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なんでそこで波に乗ろうと思ったんですか?

 来栖悠人の特筆すべき精神性の一つ────『でも泥水を啜るしかない人達に比べれば』理論。


 目の前の問題に対して『もっと辛い思いをしている人はいる』と思考し、問題による重責を軽減する。それは彼が一度経験した苦しみに対する耐性を得ることが可能であったり、常軌を逸したポジティブさを持ち合わせていたり……影山賽理の言う所の『主人公』らしい前向きなメンタルと、中学一年生で経験した出来事によるひねくれが混ざり合った事で生まれた。


 荒川健はラブコメを嫌う理由を『ムカつく』からと言っていたが、悠人の場合は『恋愛如きで何を大げさな?』という思考もある。


 他にも『小説家達の才能と嫉妬と情熱』を描いた作品には────『でもこれって小説の話じゃん。生死を賭けた戦いをしてる訳でもないのに真剣過ぎない?』と馬鹿にする。


 また、『同性愛者の葛藤と愛情と隠匿』を描いた作品には────『異性じゃなくて同性が好きなだけで俺と同じ人間なのに、なんでこんなに偉そうなの?』と苛立つ。


 さらに『大学生達の関係と性欲と堕落』を描いた作品には────『えwこれセッ●スの話でしょ?wセック●で生きる死ぬが決まる世界だったりする?w』と嘲笑する。


 一言で表すのなら『共感性が皆無』なのだ。自分の価値観の範囲外の事象に対しては理解を諦めるのが来栖悠人だ。彼がその凝り固まった常識を捨てる事は中々無い。


 だが────────


『だったらそれが恋なんですよ!!』


『愛でも執着でもいいですから、とりあえずそれが『好き』って事なんですよ!そういう事にしていいんです!!』


『生涯を共に過ごしたい異性がいるなら、とりあえず付き合ってみればいいんです!!それくらい仲の良い人だったら、恋仲になるのが違うなって感じても友達に戻れますし!!』


『友達はいつの間にかなるもので、定義しちゃいけないものではありますが……恋愛に関してはどっちかが一歩を踏み出さなきゃいけないんです!!自分で良いんですか?荒川健で満足していいんですか!?』


『誰かに取られる前に、取りたい人がいるんじゃないんですか!?誰かで妥協する前に、挑戦してみたい愛があるんじゃないんですか!?それくらい勝手に分かれよ馬鹿!!あーうざ、なんで自分がこんなキレなきゃいけないんですか……』


 ────悠人と似た目線を持っていて、悠人の事を嫌う、荒川健というたった一人の男の言葉は悠人の心に深く浸透した。悠人を嫌っているが故に出た、遠慮の無い決めつけるような口調が……彼に『そうかもしれない』と思わせた。


 その噛み合いが起こしたのは────シナリオの瓦解。


「全く……一体俺はいつ好きになったんだろうな」


 廊下を駆け抜ける悠人に止まる気配などありはしない。


「初めて会った時か、デートに行った時か、ご褒美をもらった時か、家に行った時か、人工呼吸で助けてもらった時か、それとも今日の文化祭か────────」


 その感情が芽生えたのがいつなのか、誰にも分からない。


 それどころか……今や、世界すら────来栖悠人の感情が本物かどうか、特定できない。


「クソッ……頭がぐわんぐわんしてしょうがないな……!」


 階段を下りるのすら一苦労。それほどの『波動』……それもそうだ。彼は今、ラブコメの中でも佳境である『告白』をしようとしているのだから。


 視界すら歪む。嗅覚すら麻痺する。そう感じてしまうほどに脳に響き渡る波。


「あと少し────何度も通った廊下だろ」


 階段からオカルト研究部部室への、長くも短い道のり。


 一歩を踏み出す。また一歩を踏み出す。


 小さな歩幅の一つ一つで、これまで過ごした時間を噛み締める。


「……はは、なんて言うんだろうな、進と三上は」


 朦朧とする意識の中で浮かび上がる顔。


 彼らの反応は祝福だろうか。慰めだろうか。


「いやいや……たった一回振られたところで諦めるつもりも無いけどな。もう会えない気がする……灰崎先輩のような人は二人もいる訳がないし……」


 人気の無い廊下をひたすら進み、進み、前へと足を動かす。


「……あと少しだ」


 悠人の胸に響くリズムは緊張によって加速した鼓動だろうか?否、波動への恐怖による動悸だ。


「……」


 言葉を飲み込み、悠人はその戸の前に立った。


 その部屋の中にはきっと彼女がいて、いつものように出迎えてくれる。『遅い』と文句の一つでも垂れてくるかもしれない。


「よし────────行こう」


 迷いなど無い。迷う理由が無いのだから。


 呼吸を整えた後、すぐに悠人は戸に指をかけて────────


【これは最後の忠告】


「……あ?」


 ────────その声を聞いた。


【私が干渉できる回数は限られている。その回数を消費してでも、今ここで悠人を止めるべきだと判断したのだ】


 灰色の人影。


 悠人の隣に、そっと立つ存在だ。


「久しぶりじゃん」


【来栖悠人は私の言う事を聞くべきだ】


「言う事って?」


【『告白』だけは────否、『灰崎廻への告白』だけは……この世界において選択してはいけない道だと言える】


「なんで?簡潔に納得出来る理由をちょうだいよ」


【…………】


「黙んな」


【否────この瞬間において、私が何を言おうと来栖悠人が行動を変える事は無い。今の言葉でそう予想出来たのだ】


「……はは、お前も段々俺の事分かってきた?」


 そして────────戸は開かれた。


 ガラララッ、と音が鳴り、悠人は一歩を踏み出して部室へ入る。


「やァ、遅ェよマジで」


 机に両足を乗せた状態で、灰崎廻が隣の椅子に乗せてあったカバンの持ち手を握る。


「すみません」


「結局何の用だったん?」


「あー、あれです」


「あれって何だよ。……なんか顔色更に悪くなってねェ?マジで大丈────」


「好きです」


「うぇ」


 そこで()は────目撃した。


「灰崎先輩が好きです。恋愛とか、そっち方面の意味で」


 溢れ出る思いを形にして言い切った来栖悠人。


「…………」


「好きです」


「………………は、はァッ!?!?」


 脳の処理が追いついた途端に顔を紅潮させる灰崎廻。


【……一体、この物語は何処へ向かうのだろうか】


 認めるべき事実として、この部室で起こっている状況はまさに大興奮と言わざるを得ない!しかし……否、だからこそ────勿体ないのだ。


【少なくとも荒川健の言う『引き延ばし』は避けられなかったようだ。その点は私から謝罪しなければならない】


 来栖悠人が思いを伝え、灰崎廻が思いを受け取った今。


 世界はあり得ざる事象に対応出来ず────────『崩壊』が起こる。


【これが君の……転生者、影山賽理の望みなのだろうか】


 ……二人を捉えていた私の視界が、一瞬にして暗闇へと移り変

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