合体するタイプのボスだったんですか!
『こんな時間にこんな場所へ来るなんてキミはやはり物好きだね』
『さァ、今日は何用かな?色々取り揃えているよ』
【●●●●。────────────だ。】
『良い目の付け所だね。その調子でモノの価値を判断出来る目を育てていきなよ』
【ド●●●●●●●●。────────────だ。】
『本日限定の品。手に入れるのに苦労したんだよ?』
【●●の●●。────だが────────だろうか?】
『ほう、それに目を付けるとは……いや、何でも?キミの思うがまま、ゆっくりと見ていって』
【────────すか?】
『では、これで。』
『毎度あり。さて、今日もここでゆっくりしていくかい?』
『今日はどんな話をしてくれるんですか?』
『嫌だな、受け身ばかりの男は嫌われてしまうよ。たまにはキミの話も聞かせて』
【話……か。何を話せば良いのだろうか。】
『そうですね、ならさっきの俺のクラスでの出
来事でも 話しまショ うか』
【●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●】
『●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●』
『●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●』
『ははは、それはまた────』
『とっても面白い日常だね』
ー ー ー ー ー ー ー
覚める。
その感覚が、何故だか分かった。
「……」
「おー、おはよ」
「……今、は…………」
「ちょうど一日目が終わったところかな。ホームルームとかも終わったんじゃない?ワタシと来栖クンはこうしてオカ研の教室でおさぼりしちゃってたけど」
オカ研の教室の様子を見に行こうという話になって、それで……二人で展示した非日常アイテムを見て、少し位置がずれたりしてたから客は来はしたんだなってなって、話して、座って、それで……あぁ、そこで寝ちゃったのか。
隣に座る灰崎先輩が、微妙に崩れた俺の髪を勝手に整えながら言う。
「その悪夢ってヤツさ、能力と関係ある感じ?」
「どうでしょう」
「あるんだね」
「……」
「言った方が楽になれると思うけどなァー」
「どうでしょう」
「何でもいいけどさ、寝不足で色々ダメんなってって死んじゃったりしたら元も子もないよ」
「進にも言ってない事なんです」
「じゃあワタシに言えるわけもねェか、ってなっちゃうのが悲しいね。あの子は何て言ってるの?キミの不調には気付いてるはずでしょ」
「気付いていないフリをしてくれています」
「……つくづく歪な関係性だねェ。キミ達が単なる仲良し二人組じゃないってのが分かるまでかなり時間かかったなァ」
呆れたような言い方の、揺らぐ目線。柄にも無くこの人が言葉を選んでいるように見えた。
心配させるのが申し訳ないと感じる。この人は俺の親でも何でもないのに、そう感じる。
「とりあえずさ、今日はもう帰ろうや。早く帰って、寝れないのなら通話でも付き合うからさ────」
「いえ、すみません。用事があるんです」
「うぇ」
「なので先帰っててください」
「来栖クンにそれ言われてワタシが帰ったの、マジで数回ぐらいしかないでしょ」
「……分かりましたよ。出来るだけすぐ終わらせます────────クラスの奴に呼ばれましてね。多分、何かしらトラブルでもあったんでしょう」
重い身体で無理矢理立ち上がる。
────重い精神も、無理矢理連れていく。
「では、また」
「ン」
戸を閉め、ポケットの中の紙切れを触る。
「……行くか」
廊下を歩きながら教室を覗いてみるけど、もう生徒はほとんどいなかった。少人数で装飾を直していたり、カップルがイチャついてたり、そんなのがほんの数クラスあるくらい。
あれだけ盛況していたはずの廊下も、今は俺一人だ。俺一人が教室へ向かって、歩いている。
「……」
────紙切れに波動は感じない。
だから、そう。荒川が、俺に────なんてことはあり得ないはずだ。
「クソが」
『そういう』思考が自分の中に生まれてしまう、その事実が気持ち悪い。
『きっと─────自分に出来た初めての『友達』が来栖君達なんです』
あの言葉を一瞬でも裏切りたくない。俺だって、進と三上以外にこんなに仲良く出来る友達を作れるなんて思いもしなかった。だから────────
(じゃあ、なんで俺を呼んだんだ?)
────だから、だからこそ謎だった。
俺を呼ぶ理由。俺に何をしてほしいのか。俺に何をするつもりなのか。
そもそも呼んだのは俺だけなのか。教室にいるのは俺と荒川だけなのか。
もし他に誰かいるとしたらそれは誰なのか。藍木、河邑、桜塚……この五人で何かをしたいのか。
「……すぅ」
深呼吸をする。
「はぁ」
教室の扉は目の前にある。1年7組の、光の消えたライトが飾り付けられた引き戸。
部室から階段まで歩いて、下りて、この教室まで歩く────この距離はあまりにも短かった。俺がいつも昼休みと放課後に通っているルートだというのも理由の一つだ。見慣れた景色は、歩む事自体が当たり前になっているせいで距離を実感しにくい。
「……頼むぞ」
────今日、文化祭が始まった時。何かが始まりそうな予感がした。
その予感の正体が、この教室の先には無い事を祈って。
下らない、しょうもないドッキリとか悪ふざけがこの先に有る事を祈って。
俺は教室に入り────────────
「────────」
……その淡い希望と、口にする言葉を同時に失った。
「待ってましたよ、来栖君。どれくらい待ってたかって言うと、一万年と二千年くらい」
「……」
「さ、座ってください。座り心地の悪い方の椅子は自分が座ってあげてるんで、来栖君は普通の椅子にどうぞ」
教室には、中心部に椅子が用意されていた。わざわざ机と他の椅子を端に寄せてまで、荒川は真ん中で俺と座りたいようだった。
座れと言われた、空席。普通の椅子だ。学校の椅子と言ったら、これしかない。
────問題はメイド服姿のままの荒川が『座っているモノ』だ。
それは椅子の形をしていない。座り心地の悪いと言っていたが、まさしくそうだろう。それは座るために作られたものじゃないんだから。
「何、してんだよ」
「何って、何も?」
「……おい」
「あぁもう、分かりましたよ。自分だってね、サイコパス気取りたい訳じゃなくて、ただ来栖君を驚かせたかっただけです。ってか、見れば分かるじゃないですか。座ってるんですよ」
「────────自分の彼女に、か?」
「ははは、そうですそうです」
香澄。荒川がそう呼んでいる、荒川の彼女。クラスは覚えていないが、同学年の女子だ。
「……」
彼女がうずくまっているんだ。教室の真ん中で、他にも椅子なんてあるはずなのに、うずくまって────荒川の椅子の代わりを担っている。
「一つ良い?」
「何です?」
「まるで訳が分からないけどさ────ドッキリとかでも無いんだろ?」
「……もちろん」
「……良いよ、要件を話せよ」
俺は堂々と椅子に座り、荒川と向き合う。
……『椅子』は微動だにせず、ただ役割を果たそうとしている。
「単刀直入に言いましょう。自分は来栖君に『提案』があります」
そこで、荒川の表情が変わった。
────冗談を言う時の笑みから、もっと妖しげで……『悪意』に満ちたような笑顔に変わった。
「来栖君。自分と付き合ってくれませんか?もちろん『交際』の意味合いで、ですよ。そして────────」
そう、だから俺は少しだけ安心して、次の言葉を待った。
……荒川健という男の、本心を聞けるような気がしたから。
「────来栖悠人を中心に巻き起こる、気持ちの悪いラブコメを終わりにしてやりませんか?」




