非常にまずいです
荒川健の正体は、『原作』では目立った出番など無い『モブキャラ』である。
「痩せた姿を初めて見た時はビビったけど……調べたらモブだったし、正直拍子抜けだったな」
スナック菓子を片手に、影山賽理がモニターに映る二人の男を嘲笑する。
「しかしまぁ、無様に『世界に翻弄された』モブだね。一ヵ月で激痩せして、皮も残らず顔も可愛いまま……そんな都合の良い事が起こるかっつーの」
そう────彼もまた、モブでありながらも『原作』の影響を受けている。
「文化祭の『女装シーン』────それを達成するために、世界はこのモブを利用した……」
影山賽理の記憶の中の『原作』にはこのようなシーンがある。
────来栖悠人がメイド衣装を着るという、女装シーンが。
「春たんが女装を勧めた時、『原作』の来栖悠人なら呆れながら断って、最終的には周りに乗せられて女装しちゃって、意外と似合うじゃーんって展開……なんだけど、この世界の来栖は違う」
女性に対して強い憎しみを持つ彼が女装をする事など、あり得なかった。彼の精神状況が狂いでもすれば実現は出来るかもしれないが────世界はそれを実現するより、『代役』を用意する事を選択した。
「それが荒川健……鏡写しの来栖みたいな、世界に歪められた存在。なんだけど、少し気になる。『原作』ではここまでひねくれたキャラじゃなかったよね?もしかしたら……あたし達転生者が関わってたりすんのかな」
影山賽理はモニターを操作し────────『過去』を遡る。
「えーっと、確か小4の頃だったっけ?っていうと今が高1だから…………6年前?で、荒川健で6年前を検索して、と」
彼が、荒川健が変わってしまったきっかけ……父親の逮捕。その瞬間を確かめるために賽理はモニターに張り付き────────
「…………あ」
目撃した。
「…………なるほどね。そう来るか。となると────『アレ』のあの発言の意味は……」
【来栖悠人は誰と接すべきなのか。重要なのはその点だ】
【誰とどの道を歩むのか。道は多く存在するが、もし道を踏み外してしまった場合────その先にあるのは破滅のみ】
灰色の人影。かの存在は、線堂進が『荒川健に気を付けろ』と言った直後に現れ、来栖悠人にその言葉を残した。
「あの人影は何を危惧して来栖に言ったのか。荒川健とかいうただのモブが『物語』にどんな影響を与えるのか……」
再び画面を悠人と健のいる教室に戻し、彼女は一人微笑みながら呟く。
「もしかしたらこのモブ野郎が起こしてくれるかもしれない。この物語の、最大の『崩壊』を……!」
ー - - - - - -
「────正直、どうしよっかなって」
「あれ?意外に前向きに検討してくれてる感じですか」
「うーん、だってお前普通に可愛いしさ。もう傷付かないようにって言い分も分かる」
悪い提案じゃない気がする。と言うか普通に美味い話過ぎるし。
「じゃあ良いじゃないですか。自分は来栖君の事も女の事も嫌いですが、『ゴール』出来るのであれば女みたいな格好して来栖君と一緒だとしても我慢できます」
「ゴール、ね」
「一緒に高校三年間過ごして一緒の大学行って結婚して死ぬまで一緒に過ごす。その相手になろうって言ってるんです。自分もその相手は欲しいですし、来栖君だっていつまでも線堂君と三上さんに頼る訳にはいかないでしょう」
「うん。あいつらが結婚したとして、相手がいない俺は一人になる」
「どうします?自分の同情を受け取りますか?」
「……うーん」
そうだ、これは荒川の同情。そして危惧。
受け取るのが安牌──────なんだけど、何かが引っかかる。
(……分からない。俺は何を迷ってる?)
良い提案のはずなのに、即座に受け入れるべきなのに、俺は何が不満なんだ……?
「ごめん荒川、ちょっと時間が欲しい────────」
「…………え、あの、ここまで言っても分かりませんか」
「へ?」
呆れたような顔で、荒川が吐き捨てる。
「何なんですか?普段から鈍感系主人公が嫌いーとか言ってるくせに」
「え……」
「あぁ、来栖君の場合はまた別かもしれませんね。あなたはどこか、恋愛事態に関して無知と言うか、恐怖と言うか?苦手意識があるんですかね」
「……何が言いたいんだよ」
「────自分じゃなくて、他にいるんじゃないんですか?生涯を共にしたい人が。だから迷ってるんじゃないんですか?」
荒川は相変わらず床に寝そべりながら、頭を掻いたりして適当に言う。
「で、どうなんですか」
「どうって、なぁ」
「はーいーざーきーせーんーぱーい!!灰崎先輩の事を言ってんですよ!!」
「え……」
────灰崎先輩。
確かにあの人と一緒に過ごすのは楽しい。三上や朝見以外にそんな感情を抱いた女性は中々いない。
そして可愛いし、エロい。
「まぁ確かに……」
「確かに、何ですか?」
「確かに生涯を一緒に過ごすパートナーに選ぶんだったら、灰崎先輩も中々────」
「だったらそれが恋なんですよ!!」
立ち上がり、イライラが頂点に達したかのような顔で荒川が俺の肩を掴む。
「愛でも執着でもいいですから、とりあえずそれが『好き』って事なんですよ!そういう事にしていいんです!!」
「え……」
『やぁ、後輩クン』
『奇遇だねェ、一人かい?ワタシも一人でさァ』
『──────よかったら、一緒に食わない?』
絶望的な状況下で、出会ったばかりの俺に手を差し伸べてくれる存在は中々いなかった。
「生涯を共に過ごしたい異性がいるなら、とりあえず付き合ってみればいいんです!!それくらい仲の良い人だったら、恋仲になるのが違うなって感じても友達に戻れますし!!」
「────」
『やっぱ童貞って処女の方が好きなんじゃないの?ワタシはもう、中一の頃に捨てたし』
『来栖クンがイカれてたから、脇っていうワタシの『初めて』をあげられるけど……それ以外は何も残ってないよ。…………お尻の方まで、しちゃってんだぞ?』
『なのにキミは初めてだらけ、でしょ?ワタシに使っちゃって良いのかなァ?もしかしたら、いつか後悔するかもしれない──────』
これほど強く、言葉を否定したいと思った事は無かった。
「友達はいつの間にかなるもので、定義しちゃいけないものではありますが……恋愛に関してはどっちかが一歩を踏み出さなきゃいけないんです!!自分で良いんですか?荒川健で満足していいんですか!?」
「俺は────」
『その悪夢ってヤツさ、能力と関係ある感じ?』
『あるんだね』
『言った方が楽になれると思うけどなァー』
『何でもいいけどさ、寝不足で色々ダメんなってって死んじゃったりしたら元も子もないよ』
何気ない優しさに、重みを感じた。それを失いたくないと……。
「誰かに取られる前に、取りたい人がいるんじゃないんですか!?誰かで妥協する前に、挑戦してみたい愛があるんじゃないんですか!?それくらい勝手に分かれよ馬鹿!!あーうざ、なんで自分がこんなキレなきゃいけないんですか……」
「────俺は……」
疑問形で言おうとした。
────でも、やめた。きっとそれは、自分の中で決まっている答えを確認したいだけだから。
今、荒川に教えてもらった感情を……俺は言い切る形で声に出したい。
「────俺は、灰崎先輩が……好き」




