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数で圧倒されると困ります

「……三階は雑魚があまりいないみたい」


 廊下を見渡してみると、確かに見える範囲では人影が少ない……気がする。暗くてよく見えないけど。


「階によって数が違うんすか」


「……そんな事はないはずなのだけど」


「え」


「……今、影山に聞いてみる」


「ちょっ、何か異常事態起こった感じ……?」


 スマホをタップしだした夜房小窓を、俺はただ見守る事しかできなかった。


「…………」


「影山はなんだって?」


「……異常事態は起こりはしたみたい。……でも、大した事ではないらしい」


「え、影山でも何が起こったかは分からないのか?」


「……いや、分かってる。……けれど教えてくれない」


「は?」


「……その方が面白くなるから、だって。……馬鹿げてる」


「────」


 言葉が出ない。


 こんな状況下でなんでそんな態度が取れるんだ。


「あいつってまだ自分の家にいるのか?一人で……襲われたりするかもしれないのに」


「……そうね、でも影山にも何らかの『対処法』はあるだろうし、狭い部屋に引きこもってれば安全なのかも。……で、どうする?」


「何が?」


「……影山は、『三階の教室を見て回れ』って言ってる────それに従うか、従わないか」


「……」


 あいつの思い通りになるのは癪だ。


 だけど、ここで従わない場合────それはそれでヤバい気がする。影山もこういう言い方をすれば俺が動くって知ってるんだ。


 残念ながら……選択肢は最初から無い。


「行こう。いや……行きたい。だから連れてってほしい」


「……分かった。……とりあえず一つ一つ、教室を見て回っていく」


 スマホを片手に歩き始めた夜房さんは……ノールックでまた一人、化け物の首を落とした。









 ー - - - - - -












「何も、ない……ね」


「……うん」


 いくつか教室を回ってみたけど、霊達に荒らされた文化祭のセットがあるだけで……何もない。


「……影山の言い方からして、この教室で何かを探らないといけないわけじゃなさそう────もっと、分かりやすい異変があるはず……ふわぁ、あー……」


 欠伸をしながら霊達の首を撫で、ボトボトと命が落ちていく。……いや、霊って言うんならもう死んでるから命なんて無いも同然なんだろうけど。


「よく、そこまで抵抗が無いね」


「……慣れたから」


「人を斬るのに?」


「……うん。……それに、霊だし」


「……」


 教室を出て、また次の教室へ向かう。


 慣れてきた工程。その中で。


「それって、どこの経験?」


「……何が?」


「人を斬るのに慣れたって────それ、前世の経験?それとも……」


「……」


「────『原作』での経験?」


「…………」


 冷たい視線が俺を突き刺す。


「……気付いたんだ」


「って事は、『原作』の方って事かな」


「……そう。私と影山の力は『原作』に由来している────あなた達とは違って」


「だったら明確におかしい点が一つあるよな」


「……」


 影山はともかく────この夜房小窓に関しては、到底理解できない点がある。


「なんで『戦える』んだ?ラブコメって普通、そんな力は必要ないはずだ」


「……少し捻った設定のラブコメならあり得るでしょ」


「そうかもね。だとしても────その可能性よりは、『前提が間違っている』可能性の方が高い気がする」


「……」


「この世界って、原作って────()()()()()()()()()()?」


「……」


「違うんじゃないか?ラブコメじゃなくて……別ジャンルの物語なんじゃないか?」


「……はぁ」


 ため息の後、夜房さんは近付いてくる霊を無言で斬り、鈍く光る刀身を鞘に納めた。


「……私からすれば、あなたが勝手に『この世界をラブコメの世界だと勘違いした』んだけどね」


「やっぱり、違ったのか」


「……答えは言えない。……今までの僅かな『ヒント』を集めてみれば、誰でも分かる簡単な真実なんだけどね」


 ……と言われても、俺は何がヒントなのかすら分からない状況だから推理のしようがない。


「……と言っても、原作を知ってる私でもこの異変については分からない。……どうして三階だけ雑魚が少ないのか、そしてその程度の異変を何故……影山は期待しているのか」


「確かに。多いとかならともかく、少ないんだよな。何かが起きそうな気配とかもないし」


「……そう。だから今は見て回るしか────────」


 次の教室の扉に辿り着いた瞬間、夜房小窓の動きが止まる。


「……あれは」


「ど、どうしたの?この教室に何かが……」


「……違う。こっちの教室じゃなくて……あっち」


 俺は引き戸の窓の部分から教室の中を見るのに必死で気付かなかったが────夜房さんは教室の中ではなく、さっきまでの進行方向……つまり、一つ先の教室を見ていたんだ。


 俺もその方向に首を曲げた瞬間、彼女が何を言いたいのかが分かった。


「「「「「「「「蟷ス髴翫′迴セ繧後◆」」」」」」」」


 群がっている。


 その教室────────『一年七組の教室』の扉を開けようと、大量の霊達が群がっていた。


「な、何が起きて……」


「……中に、誰かがいる」


「え?」


「……私達がこの教室に来たのは今が初めて。……そして、霊達には知能が無い────だから、鍵がかかっているはずがない」


「────なのに、霊達が止まってるって事は……この教室には鍵がかかってて、中にいる誰かがそれを閉めたって事か……!」


「……加えて、影山が楽しんでるような状況って事は────────中にいる誰かは、死なせてはいけない重要人物の可能性がある……ッ!」


 夜房さんが一歩を踏み出すとほぼ同時だった。


 轟音と共に扉が崩れ────大量の霊が教室になだれ込む。


「……あなたはそこにいて。救助は私が────────」


 刀を抜き、前傾姿勢を取った夜房小窓。


 ────────彼女は、そこで身体を硬直させた。


「え、ど、どうしたの……?」


「…………はぁ」


 それどころか────刀を納めたのだ。


「な、何してんだよ!?助けに行くんじゃ────」


「……アレ、見て」


 夜房さんの表情は『呆れ』の一色。


 訳が分からなかった。今、人助けをしようって時に……どうしてそこで止まるのか。


 何を見たら、助けるのをやめるだなんて選択肢を取るのか────────


「…………あ」


 ────見えた。


 扉が破壊され、追い詰められた状況下で何とか逃げようと、捨て身の覚悟で教室の外に出ようとしたんだろう。


 でも……捕まってしまった。あと少しの所で、ちょうど俺達から見えるくらいの所で捕まって……今まさに、気を失ってしまった。


「────()()


 ────彼が、雑魚と呼ばれる化け物に首を掴まれていたのだ。


「……この量は、流石に私一人じゃ骨が折れる……見捨てよう」


「……は?なんでだよ、どうして荒川を────」


「……荒川健だからこそ、見捨てる」


「ッ、だから、なんで荒川だって分かったら見捨てるんだよ……!」


「……決まってるでしょ」


 無機質な瞳だった。


 まるで俺達を────そう、ただの物語の登場人物としか見ていないような、冷たい感情が向けられたのを感じた。


「……だってあいつ、ただのモブだし」

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