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もはや読み合いですね

「参ったな」


 物陰に隠れながら、線堂進は深いため息をつく。


 視線の先はもちろん来栖悠人────と、彼に覆い被さる朝見星。


(灰崎廻に気付かせようとして、昨日言及しなかったのが裏目に出たか……あの女、能力に頼りすぎて察しが悪いんだ。……にしても、どうしたものか)


 悠人の身体に力は入っていない。成す術はあるが、その気力が無いのだ。


(自分から何かを進んで行う事は、陰キャにとって困難……らしい。俺も春も、悠人に道を強制する事は無い…………それをやってしまったのが、荒川健という訳だ)


 進は少しの焦りを感じつつ、脳内で昨日の悠人の発言を再生する。


『あぁ、そう。告白した……巻き戻っちゃったから意味無いけど』


『好きかどうかって?そりゃあ……好き、だと思う。荒川に言われて初めて自覚できたんだけど────』


 荒川健は……来栖悠人と似た視点と生い立ちを持つ、来栖悠人とは全くの別人だ。


(毒であり薬。荒川健は俺みたいに来栖悠人という人間の人生をずっと見てきたわけじゃない……だから、自分の尺度で来栖悠人という人間を判断出来るんだ。『きっと恋してるんだよ』と言い、似ているという性質を生かして悠人に信じ込ませる事が出来る……)


 来栖悠人の価値観、精神状況、性格の把握と言えば、線堂進の右に出る者は無い。


 しかし、だからといって悠人の心を思い通りに動かせるかは別。


 来栖悠人も線堂進の考える事を把握しているため、言葉に特殊な意図を込めようともすぐに『何らかの意図がある』事自体がバレてしまう。


「お前が朝見で満足できるなら、それで良いか……」


 来栖悠人が何をしようと、何を諦めようと、それは結局彼が決めた彼の道。


 彼のためを思うのなら、助言はしても止めはしないのが節度というものかもしれない────


「────────いや、待て。それは『悠人のため』であって『俺のため』じゃないな。よし、止めに行くか」


 が、彼の親友は線堂進だ。


 自分のために動き、生きる事を信条としている男は…………隠していた姿を現そうとした。


 そして、唐突に足を止める。


「ん……いや、ダメだ。俺には分かる────朝見を無理矢理止めた後、悠人がなんて言うのかが……!」


『あー、あれでしょ?自分のためにってやつか』


『まぁ確かに進、朝見の事嫌いだもんな。また付き合いだしたりなんかしたら不都合なんだろ?』


『別に、俺もよりを戻したいって思ってる訳じゃないけどさ』


『────もうちょっと止めるの遅くても良くね?』


「絶対こう言うな。クソが……勝手に波動で気絶してろ」


 陰に座り込み、進は一息ついてから────天を仰ぐ。


 思考が0になると同時に周囲の音が大きくなる感覚。校舎から聞こえてくる楽しそうな話し声、呼び込みをする生徒の張りきった声、一転して静かな外に吹く風の音。


 その中で目を瞑り────自分の中に生まれた『変化』を思い出す。


「俺は……俺のために…………」















 ー - - - - - -










「星、こういう言い方をするのは本当に悪いと思っているのだけど」


「何?」


「トイレにしては長すぎやしなかったかい……?」


 疲れ切った視線を星に向けながら、榊原殊葉は廊下を歩く度に所々で起こる歓声に、遠慮がちに手を振る。


「トイレ行こうと思ったら来栖が外で一人で寝てたの。だから荷物置き場に行ってジュース持ってきて来栖としばらくお話しちゃってたら、あっという間に時間が過ぎちゃった!」


「そ、そう……相変わらず行動力の塊だね」


 その行動力が悪い方にしか働いていない気がする、という言葉を飲み込んだ殊葉は……隣を歩く友人がいつもより少し俯きがちな事に気付いた。


「……ごめんね、待たせちゃって」


「改まってどうしたんだい?星くらいまでなると、もはや堂々としていた方が良いんじゃないか?もちろん、ボク相手という条件はあるけれど」


「……来栖が一人でいるの、珍しかったから────話さなきゃって、思って」


「……」


「話したい事、話さなきゃいけない事、話して……バイバイって、した」


「……諦めは付いたかい?」


「っ!」


 唇を噛み、今にも泣き出しそうな顔で殊葉を見上げる。


「付いてなんかないよ!……なんか色々あってフラれて、結局私しかいないみたいな事になれば良いのにとかっ、思ってるし」


「なんかじゃ済まされないくらいの色々だね……」


「……諦めるなんて、そんな簡単に出来ないよ。でも────────本当に諦めなくちゃいけなくなった時の、覚悟は出来た」


「……そうかい」


「うん。一度来栖を傷つけた私に『挑戦』する権利なんて、無いから……もし、来栖が心と体の拠り所を必要とした時に、私は応えるだけ」


「なら良かっ────ん!?ちょっ、それってつまり、いわゆる都合の良い女ってやつじゃ……」


「こっちゃん、これが私の贖罪だよ」


「褒美の間違いなんじゃないかな……」


 騒がしい廊下を歩く二人の間に、軽い微笑みが生まれる。


 その後、気になった出し物をしている教室に入るまで沈黙が流れていたが────────彼女達はそれを心地よく感じていた。













 ー - - - - - -











「……」


 肩、肘、手……全身で感じた柔らかな人体の感触と共に、朝見の言葉を思い出す。


『失敗しちゃっても良いと思う』


『……それでも、失敗するのは怖いよね。負けたり、間違えたり、進めなくなるのは辛い』


『だから、せっかく失敗するならね』


『思いっきり挑戦してからの方が……自分を守れるよ』


 そう言って、朝見は俺を抱きしめた。


 ……そのまま何もせず、何も言わず、去っていった。


「自分を守れる、か」


 俺は、傷付くのが嫌で挑戦を恐れてきた。そんな自分は嫌いじゃない……好きでもないけど、悪い事じゃないから。


 でも、前に進みたいと願った。進まないと、出来ない事が……一緒にいられない人がいるから。


 ────そして、前に進んだ先に何も無いかもしれないという可能性が怖くて、俺はもう一度足踏みしようとした。


 ……でも。


「綺麗事だって、ずっと思い込んでたな」


 何かをして後悔するより、何もしなくて後悔した方が辛い。


「……そうだよな。あの時、霊子ちゃんを消してなかったら────」


 それを考えると寒気がする。


 倫理的には道を外した行動だ。でも……それ以外の面では間違いなく正解だった。


 だから罪悪感なんて、いらない。感じたところで霊子ちゃんがどうにかなる訳でもない。


「────今だけは、それで良いか」

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