主人公覚醒までが長すぎます!
『モブ』────その単語が俺の脳内で暴れ回る。
夜房さんが何を言いたいのかはすぐに理解できた。『原作』では荒川健というキャラは……メインキャラほどの出番を与えられなかったモブなのだと。
そして次に、俺がこの子に向かって言うべき言葉もまた、脳が文字として叩き出した。
「────そんなの関係あるかよ」
「……」
「助けたいんだ。友達だから……」
「……言ったでしょ、大人数は分が悪いの。……私は対単体特化だから」
「じゃあ良い。あんたが行かないなら俺が────」
「……ふざけないで」
足を踏み出した瞬間、とてつもない力で襟を掴まれる。
「……死ぬでしょう、どう考えても。……あなたが死んだら何もかも無駄になる、私は何としても生き延びたいの。……世界がやがて滅ぶとしても出来るだけ長い間生きていたいの」
「それはそっちの都合だろ」
「……私の都合。……でも、それに従ってもらうし、歯向かえないでしょう。……あなたには私の手を振りほどけるほどの力なんて無い」
その通りだった。
────だから、何だと言うんだ。
「時間が無いんだ────離してくれ」
「……離さない」
「ぺっ」
「へ?」
俺は口内に溜め込んでおいた唾を吐き、夜房小窓の顔面に激突させる。
「…………は?」
「俺も荒川も、ついでに進も────あんたみたいな偉そうな女が一番嫌いなんだ、よッ!」
「っ!」
呆然としている夜房小窓の腹部を膝で思いっきり蹴り、手が緩んだ隙を見て走り出す。
「間に合え……ッ!!」
捕まった荒川は教室の内側へと引きずり込まれているようだった。
「……待っ、て────!」
夜房さんの手が再び俺を掴む前に、雑魚敵の集団の中に滑り込む。
「「「「蟷ス髴翫′迴セ繧後◆」」」」
前後左右、霊に囲まれた状況。
慌てる必要は無い。こいつらの動きは遅い……だから前へと突き進んで、まずは荒川に近付く。
そして並行して────俺は呼びかける。
「おい、のっぺらぼう」
もう一度、声を出す。
「お前の事だよ、人影!聞いてんのか!!」
【……私の事だろうか】
ゆっくりと、ゆっくりと圧をかけながら近付いてくる周囲の霊達。そんな中────俺の隣に灰色の人影が現れる。
「教えろ。荒川を助けるにはどうしたら良い?」
【────悠人の勝算は、私だったというわけか】
「良いから教えろ!俺の能力の『応用』とかッ!なんでも知ってそうなお前なら分かるだろッ!!」
【……なら、教えよう】
「速くッ!!速く教えろ……!!」
俺に向かって突き出される霊達の手を必死に振り払い、死までの時間を稼ぐ。
「っ……」
「蟷ス髴翫′迴セ繧後◆」
教室の中心部で首を絞められる荒川。それを目視したまま、俺は人影の声に耳を傾ける。
【────……こうするのだ。理解できただろうか】
「本当に!?本当にそれで俺の『応用』が使えるんだな!?」
【そうだ】
「よし……ッ」
人影の命令に従って、工程を完了させる。
『きっと─────自分に出来た初めての『友達』が来栖君達なんです』
あの言葉が演技か真実かどうかは分からない。だとしても、俺はあの言葉に応えたい。
それに────今ここで荒川と見捨てたら、嘘かどうかを確かめる事すらできない。これからも続くはずの友情を、こんなところで終わらせるわけにはいかない。
俺達が……ラブコメとかホラーとかバトルとか日常系とか、何かの物語の登場人物だったとしても。今ここにいる俺と荒川は主人公とモブなんかじゃなくて、友達同士だから。
何度も俺を助けてくれた荒川を、今度は俺が助ける番だ。
「だからとりあえず……なんか起きろ────ッ!!」
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来栖悠人の能力、『ラブコメの波動を感じる』能力。
その能力には『基準』が存在する。
まず第一の発動条件、『恋愛関係のある二人以上』に対して能力は発動する。
そして第二の発動条件────『特定の女性』……つまり『原作のラブコメにおいてヒロインだったキャラ』に対して。
まず『朝見星』、『冥蛾霊子』、『頼藤世月』だ。彼女達からは『来栖悠人と恋愛に発展する可能性がある』ために能力は発動する。
だが『詩郎園七華』には────能力は発動しない。
更に『三上春』には『線堂進』と一緒にいる時には能力が発動するという『第一の発動条件』を満たした時には発動するが、『第二の発動条件』は反応を示さない。
来栖悠人が見ている悪夢……彼の過去の記憶、つまりは『原作』の景色だ。そこでは上記の女性達が悠人に対して好意的だった。まさに『ヒロイン』と言えるだろう。
だと言うのに、バラバラに能力が発動するのは何故なのか。
そして────『灰崎廻』に対して強い波動を感じるのは、何故なのか。
その答えに、きっと悠人なら辿り着ける。私はそう信じた。この世界の悠人はもはや、私の知っている原作の来栖悠人ではなく……新たな一人のキャラクター、否……人間と言えるだろう。
だからこそ私は託すのだ。能力の『応用』……世界を揺るがす力を。
【全身で波動を感じるのだ】
この世界はもう、私の知る世界ではない。新たな一つの世界。愛すべき別の物語。私が見れなかった道。
【そして、指を銃のように構えるのだ】
だからこそ私は見届ける。例えこの身が世界から消えようとも、来栖悠人の物語の結末を見届ける。
【感じた波動を指先に移動させるような感覚だ。そして────解き放て】
私の言葉に従った悠人の、その力によって────波動は渦巻く。逆巻く。流転する。
【後は願うのみ。この状況を打破する、運命の到来を……】
やがてその運命の力は……教室の窓を割った。
呼ばれたのはラブコメ。『波動を操る』という能力の応用によって────何かが、訪れる。




