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やはり、プライドを捨ててアイテムを利用すべきでしょう

「……は?……さっき、女子トイレに隠れてたの?」


『う、うん……』


「……呆れた。……あなたがそれをさっさと伝えていたら、もう勝っていたのに」


 夜房小窓は一旦、影山賽理との通話に専念するために霊を一体ずつ倒していくという手段を取った。


 トイレの狭い入口まで例を誘き寄せ、入ったきた霊を一撃で倒す。そうして一体一体相手していけば、それは集団戦闘ではなく一体一の連続となるため彼女の欠点を無視出来る。


「……で、今はどこにいるの」


『女子トイレから出て、まだ三階を歩いてるみたい』


「……はぁ」


 小さなため息を吐いたそこは、二階の女子トイレ。


 小窓は悠人の動きを予測し────彼は二階に逃げるだろうと、盛大に読み違えてしまったのだ。


「……探して見つけられなかったのが悪いとは言え、面倒……全部影山のせい」


『だ、だって……そんな簡単に、何も悪くないキャラを殺すなんてさ……!』


「……何も悪くなくても、殺して最も損害が少ないのはあのモブ。……来栖悠人は論外だし、冥蛾霊子を殺そうとすれば返り討ちにされるし、後は私とあなただけ。……あなたは死にたいの?……それとも私に自殺しろって言いたいの?」


『ごめん……あたしも頭では分かってるけど、いざ人が死ぬってなると、さ……』


「……とりあえず、今すぐ三階に向かう……」


 刀を納め、目の前を塞ぐ霊の大軍を前に、小窓は────────跳躍する。


 つま先が着地したのは、霊の頭部。


「……はっ!」


 そして一気に────駆け抜ける。


 頭部を踏み抜き、さらに別の霊の頭部を足場として走行する。


『…………あの、さ』


「……謝罪ならもう聞いた、今は集中したいから後にして」


『そ、そうじゃなくて、言い忘れてた事があって……へへ』


「……は?」


 ポケットから聞こえた音声は告げた。


『来栖、霊子たんと合流してるけど……大丈夫そう?』


「…………はぁ!?」


『お、怒らないでって!だからさ、今行っても返り討ちにされちゃうだけだろうし、一旦作戦考えるのもありじゃねって、感じ』


 思わずスマホに罵声を浴びせてしまうところだったが、慌てて意識を足場の確保に集中させながら、小窓は脳の余ったスペースで思考する。


「……ダメ、何も思いつかない。……せめて、さっきの部室とかの、狭い場所で戦う事が出来れば────────」


『待って!それ、行けそうなんだけど!!』


「……どういう意味?」


 音量を上げたスマホが、声量を上げた賽理の声をポケットに響かせる。


『あの二人、多分部室の方に向かってる!何故かは分からないけど、進んでる方向的に部室しかないはず……!』


「……幸運、って事ね」


 そう言いつつも────小窓の中には『引っかかり』があった。


(……何故。……何故、今の状況下で自分から部室に……?)


 ────罠。


 その可能性を考慮しつつも、今の小窓は霊達の上部を飛び跳ね続ける他は出来なかった。














 ー - - - - - -












「ほんとーに部室に行くの?」


「え……」


 俺、荒川、そして霊子ちゃんを三人の霊がそれぞれ抱え、廊下を走り出したその時だった。


 霊子ちゃんが、やけに不安そうな顔で聞いてきたのは。


「こっちから狭い場所に入っちゃうなんて……ASMR女が有利になるだけじゃない?」


「さっきも言ったけど、あの部屋には灰崎先輩が集めた……オカルトグッズという名の非日常アイテムが揃ってる。この戦いを誰も死なせずに終わらせる唯一の手段は、あそこにあるんだ」


 トイレを出た時、俺たちを待ち構えていた霊が彼女を呼んだ。俺達を殺すつもりなら霊にそう命令しているだろうし、少なくとも今の状況では霊子ちゃんに敵意が無いというのは分かった。


「それは聞いたけどぉ……ほんとにそんなスゴイものがあったの?そうは見えなかったけど」


「普段は隠してるだけだよ……ほら、今って文化祭の途中じゃん?展示できる非日常アイテムは、まだマシなものだけ。本当にヤバいアイテムは見せられないし」


「うぅーん……お兄さんがそこまで言うなら、そうなんだろうけどさ」


 まだ何処か納得できていないような表情をする霊子ちゃん。


「何か、不安なの?」


「……正直言っちゃうとねぇ、霊子あの教室苦手なの。なんか、むずむずするっていうか、ぞわぞわっていうか……うるさいようで、静かなようで、不気味ぃーっていうか……」


「あぁ、多分それ灰崎先輩が霊系……っていうか、普通にオカルト方面のモノも集めてるからだと思うよ。ほら、霊子ちゃんって灰崎先輩の事を『うるさい』とか『スピーカー』だって言ってたでしょ?」


「あの女自体がそもそもオカルトに浸かってるってわけね!それなら納得────あっ、着いたー!」


 見慣れた戸が目に入ると、俺は霊の腕の中から降りて部室に入る。


「霊子ちゃん、非日常アイテムを取って来るから見張りお願いできる?」


「おっけー!」


 部室の入り口に霊子ちゃんが腰に手を当てて仁王立ちしたのを確認し、俺は例のアイテムを求めて部室を漁り始める。


「アハッ……なんか、こうして二人きりでいるとさぁ────」


「ん?」


「……原作?の霊子が…………お兄さんの事、好きだったんだなぁーって、思い出しちゃう」


「あぁ……」


「もちろん、たまに夢で見るあの世界と、今の霊子達は全然別人だと思ってるよ。でも────どんなにかけ離れていても、あの陰キャ女は霊子の可能性の一つ。あの陰キャ女が好きになった来栖悠人も、お兄さんの可能性の一つ」


「……」


「違う人生を歩んだ別人なんだろうけど……完全に別って訳じゃないかもって思うんだー」


「……」


「だからこそ霊子達はイラっと来ちゃう。そうでしょ?」


「……」


「アハッ!認めたくない気持ちは分かるよ。でも────」


「……」


「霊子はね、あの『冥蛾霊子』が恋をしたっていう事実と、その想いは……無かった事にしたくないの…………」


「……」


「……あれ?聞いてる?お兄さ────────」


 予想通りだった。


 冥蛾霊子が後ろを振り返って俺の様子を伺う。その瞬間に俺は前進し、そして────────





 能力を使い────────波動を捻じ曲げる。


「あ、転んじゃっ…………」


 引き戸をスライドさせるための溝に上履きが引っかかり、霊子ちゃんの身体が俺の方向に倒れる。


「うわわ、うわっ!」


 霊子ちゃんの身体が俺の身体に激突し、ひんやりとした波動が全身を包み込む。


「いたたっ────────いたぁっ!」


 転倒した状態からさらに転がり、霊子ちゃんに俺がのしかかる形に。


 衝撃で机の上の展示物が倒れる。ボールペンが落ちる。


「ん……ん?」


 そして、本来なら有り得ない確率だが……転倒した俺達はもつれ、転がり、偶然────唇が、重なる。


つまり『キス』をしたのだ。


「ん!ん!んむぅ……っ」


 慌てふためく霊子ちゃんの唇に追い打ちをかけるために、俺は押し寄せる波動の応酬に耐えながら()()()()()()()()()()()()()()


「────ん、ぐ」


「……」


「ぐ、あ"、がはっ、あ"ぁっ!い"っ……のど、が────」


 首元を抑え、じたばたとのたうち回る霊子ちゃんの唇から離れる。


「なに、ごれ……何を、何を────『飲ませた』、の……」


「……言ったでしょ、『誰も死なせずに』この戦いを終わらせるためのアイテムだよ」


 部室に置いてある、小型の冷蔵庫。


 そこにずっとしまっておいたんだ。灰崎先輩に貰ってから、飲みたくなくてずっと……しまっておいた。


大量の波動を一気に浴びたのと、とてつもない塩気を口に含んでしまったせいで気分がすこぶる悪いけど、作戦が上手く行った喜びも大きい。


「見える?これ。────『伯方の塩水』……灰崎先輩じゃないと見つけられない、あり得ないモノしか売っていない変な自販機で買った飲み物」


「な、に"、ぞっ……れ……」


「ラベルに書いてある通り、この水にはとある効果がある……それも、強力な効果が」


「……へ?」


 涙も唾も溢れさせながら、霊子ちゃんはまるで何が起こったか分からないような顔をしていた。


 その瞳は────────ラベルに書かれた『()()』の赤文字に絶望を感じているのだと、見るだけで分かるものだった。

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