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バグがバグを呼ぶのです

「危な~!遅刻しちゃうとこだった~!」


「え、えーっと……慌てて俺の隣の席に駆け込んできたのは、ツインテールが良く似合う少女」


「おはよう、来栖君!」


「おはよう、冥蛾さん」


「ふわぁ~……眠いよー。なんで学校ってこんな速い時間に来なきゃいけないんだろ」


「……こ、この子の名前は冥蛾霊子。いつも元気で、あー……一緒にいるだけで明るい気分になる……俺の同級生だ」


「うわ、チャイムギリギリじゃん!あとちょっと遅れてたら遅刻だった……あれ?鳴らないね」


「……きーんこーんかーんこーん」


「ん?チャイム聞こえない……」


「……きーんこーんかーんこーん!!」


「なんかいつもよりチャイムの音が小さいような……」


「……きーん!!こーん!!かーん!!こーんッ!!!」


「あ!聞こえたー!」


「……ハァ、ハァ、ハァ……!……そ、それでは、ほ、ホームルームを…………!」


「ちょっ、いったんカット!霊子ちゃん、いったんカットにしよう、ね?」


「えー……しょうがないなぁ」


 頬を膨らませながら、霊子ちゃんはふんぞり返る。


「じゃあASMR女の喉が回復したらホームルームのとこから再開だからねー」


「……その、提案なんだけどさ」


「ん?監督である霊子に意見だとぉ?」


 そう────俺達は今、霊子ちゃんを監督として『学校生活』の再現を行っている。


 こんな状況で何してんだって思う。俺が一番思ってる。でも……脱出方法が『生き延びる』しかないんだから、何をしてようが自由だしむしろ暇つぶしになるよ、って霊子ちゃんに言いくるめられてしまった。


 加えて、彼女の要求を満たす事で仲間になってくれるのなら……やるしかないし。


「これだけは言わせてほしいんだよ」


「何?」


「俺がモノローグを口に出さなきゃいけないの、やめない!?死ぬほど恥ずかしいし俺だけセリフの量が数倍なんだけど」


「でも主人公ってそういうものじゃん。●ョンとかすごい喋ってるし」


「キョ●を含む主人公達は脳内で『サンタクロースをいつまで信じていたか』を語ってるだけで口には出してないよ!」


「む~……でもアニメでは声付きだしぃ」


「だったら、霊子ちゃんが主人公役になればいいんじゃない?そうすれば主人公っぽいモノローグを霊子ちゃんの頭の中で流しとけば良いし」


「主人公役やるのは主人公が一番適任じゃん」


「それを言われちゃうか……」

「んー、でもセリフが多すぎて止まっちゃったら元も子も無いし。じゃあモノローグは無しで!」


「良かった……これで一件落着────」


「……一件落着なんかじゃない。……私の負担が大きすぎる」


 教卓の上で項垂れるのは夜房小窓。喉を抑えながら俺達を睨みつけていた。


「……先生役をやるのは、良いよ。……でもなんでチャイム役までやらなきゃいけないの……喉痛い……」


「は?あのさぁ、剣道部ならデカい声くらい出るよね?」


「……刀持ってるからって剣道部なわけじゃ」


「マジレスうっざ」


「…………チャイムこそ、あなたの脳内で補完して」


「ちぇっ、役者は黙って監督の言う事聞いてりゃ良いのにさ……それで良いから、さっさとやるよ!」


 手をパンパンと叩き、霊子ちゃんが「スタート!」と高らかに宣言する。


 ……再び、開始の合図だ。


「……それではホームルームを始めます。……今日の予定は特にありませんが、最近暑いので熱中症対策を怠らないように」


 ここまでは完璧だ。夜房さんもセリフを一言一句間違えずに進行できている。


「……そして────おや、荒川君?……寝てないで起きてください」


 ……気絶しているのに机に突っ伏した状態で座らされている荒川を指さすのも、霊子ちゃんが作った台本の通りだ。


「せーんせー、無駄ですよー!荒川君ったらいつも寝てるんだから、先生もいい加減諦めたらどうですかぁ?」


「……そう言われても、担任の立場としては注意しなければいけませんからねぇ。……では、今日も一日元気に過ごしていきましょう」


 本当に今の会話必要だったか?絶対いらないだろこれ。


「……それでは挨拶。……日直の冥蛾さん、お願いします」


「はーい!きりーつ────────」


 霊子ちゃんが椅子から立ち上がりながら大きな声で起立を促す。


 ────その瞬間だった。


「ん、あぁ……あれ?ここ、教室……」


「────あ、荒川!」


 今の今までずっと眠っていた男、荒川健が目を覚ましたのだ。


 ……霊子ちゃんの起立の声で起きなければいけないと体が反射的に動いたのだろうか、机に手を当てながら体を立ち上がらせ────────


「おはよーございまーす!!」


「ふわぁ~……おはようごz」


「……おやすみなさい」


 ────首の後ろの部分……頸椎って言うんだっけか。荒川のそこに、トンッとまるでドラゴ●ボールかのような手刀が命中する。


 ……瞬時にして荒川の背後に移動してきた、先生こと夜房小窓によって。


「……」


「……殺してはいない」


「いや分かってるけども。本当に手刀で気絶って出来るんだなっていうのと、なんでわざわざまた寝かせたのかっていう」


「……そういう技を使ってるだけ。……気絶させたのは、その方が楽だから。……あなただって、何も知らないこのモブに一から説明をするのは疲れるだろうし、そもそも事情を知ってほしくないでしょう」


「まぁ……そっか。こいつは俺の『代役』ってだけの理由で────ここに連れてこられちゃったんだもんな」


 荒川健がここに来てしまった理由。


 それは────────『原作で女装するはずだった来栖悠人の代役になっていた』からだ、と影山は言った。理屈は良く分からないけど、誰かがメイド衣装に女装するというのが原作ではかなり重要なイベント……なのか?


 そのせいで、『来栖悠人は何度も死んだ事がある』→『来栖悠人は死人』→『来栖悠人は置換した世界に移動させるべき』→『ならば来栖悠人と同一存在とも言える荒川健も移動させるべき』というピタ●ラスイッチが起きたらしい。


 ……なんでそんな事を影山が知ってるのかが気になったけどな。


「「「……」」」


 俺がぼうっと考え込んでいた間に……微妙な空気が、周囲に立ち込めていた。


「……えっと、次はどうするんだっけ」


「霊子ちゃん?次は……」


「あ、え、次?次は……なんだろう。高校っぽい事っていうのが良く分かんなくて……」


「俺もいつも陰キャだけでつるんでるから青春らしい事は良く分からない」


「……私は、友達が一人もいなかったから」


「「「……」」」


 ────え、この中で一番青春に近いのって……俺?


「ま、まぁ落ち着いてよ。俺がレクチャーしてあげるからさ……高校生活ってやつを」


 曇ってきた霊子ちゃんと夜房さんの瞳を見て、少し明るく振舞ってみた……けど。


 ……さぁ。どうしよう。霊子ちゃんを満足させられる、高校っぽい事と言えば────。














 ー - - - - - -











「長くね?」


 その部屋の暗さは、世界が裏返った今となっても変わらない。モニターの光のみが、菓子の袋と飲み切ったペットボトルという不健康の象徴を照らす。


 そんな影山賽理が────自分を落ち着けるために出来るだけ平静を装いつつも……その心臓は加速している。


「長いって。なんで元の世界に戻らないんだ?」


 実は────彼女が想定していたタイムリミットよりも、長い時間が経過していたのだ。


 だというのに世界は夜のまま。人間達は霊に成り代わられたまま。


「まさか────」


モニターに映る、一人の男。


未だ眠り続ける彼の顔は、事態の深刻さなどまるで知らないような安らかさを感じているように見える。


「だとしたら、この世界から脱出するには────────」

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