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隠しアイテムでしょうか?

「来栖クンさ」


「はい?」


「最近寝不足だよな」


 文化祭一日目の午後────俺と灰崎先輩は二人並んで、とりあえず二階をぐるぐると徘徊していた。


「まぁ、そうですが」


「だからワタシに『あんなご褒美』頼んだの?」


「……確かにそういう用途もありますが、実際に直接するという状況下で寝れるのかと言うと不明ですし、俺の場合は波動があるので寝る事が出来たとしても安眠ではないでしょう」


「急な早口やめてねェ」


 回ってはいる、回ってはいるが────何故か俺も灰崎先輩も、何処かで遊んじゃおうという気にならない。


『ここ入ってみる?』『いや……なんか、違いますね』とか『こことかどうですかね』『つまんねェでしょ絶対』の繰り返し。


「……」


「……」


 顔を見合わせて、苦笑い。メイド服を着たままの灰崎先輩は、流石に恥ずかしかったのか頭部の三角のやつをしまい、ため息まじりに上を指さした。


「とりあえず二階は置いといて、キミのクラス行っとくかィ」


「……ですね、そうしましょう」


 ────どうしてだろうか。


 藍木達といた時は、正直言って……興奮していた。初めて挑む文化祭という高校生らしすぎるイベントに対し、ノリの合う陰キャ達と一緒に色々な所を回るのは楽しかった。


 なのに、今は────今になって、眠気が再び襲ってくる。


「眠そーだねェ、マジで」


「最近、眠れなくて」


「なんで?シコってたら何時間も経ってたりした?」


「そういう時もありますが、違いますね」


「じゃあなんでだよ」


「────夢、が」


「夢?」


 眠気のせいだろうか。


 誰にも言っていなかったはずの、抱え込んでいくはずの、俺だけに見えるあの地獄の事が、唇から零れていく。


「……悪夢を見るんです。とんでもない悪夢を」


「……どんな?」


「俺の身の回りの人間の姿をした、中身の違う……何かが……」


「……」


「そう────もう少しで灰崎先輩にも会えそうだったんですが」


 最近の『悪夢』の頻度は度を越している。多分、悪夢を見ずにいられた睡眠の方が少ないくらいだ。


 やがて俺は……睡眠自体を拒むようになってしまった。俺一人しかいない部屋の中で、暗闇の中で悪夢を待つのが嫌になって、だから明かりを付けたままエナジードリンクを飲んで、見ないつもりだったアニメも見て、なんとか……夜を凌ぐ。


 学校なら誰かが起こしてくれる。先生が叱ってくれる。だから眠ってしまってもまだマシだった。そんな思考が、さらに俺をベッドの上から遠ざける。


「んじゃ、コレは目覚ましにピッタリかもね」


「?」


「ほら、着いたよ」


 ……いつの間に階段を上っていたのだろうか。


 目の前にあったのは────眩しく輝く1年7組の教室だった。


「ゲーミングメイド喫茶、いざ行こうじゃねェか」


「……改めて見ると遠慮が無い眩しさですね」


 灰崎先輩についていくように入口の前に立つと、「お帰りなさいませ」まで言いかけた西澤がギョッとしたような表情を見せる。


「ちょっ、皆っ、来栖と灰崎先輩来た……」


「なんだねその顔はァ。こっちは客やぞ」


「い、いえ……ははは」


 なんでここまでぎこちない笑顔なんだろうと思ったけど、そうか。コイツら俺が灰崎先輩の腋舐めてた所見てたんだっけ。そりゃ俺と先輩がセットで来たら気まずくもなる、か────。


「結局進のせいじゃん。って、あれ?進はいないのか。シフトじゃなかったっけ」


「あぁ、線堂なら『ナンパしてくる』とか言ってどっか行ったけど」


「絶対嘘だろそれ」


「でもさ、準備期間で一番頑張ってたの線堂だし、止める訳にも行かなくない?……あ!そう言えば来栖、客として来たんでしょ?ほら、先輩も一緒に座ってください」


「わーお、机までキラッキラだねェ」


 まさしく、隙が無い。メイド服から机に椅子、壁や黒板……あらゆる箇所がゲーミング。そして片づけはめちゃくちゃだるい。


 案内された席に座り、注文票を見ようとした俺達は────どうしても視線を吸われてしまう別の席の方を向いていた。


「えー……美味しくなーれ」


「「「うぉおおおおおおおおお!!!」」」


 男子数人のグループが、『ゲーミングオムライス』……カップ1個分の小さなオムライスに七色のチョコソースをかけた最悪のメニューを前に熱狂していた。恐らく悪ノリで注文したんだろうけど、やっぱり……『メイドさんが愛を込めてくれます』というオプションが付いているのも魅力の一つか。


「は、はは……どうぞ召し上がれ」


 そしてそれを担当をしているのが他でもない、荒川健だった。


「はぁ…………あ、来栖君……に灰崎先輩じゃないですか」


「朝のお前の言葉をそのまま返すよ。酷い顔だな」


「そりゃそうですよ。女子ばっかで息苦しいし、陽キャの大声は怖いし……明日は丸々休みに出来るからって、今日の午前午後どっちもなんて馬鹿げたシフト、組むんじゃありませんでした」


 そう、だから俺は『1日目のみ男の娘メイド出現!?』みたいな感じでポスターに書いちゃったんだけど、結構効果的だったみたいだ。


 げんなりした顔で、荒川は「注文は?」と言いながら俺の隣に座った。


「おい接客態度終わってるぞ」


「ちょっとくらい休ませてくださいよ」


「ン、何このカラフルなオムライス!こんな色のケチャップとかあるんだねェ~」


「いや普通にチョコソースです」


「呪物かな?」


「ではゲーミングオムライス2つでよろしいでしょうか?」


「なんで俺までそれ食う事になってんだよ」


「うん、それでお願いしまァす」


「なんで俺までそれ食う事になってんですか!」


「眠気覚ましには丁度良いだろうが!!」


 至近距離で叫ばれた影響で眠気どころか聴覚まで吹っ飛んでしまったのかと思ったが、しばらくすると回復すると同時に…………今回のメインターゲットがやってきた。


「お待たせしました、ゲーミングオムライス2つになります」


「…………」


「おほー!すげェ見た目!」


 試食した高橋は、確かこう言っていた。


『マ●クがポテトにチョコソースかけた時は狂っちまったのかと思いましたが、俺達はまだ真の狂気というものを知らなかったんですね』


「はい、萌え萌えキュンと。では召し上がれー」


「いただきまァす!」


 荒川によって適当な愛を込められた小さなオムライス。


「……いただきます」


 俺は覚悟を決めてスプーンを手に取り────────


「……?」


 ────────そこで、気付いた。


 カップの下に、紙切れが敷いてあったのだ。


 カップを手に持って食べている灰崎先輩の方には無い。俺にだけ、折りたたまれた紙切れが渡されている。


『一体誰が?』


 ……分かり切っているようで何も分かっていない問。それを確認するべく、俺は紙切れを開き────────


『放課後、この教室に来てください 荒川健』


「……」


「どしたの?ビビってんのかァ?早く食えって!」


「あぁ、まぁ、はい」


「意外といけるよ?これ。チョコの甘さとケチャップの甘さが絶妙に────ゔぉえ、ヤバ、これ後から来るタイプ……」


「……」


 紙をポケットにしまい、俺はオムライスを頬張った。


 ────────動揺のせいで味は何も分からなかった。と言いたい所だったけど、普通にそれを貫通するくらい不味過ぎて吐きかけた。

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