんだろうが、榊原が俺を痴漢に仕立て上げようとした時……救ってくれたスーツの男。
────そして、痴漢の犯人。
颯爽と去っていったあの男からは────────ラブコメの波動が全く感じられなかった。
「普通はさ、どんな奴にもほんの少しは感じるんだよ」
「あ、分かるぜ!ちょっと匂うんだよな、どんな雑魚でも」
「そうなのか……能力的に、俺はあまり実感したことが無いな」
駅のホームで、進と豪火君と電車を待つ。
他校の高校生たちはチラホラといるが、やっぱり俺達が休みな分人が少なめのような気がする。
……というか、学校一つ分が休みになっていても『少なめかも』くらいとしか思えないとか、朝の駅の込み具合ってヤバいな。
「バレない────な。中々バレない」
「痴漢の事か」
「うん……もし痴漢行為を見てしまったとしても、こんな大勢いる中で声を上げられる日本人なんて、中々いないでしょ」
「でも師匠は出来たんだろ?」
「……進のためになると思って、ね。滑稽でしかない……お前に波動を押し付けてたのは俺だったのに」
「その話はいらん。もうすぐ電車が来る、動きを確認しておくぞ」
進はジェスチャーで車両を三つ分表した。
「まず、俺と悠人と春がいつも使っている車両に乗る。あの日痴漢が起きて以来、俺達は痴漢の現場を目撃していない……つまりあの男は痴漢を控えているか、別の車両で痴漢をしている可能性が高い」
「もしくは、時間をずらしているか」
「そうだったとしたらまた明日から、あの時降りた駅……学校の最寄り駅で待ち伏せだ。だが『痴漢している所に突撃する』事で、俺達は『社会的な優位』を得る事が出来る」
「社会的な優位ぃ?」
「うん……分かりやすく言うと、『通報するぞ』だとか『職場に連絡するぞ』みたいな事が出来るんだ。行田焦吉が俺の『敵』である限り、脅しの手段があった方が良い」
────────行田焦吉の『能力』自体は、脅威じゃない。だから進や豪火君みたいにいざという時は暴力でどうにかしてくるタイプじゃないはず。本当にあの会社員が行田焦吉だった場合は尚更、こっちの武力で脅して言う事を聞かせられる。
「……来たか」
風圧。車両が到着し、レールを擦る音が響き渡る。
「俺が右、進が左の車両。豪火君はこの車両で探してて」
「おうッ!」
「さて────作戦開始だ」
進の声と共に電車に乗り込み、俺は目線を激しく動かしながら右方向を進む。
『混んではいる』くらいの人の多さ。絶対に見逃さないように、スーツを着ている男の顔をバレない程度に凝視し、また別の男に視線を移す。
「……」
────いない、か。
いや、まだだ。まだこの車両の右側だけしか見ていない。進達からの連絡も来ていないし。
何両あると思っているんだ。それに……今日見つからなくても、奴が社会人で会社に向かわなければならない限りは絶対に待ち伏せできるはず。
(大丈夫だ)
そう、焦らないように自分に言い聞かせながら────俺は連結部の扉を開く。
「っ、ふ、っ…………!」
「……え?」
────開いた、直後だった。
「ひぐ、うぅ、っ……」
制服を着た少女が、悶えていた。艶めかしく吐息を漏らし、恐怖に染まり切った顔を涙で濡らしている。
吊革を握る手を震わせ、立っているのもうやっとのように見える。
「な、なんで……」
────そして、周囲の人間は何も反応していないのだ。いや、こんなものだろうと……所詮世間なんて冷たいものだというのは分かってる。
でも、明らかにおかしい。今、この状況では────『誰が触っているかが明白』なんだ。痴漢を隠すつもりがない。
その男を……女子高生の尻を触っているその男を、周囲は受け入れている。何食わぬ顔でスマホを見ている。唐突に立ち止まって動揺している俺の方が変な目で見られているくらいだ。
「おっと、人が来たか」
「っ!」
男の目線が────俺の方に。
その瞬間、男は目を大きく見開き────────笑った。
「君は……!」
「ッ……」
「────久しぶりだね!元気かい?」
爽やかで屈託のない笑顔。
数か月前と変わらない、安心感のある平凡な顔。
俺を助けた男。
今この瞬間も痴漢行為を続けながら、俺に笑みを投げかけている。
「あんたを……探してたんだ」
「……」
「礼も言いたかったし、なんで痴漢してたんだって、聞きたかった」
「……」
「でも今は、これを確認させてくれ」
出来るだけ威圧感が出るように。無駄だとは思うが、高校生だからって舐められないように。
俺は声を絞り出した。
「あんたが……『NTRの波動を味わう』能力を持つ最後の能力者────行田焦吉か?」
「うん、そうだよ」
簡潔に返事を終わらせた男……行田焦吉は女子高生の尻から手を離し、手に持ったスマホを────その画面を、俺に見せる。
「まずは試してみようか。『コレ』が君にも効くのかどうかを────────」
画面に映る、水面に揺らめく波紋のような映像。
「あっ……?」
カラフルで、チカチカと眩しいその光が……段々と、俺の、意識を……?
俺の、俺が……俺は────────?




