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ここは慌てず落ち着いて行動するのがコツです

「久しぶり。後輩チャン」


「あなたは……この前の……」


 恐怖という感情が浮き彫りになっている朝見の目線は、俺の横に立つ灰崎廻に向けられていた。


「……知り合いなんですか?」


「来栖クンの事を調べたって言ったでしょ?その時に聞き込みをしたのがこの子だったんだよ」


「よりによってコイツを偶然引き当てたって事ですか!?どんな確率で─────」


 いや、そうじゃない。偶然なんかじゃない。


「……『能力』か」


「お?飲み込みが早いねェ。そう……ワタシの『能力』を使わないと、キミの事をよくを知ってる人に出会えなかったんだ。全くもう、友達は多いに越した事はないよ?」


 俺以外の能力者。まさかこんな形で出会う事になるとは……。それも、まだどんな能力かは分からないが『ラブコメ』を感じ取れる俺よりも『効果範囲』が広い能力かもしれない。


「─────ってそうじゃなくて。ほら、来栖クン。これがオカルト研究部の活動さ。キミという非日常は、今まさにイベントを引き起こした」


「……」


「何か……話したいことでもあるんじゃないのかい」


 動かした目線が、朝見とぶつかる。


「あの、来栖──────」


「悪かったよ」


「……え?」


 立ち上がった朝見はきょとんとした表情で口を噤む。


「……この前の事?あの時言われたことは……その、私はもう気にしてないから────」


「違う」


「え」


「動画の件。お前が泣いてるところを拡散させてしまった。あの画角的に朝見だってバレはしないだろうけど……」


「そ、それはっ、来栖が謝るような事じゃ……!」


「詩郎園に拡散を止めさせる事が出来たのは俺で、それをしなかったのは俺だ。だから()()()ごめん」


「……」


「動画の内容については、俺は絶対に謝罪したくない」


「……うん、良いよ。あんなの……全然足りないよ」


 春風が吹く。言葉を遮る風が耳を通り抜けてから─────意を決した顔の朝見が口を開く。


「本当にごめん、来栖」


「あぁ」


「あの時……三年前。私は……私は、皆を止める事もせず……ただ、周りに合わせて笑ってた」


「うん」


「もう……二度と、来栖の前には現れないから。でも─────許してもらえなくても良いから、ただ……謝りたかったの」


「……そうか」


 俺には、それが誠心誠意の謝罪に見えた。心の底からの謝意。……どれだけ悪く見ようとしても、そうにしか見えなかった。


「あぁ、じゃあ……進にも、もう話しかけないでやってくれ。ただでさえモテんのに三上との時間が無くなるからさ」


「……」


「お前の恋路にあれこれ言いたくないけど……進だけは、進だけはやめてやってくれ。そうしたら……終わりだ」


 俺とコイツの確執は。俺の痛みは。終わりを迎える───────


「来栖、違うよ」


「……あ?」


「それは違う」


 ─────風が吹く。

 少し木々がざわめく程度のそよ風。人間の声を霧散させる力などない、この会話を遅らせる事など出来ない、ただ頬を撫でる風。


「私の好きな人は線堂じゃないよ」


 嫌な予感と、ドス黒い『波動』が同時に押し寄せる。


「……何を……言ってるんだ?だって、あの時だって俺と付き合ったのは─────」


「皆はそう言ってたから私はそうやって合わせた。……今更だし、クズだって思うよね。けど……知って欲しいの、本当の事を……!」


 ダメだ。それは────ダメだ。俺は知ってはいけない。知らない方が楽で……そうだ、知らなければ俺は、元の来栖悠人に戻れる──────


「私が好きなのは来栖だよ。……あの時、告白した時からずっと」











 ー ー ー ー ー ー ー










「私は……来栖と付き合い始めた時、『皆』に言われたの。『まさか本気じゃないよね』って。……本当の事を言えば私がいじめられるって思ったから……私は嘘をついた」


「……」


「いつか絶対バレるって分かってたのに……私は嘘をついた。自分だけ逃げて、しかも──────『皆』の矛先を来栖に押し付けた」


「……」


「もう会いたくないって言うなら絶対に守る。でも、もし困ってる事があったり、私に何か出来るなら力になりたいの!それが……唯一出来る償いだから─────」


 朝見星はその言葉を告げた直後、強く目を瞑った。行動の原動力となった感情は、主に不安。


(今更こんな事言っても……信じてもらえる訳無い……)


 来栖悠人からどんな言葉を浴びせられるのか。来栖悠人の表情はどれほど怒りに染まるのか。どれだけ暴言を吐かれても、どれだけ怒号を浴びせられても──────基本的に朝見星はそれだけでは心が折られたりはしない。


 だが、来栖悠人という人間には辛い表情をしてほしくなかった。汚い言葉など吐いてほしくなかった。

 苦痛に歪む彼の姿は、二度と見たくなかったから。


 しかし───────


「……嘘だ」


「……え?」


「そんな……事……今更……教えないでくれよ……っ」


 目の前の男の主な感情は、怒りでも憎しみでもなかった。


「どうして……どうして悪人のままでいてくれないんだよ……!」


 ───────深い、悲しみ。


「ッ!!」


 来栖悠人は震える足を無理やり動かして……思い切り、その場から逃げ出すように走り出した。


「っ、待って!来栖……っ!」


「あらあらあら、敵前逃亡ですかィ。そんな事してもキミ、ここから駅までの道知らないんじゃ……」


 無駄な行動にしか見えない逃走だったが─────廻は悠人が走り出した『方向』を見て、目を見開いた。

 彼は公園の中を、駅に向かう正しい方向の出口へと向かっていたのだ。


「……なんだよ、駅の方向知ってたのかよ……つまんねェ」


 ──────もちろん、来栖悠人がこの公園から駅への正しいルートを知るはずがない。


(感覚を拡張する。研ぎ澄まして、集中して……この周辺で最も『波動が強い』場所を目指す)


 来栖悠人が目指す高校からの最寄駅は開発が進んでおり、ショッピングモールや図書館、カラオケ等学生達が下校時に楽しむ施設が充実している。


 悠人は駅こそが『人が多い』場所、つまりは『ラブコメの波動が強い』と考え────駆け出した。


 そして、賭けに勝った。


「……あぁ、見えた」


 周囲を囲っていた木々が隠していたのは……走っている方向に佇むショッピングモール。


「……」


 そして、来栖悠人は思考を止めた。

 ただ走り、ただ歩き、ただ電車に乗り、ただ揺られながら風に吹かれながら規定のルートを進む。


 機械のように、『考える』という行為から目を逸らし続けた。












 また──────数秒間立ち尽くしていた少女は再びベンチに腰掛け……声を殺しきれずに、力無く呻いた。


「どうして悪人のままでいてくれないんだ、か……そうだよね、来栖は優しいから……」


 こんな自分の事を許してしまいそうになっていた─────来栖悠人という人間の優しさに惹かれた三年前の感覚を思い出す。


「結局私は……自分が楽になるために謝ろうとしてた。こんな事言わずに……黙ってるべきだったのかな……」


 嫌気が刺すほどの、後悔ばかりの日々。それでも耐えられたのは……もっと苦しんでいるであろう悠人へ償いの意思を見せるため。

 だが彼女はそれすらも台無しにしてしまった。


 後悔の念は─────身を苛み続ける。





 ───────そして、気まずそうに忍足でその場を離れようとしている灰崎廻もまた、自分の行動を悔いていた。


「……思ったよりヤバめな修羅場引き当てちゃったけど……来栖クン怒ってないかなァ……」


 今回のイベントは彼女にとっての非日常ではあったが、それは『人物』による影響だ。普通の人間の男女がこのようにトラブルを起こしていても廻を満足させる『非日常』には届かない。

 来栖悠人─────廻の『能力』では『日常の気配が一切無い』とまで評された彼に起きたトラブルだからこそ、非日常たり得た。


「うぅ、これで来栖クンが退部とかしたら本末転倒なんだけどォ……!」


 悲しそうに、それでも何処か楽しそうに、当人達の事情になど全く興味がなさそうに─────灰崎廻はゆっくりと帰路についた。

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