確かに、バッジが揃うまでは言う事を聞いてくれませんしね
「ん、兄ちゃん……どこ行くの?」
「あぁ、し────」
「進くんの家か」
「そうそう、ちょっと行ってくるわ」
玄関にひょこっと顔を見せた海人が、目を擦りながら言った。
「兄ちゃん、何かあった?」
「……え?」
「なんて言うか、顔が少し怖いって言うか……」
「…………眠いんだろ?お前。眠気で変になってるだけだからさっさと寝ろって」
「んー、はーい……」
ムッとしたような顔で、海人は階段を上る足音を響かせながら去っていった。
「……やっぱり、家族には分かっちゃうものなのかな」
母さんと父さんは何も言わなかったけど、海人が気付いているなら当然気付いただろう。
「……ふぅ」
意を決して、俺はドアを開ける。そして右方向、進の家へと真っすぐに────
「「あっ」」
声が重なる。
────────ちょうど、ドアの前でスマホを見ていた俺の親友と。
「鍵開けてくれってLIN●しようと思ってたんだが……悠人、どこか行く用事でもあるのか?」
「いや、俺は……俺も、進と話そうかなって」
「ククク……やっぱりそうか。親友すぎるな、このシンクロは」
「さっき海人にどこ行くのって聞かれたんだけど、アレが無かったらマジで同時だったと思う」
言葉では多く語らず、互いの関係性を確かめるようにニヤニヤと見つめ合う。傍から見れば気持ち悪い以外ありゃしないと思うけど、これが俺達の関係性だ。
「じゃ、悠人の部屋で話すって事で良いか?」
「……いや、少し歩かね?」
「お、良いな。じゃあ……小学校にでも寄ってみるか」
「名案。久々に行くかぁ」
互いの歩調は分かっている。ゆっくりと進みながら、街灯に照らされる通学路に思いをはせる。
「……内容が内容だから、一応確認する」
「うん」
「俺は────『秘密』について話そうと思ったんだ」
秘密。
この言葉について、俺達は話し合った事が無い。
────でも、何のことを指してるかが分かる。むしろ、それ以外の可能性が見つからない。
…………俺達が長年、互いに隠してきた秘密の事でしかない。
「悠人もそうだろ?『能力』の事以外にも……あるんだろ?というか、秘密が新しく出来てしまったんだろ?」
「そうだよ」
「俺は……今日、悠人へ危害を加えかねない存在を確認した。その事について話すつもりだったんだ…………でも、ふと我に返ってさ。もう────俺の事情とかどうでもいいくらいに事が進んでたらどうしようって」
「……」
「俺は俺のために生きてる────だからこそ、お前がいなくなったら全部台無しだ。悠人がいない人生なんて考えられない」
「もはや半身だよな、俺達」
「あぁ……だから全部、話そうと思ったんだ。でも────────ドアを開けて出てきたお前は、いつもよりずっと深刻そうな顔をしてやがる」
「ふふっ……」
「俺は全てを話すつもりだ。だが悠人……俺に合わせる必要は無いぞ。きっとお前が抱えている秘密は俺なんかのモノよりずっと大きくて、誰にも話せないようなモノなんだろう」
「……」
「────だが、だが!『話したら迷惑がかかるだろうな』って理由で話さないのだけはやめてくれ」
「!」
「そっちの方が辛い」
「……そっか」
あの頃を思い出しながら、ガキみたいに側溝の上を歩く。ガタガタと音を響かせ、つま先がちょうど穴に当たるように歩幅を調整したり。
「じゃあ、全部話すよ」
「……ありがとう」
進は柔らかに微笑み、少し逡巡してから────口を開いた。
「じゃ、俺からだな」
「……うん」
「実は俺って能力者で、『BLの波動を触る』能力を持っててさ。それだけなら良かったんだけど、何故か悠人に対して能力が発動する時があって、別に悠人の事を恋愛的に好きな訳じゃないのに……だから今まで言い出せなくて。だから荒川健に関与出来ないって言ったのはあいつに触れないからだし、あと……海に行った時もループの記憶を持ってるんだ。最後、ループを脱出したのも俺の仕業。あの海は悠人が言った通り人工呼吸させることが目的だったんだけど、その相手は春じゃなくて俺だったってわけ。桟橋とか至る所にBLの波動があったから、そうだと思って。灰崎廻がお前に人工呼吸した時に、悠人の周りの波動を『応用』で破壊して俺が人工呼吸したから、あの女は俺の能力について知ってる。俺が秘密にしておいてくれって頼んだから、灰崎廻には言及しなくて良いぞ。あと今日、夜房小窓っていう女がお前の事を執拗に監視してたから殴ってみたけど滅茶苦茶強かった。その時についでで知ったんだけど、詩郎園豪火の『応用』は波動の『吸引』だから、俺達の戦意を奪われてあいつは強化されるとか言うかなり厄介な力だ。あいつに限って考えられない事だが、もし敵対するとなったら気を付けた方が良い。俺からはこれくらいかな」
「すげぇ、全部話すじゃん」
「……すまん、勢いで言わないと……止まっちゃうと思って」
荒ぶる目線に、額に浮かぶ汗。
見た事がないくらいに動揺している。────いや、見た事自体はある、か。一度だけ……。
「お前が海に飛ばされてきた時、周囲をキョロキョロ見回してたよな。俺は三上の水着にドキドキしちゃってるのかと思ったけど……ちょっと違和感を抱いてはいたんだ」
「ククク……今思えば、ぼろ出しまくりだったな」
「BL嫌いと言い、何かと気になる部分はあったからさ。分かんないフリして、そうじゃないかなって思ってた」
「分からないフリ、か」
「……進は、この世界を何だと思ってる?」
「……」
少しの静寂の後に、進は言った。
「何らかの物語────俺達がその登場人物である、という可能性は考えた事がある。それくらいの大事なら、悠人が俺にまで黙ってるのも分かる。……自分がフィクションの存在だって知ったら、な」
「……そっか。俺もそういう認識。影山が『原作』って言ってたり俺を『主人公』って言ってたりさ────まぁ、そこは良いんだ」
「良いのかよ!?今回の話のメインってそこじゃないのか……?」
「うん。俺は進に謝らなきゃいけない事がある」
「……謝る?」
きょとんとした顔で、進は顎に手を当てる。
そりゃあ、心当たりなんて無いだろう。俺自身、進に悪い事をしてた自覚なんて無いのだから。
でも確信している事が一つ、ある。
────俺が三上や詩郎園に波動を感じない事。そして手に入れた『応用』……数々のヒントが、導き出した。
「きっと、俺はずっと無意識に────進に波動を押し付けていたんだ」




