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乱数を越えたその先に最適解があります

「え、何お前。俺の事好きなの?」


「は?」


 心の底からの嫌悪感を表情に滲み出させた荒川。愛らしい顔が苦いものでも食べたかのように歪む。


「なわけないじゃないですか。むしろ『嫌い』寄りですよ」


「あぁ、嫌いなの」


「当たり前です。女にチヤホヤされて、なのに誰とも付き合わず陰キャムーブ……癪なんですよ。藍木君とかも実はそう思ってるんじゃないですか?河邑君も桜塚君だって────いや、桜塚君は来栖君の事を結構気に入ってそうでしたね」


「じゃあ何で?告白の理由は」


「だから、来栖君の周りで起きているラブコメを終わらせるためですよ。ここで自分と『ゴール』してしまえば、今行われているヒロインレースは無意味に……消し飛びます。素晴らしいと思いませんか?油断している女共に一矢報いる事が!出来るんですよ!!」


「……」


『さっきの言葉を訂正しよう、悠人。荒川健を選んだ方が良いかもしれない。このクソッタレなメス共に一泡吹かせられるなら……』


「同じ事を言うんだな」


「はい?」


「進も言っていたんだ。荒川を選べばクソッタレなメス共に一泡吹かせられるってな」


「ははは、脚色強すぎでしょう」


「過剰表現じゃないぞ、本当にこう言ってた」


「…………意外ですね、それは」


「────で、だ」


 進の動機は分かる。俺の安寧は灰崎先輩達と一緒にいる事で侵されてしまうのではないかと危惧したから、あんな言葉が出たんだ。


「お前がそう思う理由はなんだ?進はともかく、どうして荒川が……」


「────来栖君は、怖くないんですか?」


「……怖い?」


 真っすぐな視線が俺を貫く。


 それにどんな意思が込められているかは、まだ分からない。


「来栖君、自分らは────虐げられてここまで生きてきました」


「……うん」


「奇跡とも言えますよね。自ら死を選んでもおかしくない。そこまで行かなくても、不登校になったり引きこもりになったり……人間を恐れたりして、社会から外れた存在になってしまうかもしれなかった」


「そうだね」


「はい────奇跡の上で、自分らは成り立ってるんです」


「……」


「怖くないですか?」


「だから、何がだよ」


「────()()()()()()()()()()()()()()()()()んですよ」


 迫力があった。


 俺に有無を言わせない、圧が────。


「奇跡的に耐えて、奇跡的に我慢出来て、奇跡的にここまで生きてきました。でも……『次』は?」


「次、か」


「次も奇跡を起こせる保障なんてどこにもない。もしまた────来栖君が好意を抱いた人に騙されるなんて事があったら」


「……」


「そんな事は起こらない、なんて言えませんよね」


 ────言えない。


 言えるものか。いつだって疑念と戦っている。心の底の恐怖を知らないフリをして日々を生きている。


 最近になってようやく、家族と幼馴染以外を信じる事が出来るかもしれなくなってきた……それくらいだ。


「だから傷付く前に、『妥協』をしましょう」


「妥協?」


「要するに……自分を選んで、さっさとゴールしときませんかって話です。ラブコメを楽しむより身の安全を優先しましょう。悪い話じゃないでしょう?自分、結構見た目良いですし」


 ふざけたようにピースをして笑う荒川は、確かに美少女にしか見えなかった。


「……お前の『提案』の内容は理解したよ」


「なら良かったです」


「だから次は────────お前自身の事を教えてくれ」


「……自分の、ですか」


「荒川健という男が何を思って、何のためにそんな提案したのか。そんで、お前の彼女の事も……分からないままじゃ、流石にモヤモヤするよ」


「過去を知れば提案を受け入れると言いたいんですか?」


「いや、お前の事を知る事でようやく『受け入れるかどうか』のスタートラインに立てる。俺の過去については進がペラペラと喋ったみたいだからお前も知ってるだろうけど……荒川の事は、俺は何も知らない」


「一理ありますね。相手の事を知らずに付き合い付き合わないの判断をするのは難しいでしょう」


 そう言った荒川は右足を上げて────────


「なっ……!?」


 ────足元の女子の頭部を踏みつけた。


「自分の事を語るとなると、少し長くなるので。先に訂正させてもらいますが、この女は自分の彼女というわけではありません。そのフリをさせているだけです」


「……」


「彼女持ち────ってだけで、人間としての格が上がりますから。高校生活を送っていく中で有利だと判断したんですよ。自分からこいつへの好意はゼロです」


「……」


「ほら、行けよ。教室に人が入ってこないように見張ってろ」


 立ち上がった荒川が数回、『椅子』に蹴りを入れる。


 何も言わず、彼女は去っていった。俯いて、表情を見せないまま教室の戸を閉めた。


「顔が青いですね」


「っ……」


「────思い出させてしまいましたか。来栖君も同じように暴力を受けて、人としての尊厳を無視されたんでしょう?」


「……かもな」


「抱え込んで生きるのは苦しいでしょう?発散すれば楽になれますよ」


「そんなの、出来るもんならやってやりたい。でも実際に俺を……い、虐めた奴らにしかする気は起きない。でもアイツらはもう……遠くに行ってしまった。恐らく進が何かをしたんだろうけど、もし俺がアイツらを使って憎しみの発散をしたいだなんて進が知ったら────」


 次こそ何をするか分からない────いや、分かるけど……考えたくない。


「なるほど。来栖君には常に味方がいた……この点は自分との違いですね」


 荒川は俺に背を向け、端に寄せた机の上に手を置いて……その上に飛び乗った。


「ここは……あなたの椅子より座り心地は悪い。そして────────あなたの椅子より、『高い』。自分と来栖君の関係って、まさにこんな感じですよね」


「分かりやすく言え厨二病」


「やっぱ嫌いです、あなたが」


 脚を組み、ぷらぷらと遊ばせながら荒川が頭部のホワイトブリムの位置を直す。


 女子みたいな仕草だった。とりあえず今はそんな感想しか頭に浮かばなかった。


「さて、何から話しましょうか────────」

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