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意志を強く維持しましょう

「『日常モノの波動を見る』能力……ですね?」


 オカルト研究部の部室。見慣れて来た光景の中、俺は不敵な笑みを浮かべる灰崎廻に告げた。


「うん、その解釈で間違ってないかなァ。流石陰キャオタクなだけあってこういう話に理解が早いね!……でもなんで『ラブコメの波動を感じる』みたいなノリで言うのさ」


「趣味です」


「キモオタ乙。……ふはは、でも良いね!『日常モノの波動を見る』、かぁ……的確な表現だ」


 そう言った灰崎先輩は右手で前髪を上げ─────滅多に見せない、その両の眼を昼の光の下に晒した。


「……よく信じるね、こんな話」


「え」


「フツー、嘘だって思うでしょ。ワタシも今まで誰にも信じてもらえなかったし……」


「あー……でも実際に使ってたじゃないですか」


「あの後輩チャンの位置をワタシが事前に知ってたかもしれないじゃん」


「それは、その……いや、俺は優しいので。灰崎先輩を疑うような事はしませんよ」


「薄っぺらい言葉だねェ〜」


 そりゃ信じるだろう。その力を目の前で行使された上に─────俺は同じような能力を持っているのだから。

 逆に言えば、持っていなかったら確かに信じていない。


「ワタシは二年前、この力を発現させた。びっくりしたよ─────周囲のありとあらゆる風景から、波みたいなものがドバドバ見えるんだからさ。それもそうだ……ワタシは普通の人間なんだから、日常の中にいるのは当たり前で……『日常しか見えない』のは当たり前なんだ」


「二年前……ですか」


「そ。うーん、伝わりづらいと思うけどね……『波動』が見えるのってさァ、シンプルに『不快』なんだよ。前髪下ろして極力何も見えないようにして、この感覚にも結構慣れて来た方だけど……最初は辛かったねェ。『波動が見える基準』も分かんなかったし」


 ……確かにそうだ。俺は『ラブコメ』と言う基準だったから気付くのにそう時間はかからなかったが、『日常』ともなると──────その不快感は計り知れない。


 この人は知らないが、俺はこの人の唯一の共感者でもあるんだ。


「でもね、段々分かってくるんだ。『波動が無い場所』を追うと─────殺人現場、心霊スポット、交通事故、極め付けには銀行強盗……普通じゃありえない事が立て続けに起こる」


「……そして、あなたはそれを利用して非日常を求めた」


「その通り。単純に非日常と接していれば『波動』を見なくて済むから楽っていうのもあるけど─────やっぱりさァ、非日常って痺れるんだよねェ!もうどハマりしちゃってさァ、中毒だよ中毒!」


「非日常中毒」


「そそ。……だからびっくりしたよ。来栖クンを見た時は」


 無邪気な微笑みは、部室に刺す陽光より眩しかった。やっぱり可愛いよこの人は。悔しいけど可愛いよ。


「全く。全く日常の波動が感じられないんだよね!非日常の塊なのに、本人は退屈そうな陰キャで……もう益々気になっちゃってさァ」


 俺に『日常の波動』が無い理由は一つしか考えられない。


 ─────俺が持っている『ラブコメの波動を感じる』能力の影響だ。こんな変な力を持つ奴が日常に含まれている訳が無い。


「だから……その」


「?」


「出来れば……退部しないで欲しいかなァ、って……」


「え?」


 前髪を再び下ろし、灰崎廻は指をモジモジと揉みながら俯く。


「昨日の事!……ワタシもちょっと調子に乗りすぎたよ、ごめんね」


「えっ、謝ったりするキャラなんですか……?」


「失礼だなァ。……キミに見せたかったんだ、ワタシの力を。居場所を提供出来るとは言っても、ワタシは来栖クンという非日常を勝手に楽しんでいて、でも来栖クンはワタシといても特に楽しい事なんて無いだろうし……ってさ。等価交換を成立させたかった」


 意外だった。

 もっと、こう……自分勝手というか、他人に対して気を使う事なんて無い人だと思ってしまっていた。


「だから来栖クンにも非日常を提供しちゃおうと思ったんだけど、まさかあんな修羅場とは……見た事ある波動だなァとは思ったんだけど……まさかさァ!元カノ引き当てるとは……ふははっ!」


「こっちは笑い事じゃないんですよ……」


「ごめんごめん。しかし、キミも苦労してるみたいだねェ。彼女いない歴イコール年齢みたいな態度してるのに」


「そうですね、中一の頃あいつに告白されて付き合って少し経ったら実は進目当てで俺に近づいたみたいな事言われて集団リンチ喰らって三年経ったつい昨日に実は普通に好きだったんだけどいじめられたくないから嘘ついちゃったごめんねって言われたので結構苦労してると思います」


「ワタシ今までずっと『詳しい事は聞かない方が良いかな』って気ィ使ってたのに急に情報の洪水浴びせないでよ」


 自分で言って文章として整理すると──────より一層、どうしようもない感情が湧き上がる。

 俺は朝見の事を許したくない。こんな訳の分からない能力を手に入れてしまったのも恐らくあの経験のせいだろうし、俺が恋愛と女に対して嫌悪感を抱き続けるのもきっとそうだ。心に空いた穴は中々塞がらない。どうやって埋めれば良いのか、俺は答えを知らない。


「んでさ……嫌になっちゃってない?ワタシと一緒にいるの」


「え?あぁ……嫌ではないですよ。昨日みたいな事はもうしないんですよね?」


「しないしない!しませんとも」


「なら全然。俺だって本当は─────誰かと一緒に昼飯を食いたい。どれだけ強がっても、結局俺は孤独を楽しめない人間なので」


 空っぽになった弁当箱を眺め、俺は灰崎廻へ視線を動かす。


 両目は前髪で隠れているが、見える範囲では嬉しそうな表情に見えた。


「……ありがと。ワタシも来栖クンと出会って、久しぶりに誰かの顔を見ながらゴハン食べたけど……やっぱり、『見る必要のない日常』こそが『魅力的な非日常』を際立たせてるんだって気付いたよ」


「俺で日常を実感するんですか」


「おかしいよねェ、非日常を求めて来栖クンに話しかけたのに!でも─────波動の不快感を感じずに他人の顔を見れるっていう幸せを噛み締められるのは……キミのおかげさ」


「……その、不快感ってやつはそんなに強いんですか?」


「まぁ、そうだけど。こんな前髪伸ばすくらいにはねェ」


 鬱陶しそうに前髪を指でいじるこの女と、俺の波動の感じ方は異なるのかもしれない。実際に、今俺が感じている波動は─────不快どころか、暖かい感触があるものだ。


「じゃあ、俺がいる前ではヘアピンとか付けたらどうです?」


「へ?」


「だってその方が────────」


『可愛いし』……自分からそんな言葉が出かけた事に心底驚きながら、俺は慌てて口を抑えた。


「その方が……良いですし」


 ため息をつきながら、俺は灰崎先輩から目を逸らした。


 あぁクソ……絶対馬鹿にされる。ついこの前『可愛いって言うのは恥ずかしい』って話したばかりなのに。イケメンでもないのにこんな発言をした自分が恥ずかしい。穴があったら入りたいとはこの事だ──────


「……ってく……」


「え?」


 聞き取れないほどの小声が耳に入る。声の主である灰崎廻へと視線を戻すと─────


「ヘアピン!次会う時……も、持ってくる……」


 ─────驚くほど耳を真っ赤にさせながら、長い前髪と両手で顔を覆っていた。


「……え」


 押し寄せる、大量の甘ったるい波動。

 いや、波動とかそういう問題じゃない。だってこれは……こんなん誰が見ても────


「ちょ、おい!こっち見んな後輩ィ!急に変な事言いやがって……!」


 灰崎先輩が立ち上がった直後、校内に昼休み終了のチャイムが響いた。


「ほら、行った行った!はよ出てけェ!」


「うわ、え、ちょっ……!」


 弁当箱を回収する暇もないまま、俺は部室から閉め出された。あんただってこの後授業あるだろうに、閉じこもってどうすんだよ。


「まぁ良いか、どうせ放課後来るし……」


 部室を背にした直後、ようやく俺を覆っていた……というより、俺自身から出ていた波動が薄くなる。


 中毒性──────非日常への渇望を、灰崎廻はそう表現した。俺も同じようにラブコメの無い人生を願いながら生き続けるのかと思っていたが……。


「クソが……こんなんどう考えてもラブコメじゃねーか」


『照れる』より前に……俺は『恐怖』した。


(吐き気がする。なのに─────波動は心地良い。灰崎廻との今の時間に……一瞬とは言え、俺は陶酔しかけていた)


 忌み嫌い、二度と溺れるかと誓った色恋沙汰。恐れ、憎み、二度と信用しないと心に決めた女という存在。

 俺は……それを受け入れかけていた。


(悪い事ではないはずだ。でも─────自分が変わりかけている事が、また傷付く事が……ただただ怖い。こんな絵に描いたような青春だったとしても、素直に受け入れられない事が……ただただ悔しい)


 引くほど甘いラブコメに酔いながら、そして捨てきれないラブコメへの嫌悪感を抱きながら……教室へ戻る足を速めた。


 逃げるように、目を背けるように───────。

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