四人パーティは王道ですから仕方ありません 後編
『小窓ちゃんはお疲れ。霊子たんは高校を楽しんでるみたいだけど、満足かな?来栖は死ね』
「さっさと話せよ喪女が」
いきなり吐きかけられた毒に対して毒で返したところ、『は?』と何故だか怒ったような声がスマホから響いた。
『霊子たんだからそう呼ぶの許してるだけなのに一番嫌いなお前がそれを言う権利なんてあるわけないだろボケが死ね』
「効いてて草。俺達なんて所詮物語のキャラクターだぞ?マジになっちゃってて恥ずかしいよw」
『しねしねしねしねしねしねしねしねしね』
「……影山。……重要な話があるって言ったのはあなた。……さっさと話して」
『ご、ごめんって……怒んないでよ』
咳払いの後、影山は言った。
『結論から言うと、待っているだけじゃこの世界から出られなくなった』
「────は?」
「……そんな事だろうと思った」
「えー、めんどいよぉ」
心の中で、どこかそんな気はしていた。何かしらのトラブルが起きて、出られなくなってしまった……そう言われるんじゃないかって、不安だった。
でも『流石にないだろう』というのが本心で。俺の危機感が『一応不安がっておこう』と考えただけで、危惧なんてしてなかった。
だが、現実は無情だった。
「……待って。……その言い方からして、出る方法自体はあるって事で良い?」
「!」
確かに、影山が言ったのは『待ってるだけじゃ出られなくなった』ってだけで、『出られなくなった』じゃない。
『そうそう。正解』
「良かった……驚かせんなよ」
『というわけで、ここから出るための新たな方法は────────』
俺は注意深く耳をすまして、その言葉を聞き取ろうとした。
でも、それを咀嚼して理解しきるまでに数秒はかかってしまった。
『─────五分以内に特定の数の霊を倒す事』
「……え」
まず、なんでそんな事をするのかっていう『必要性』が分からなかった。なんで学校中の霊を倒す事が脱出に繋がるのか、仕組みが全く分からない。
それを見越したかのように、影山は続ける。
『理由から説明する。まぁ、なんて言うか……この世界にも容量ってのが存在するわけ』
「容量?」
『そう。霊とか、来栖達とかが入れる容量。なんだけど……この世界って、本来はモブ霊だけがいる場所だからさ。生きている人間とか、原作のメインキャラを入れるような場所じゃない』
「……でも今は、生きている人間の私と影山、原作のメインキャラである冥蛾霊子、そのどちらでもある来栖悠人が─────」
『そう。無理矢理入れたんだよ。詳しい仕組みは省くけど……例えば来栖一人分でも、霊の何体分かも分からないくらい膨大な容量を使ってこの世界に移動させちゃったわけ』
スマホから鳴る声は止まらない。
『あたしも世界の崩壊が起こるのは見越してたからさ。前に容量を確認して、ギリ大丈夫だなーって』
「でも大丈夫じゃなかったんでしょー?アハッ、確認ミスですかぁ?」
『……ミスと言えばミス、かも』
「どういう事だ?」
『あたしは読めなかったし、気付かなかったんだ─────この世界に移動させられるのが、一人増えるだなんて』
誰の事を言っているのかはすぐに分かった。
「荒川……俺と同一存在だと扱われた荒川か……!」
『そう。そのモブの分、更に容量を必要としたせいでこの世界は今、壊れてる状態。本来は裏側に存在するはずの世界を、壊れたまま裏側に戻すのは出来ない……表側の本来の世界を修理してたはずが、いつの間にかこっちの裏側の世界も修理しなくちゃいけなくなった』
……自然と視線が荒川の顔へと向かうが、依然としてこいつは寝ている。
いや、分かってる。この状況は荒川のせいでも、影山のせいでも、なんなら誰のせいでもない……強いて言うなら世界が悪い。
「……でも、今の説明だとなんで霊を倒さなきゃいけないかが分からない」
『あぁ、そっか。要はあれだよ、荒川健一人分の容量と同じ容量の霊を倒せばいいって話』
「それ、結局何人なの?百体くらいなら霊子が一気に────」
『─────千……いや、少なくとも万は行く』
「は?」
……万?最低一万体以上の……霊を?
『しかもそれを、霊のリスポーン時間の五分以内にやらなきゃいけない』
「なっ……霊って蘇るのか!?」
『もう一度霊として、だけど。小窓ちゃんが言ってるでしょ、雑魚敵って。あの霊達が一体しかいないボスとかに見える?見えねーだろ』
「─────じゃあ……」
……どうすればいいんだ。
いくら夜房さんでも、集団相手じゃ分が悪い。なのに一万体なんて無理でしかないだろ。
霊子ちゃんだって、そもそも声が届く距離に一万体がいなきゃいけない。そんな場所……どこにあるって言うんだ。
「出られない、のか……?」
漏れ出てしまった声。慌てて口を抑えるが、頑張ってとぼけようとしていた脳は俺の声を聞いて現実を見始める。
戻れない。
一生ここで。
暗い世界で。
家族と会えず。
みんなと会えず。
返事を聞けず。
このまま──────
【数秒後、影山賽理が代替案を悠人達に伝えるだろう】
「─────っ」
声だけが聞こえた。
こいつの意図は分かってきてるんだ。姿を現さないのは恐らく、影山に悟られないため。それ以外に理由がない。
影山の『観測』する力とやらが声まで聞けたらアウトだろうが、人影は『直接脳内に』って感じで伝えにきている。
高鳴る心臓を抑えつつ、俺は人影と影山の言葉を待った。
『……実は、代わりの方法は無くはないんだよ』
「……そうなの?」
「早く言いなよそれを〜!もったいぶりやがってぇ」
【それは──────】
心臓も、何もかも爆発しそうだった。
だって……人影は影山より速く伝えるとか言ってるけど、それって精々数秒だろ?ここで影山に知られないように『ほんの僅かな時間だけ速く』俺に伝える理由ってなんだ?
だから……そう。
人影の言葉と影山の言葉の間の……その一瞬で、何かが決まる。
人影はその一瞬の中で、俺に何かを求めて─────
【来栖悠人、冥蛾霊子、荒川健、影山賽理、夜房小窓のうちの誰か一人を殺害する事で、残りの四人は元の世界に帰還が可能である】
時が、止まった。
息も、止まりかけた。
身体は、手足は──────
「……あたし達五人のうち誰か一人が死ねば、本来帰れるはずだった四人分は帰れ──────」
「ッ!!!」
────手足は。
……死んでも止めるものか。
「……だったらこうすれば良いってことね」
その時、俺の動きは夜房小窓よりほんの少しだけ速かった。
「……必要性が薄いモブを、消す」
抜刀された切っ先が向かう先は────荒川健の首。
「させるかよ……!」
それを読んだ俺は、すぐ隣の荒川の襟を掴んで引き寄せる。
バキッ……と刀が椅子を貫き、それを引き抜いた夜房さんが俺を睨む。
「……意外に良い反応ね」
「あんたならそうすると思ったよ……誰か一人を切り捨てなきゃいけないってなったら、真っ先に『モブ』の荒川を狙うだろうってな」
「……にしても速い動きだったけど、まぁ良い─────最初の一撃はともかく、次からは私の方が速い」
「……!」
その通りだった。この先どう逃げようとすぐ追いつかれるし、どう避けようと何回もあらゆる方向から攻撃してくるだろう。
だけど、俺は荒川を一瞬でも長く生かせた事に意味がある事を知っている。
……だから頼む。
俺の腕の中の、せっかく助ける事が出来た、この暖かい命を守ってくれ。
「……庇おうだなんて考えないで────」
月明かりに照らされる切っ先が、まるで星のように高速で、暗闇に線を描きながらこっちに───────
「ダ・メ〜〜!」
「……ッ!」
向かってくる刀の軌道を足で蹴ってずらし、同時に夜房さんの首を右手で掴んだのは──────
「……な、んでッ、邪魔を……!」
「アハッ!霊子ってば優しいからぁ、霊子に高校生活を教えてくれたお兄さんが悲しむのを見たくないの。お兄さんがどれくらい悲しむかで考えたら……このメイド君よりASMR女の方がマシ。すっごく自然な考えじゃない!?」
「……ふざけないで」
「おっとと!」
手首を回転させ、首を掴み続ける霊子ちゃんの手に斬撃を食らわせようとする夜房さんだったが、あと少しのところで霊子ちゃんの手は離れた。
「……私は生き延びたい。……何があっても」
「ふーん、そう。こいつこんな事言ってるけど、どう思う?お兄さ─────あれっ」
睨み合う二人を置いて、俺は部室を飛び出していた。
荒川をおぶって。全速力にしては遅いスピードで、それでも逃げるために。
何としても、荒川を生かすために。
「クソッ……でも、どうしたら良いんだよッ!」
さっきまで普通に仲良くしていただなんて。バレーボールなんかしていただなんて、当事者である俺でも夢だったんじゃないかと疑ってしまう。信じられないし、信じたくない。
レシーブをした俺は荒川を守るために逃げ。
トスを上げた夜房さんは荒川を殺そうと刀を振り。
スパイクを打った霊子ちゃんは夜房さんを止めつつ、殺そうとして。
「どうすれば……どうすればッ!!」
どうすれば荒川を助けられるんだ。
どうすれば、ここから───────。




