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『やっぱ『周囲を翻弄する系メスガキキャラ』って最後まで弱さを見せちゃ駄目ですよね』
『急に何言ってんの?』
夏休み前の話だ。今思えば、この発言は荒川の片鱗のようなものだったんだな。
『なんと言いますか……自分の感想でしかないんですけど、こういうムカつくキャラって公式で分からせられちゃ駄目ですよね』
『……そう?』
『それは二次創作の役目っていうか。公式がそういう展開をしたら、それはそれで良いんですけど……』
『なら良いじゃん』
『でも、以前までのキャラ性は崩壊しますよね。全てを嘲笑う性格を維持できなくなります。既に一度負けたんですから』
それを言われた時、俺は素直に賛同できなかった。というか、荒川の言いたい事が理解しきれていなかった。
今なら────少し、分かるかもしれない。
何せ、俺はこの幽霊の少女に勝利してしまったのだから。
「なんで……じ、除霊……?」
ずっと迷っていた。
誰かを犠牲にしなければ出られないこの空間で、誰を犠牲にするべきか。
「霊子ちゃん。ここで君という霊を消せば、俺達は誰一人『死ぬ』事無く元の世界に帰ることが出来る」
「け、消すって……っ!?」
霊子ちゃんは必死に立ち上がろうとするが、手足は痙攣するだけで動かない。
「なんで……霊子、と、お兄さ……んは……味方じゃ……」
「……味方?そんな訳ないだろ。俺はずっと、君の事は警戒しなきゃいけない敵だと思ってたよ」
影山から新たな脱出方法を伝えられる前から、冥蛾霊子を消すべきかどうかを考えていた。
何とか関係性を築き、協力関係になり、親交を深めて、隙を作る。昔の進を真似てさりげなく名前呼びに変えたりしたけど、効果があったかどうかは分からなかったな。
「落ち着ける場所にこの部室を選んだのも、君を消しやすくするため。塩水で本当に除霊できるかどうかを一回、そこら辺の霊で試してみようかと思ったけど────────部屋に入った瞬間に効果があるって分かった」
「……」
「この部屋に入った時、霊が一体もいなかったんだ。おかしいでしょ?しかも、俺がこの世界に送られてきたとき、部室を開けてそのままにしてたはずなんだ。なのに、影山の話を聞くためにここに来た時……扉は閉まってた」
なら、霊が閉めたとしか考えられない。
それは何故か。
「離れたかったんだろうね……冷蔵庫の中の塩水から。嫌なものに蓋をするみたいに、扉を閉めた。霊子ちゃんも部室に違和感を感じてたみたいだけど、分からないものなんだね」
「最初から……ずっと?霊子を、殺そ、うと……?」
「『殺す』だなんて人聞きの悪い。君はもう死んでるじゃん」
「……」
「桜塚はあぁ言ってたけど、幽霊なんて……死んだくせに現世に縋り付いてる亡者なんて、前に進もうとしている人々の邪魔でしかない。俺は前に進む……だから君を消す」
「……で、も……霊子は、死んでても……お、お話出来るし、一緒に遊んだりも、出来る、よ?」
床に這いつくばりながら、霊子ちゃんは徐々に俺の足元に近付いてくる。
「普通の、人と、あんまり……変わらな、いよ。霊子は、やっと、普通を……普通の高校生を、知れて……!」
「でも君、人を殺したじゃん」
「え……」
「────きっと、霊子ちゃんは『命』に対して確固たる価値観を持ってるんだろうけど……霊になった事でそうなったのなら、君はもう社会から外れた存在なんだよ」
忘れもしない。
あの夏────あの海で浴びた、暖かくて赤い……生命の水の感触。
「俺は、俺の友達の朝見星を殺した君を受け入れられない。受け入れられるわけがないだろ。ループして無かった事になった出来事だったとしても……俺を心配して、俺を正気に戻しにきて、殺されたあいつは本物なんだ。確かに実在していて────君に殺された」
恐怖だ。
俺も、俺の周囲の人間も、いつかあっけなく殺されてしまうのではないか。もうやり直す事なんて出来ないのに、もしそうなったら……。
「君は不安要素でしかなかった。だからずっと悩んでたんだ、消すかどうかを。……そして今、誰かを消さなきゃいけない状況下で、俺は君に自然な形で塩水を飲ませる手段を手に入れてしまった」
────『ラブコメの波動を感じる』能力の『応用』、『波動の操作』……。
「もう感覚は掴んだ。それに……この世界の事も、少し分かってきた」
俺は置いておいたペットボトルを手に取り、キャップを開けて────逆さにする。
「あ……あ"……やだ────────」
どぼどぼと落ちていく塩水。完全に溶け切っていないその液体を、霊子ちゃんの全身に振りかける。
「せっ……か、く────────」
風が吹いた時の、落ち葉の山みたいだった。
冥蛾霊子の身体は……いつのまにか霧散していた。
「……ふぅ」
しょっぱいだけの水たまりから目を離し、俺は言った。
「なぁ、影山。お前は一体何がしたいんだ?それさえ分かれば────答えに辿り着ける」
『…………よく、やってくれたね。霊子たんを────』
呆然とした顔で教室の前に立っていた夜房さんが落としたスマートフォンが、ゴトンと音を響かせる。
「……あなた、本当に……本当に冥蛾霊子を────」
「あんたが荒川を殺そうとしたのと同じだろ。俺からすれば、あの子は敵でしかない」
「……でも……!」
納得しきれないような顔の夜房さんを置いて、床の上のスマートフォンが笑い声を発する。
『ははははっ!……だとしても、勝つのはあたしだよ。『見てて』思った……お前はやっぱり『来栖悠人』じゃない。『来栖悠人』は霊子たんにそんな事しないしね……ふふふ、ははは』
月明りに照らされる部室。
俺達四人はこの場所から脱出する。日の当たる世界に戻る。
【ならば────転送しよう】
隣に現れた人影が、この暗闇への別れを告げた。




