結局、デバフが一番強いんですよ
何気なく、また────走っている途中だった。
『じゃ、また午後に合流しようや』
『はい……あ、灰崎先輩』
『ン?』
『オカ研の教室の様子、先輩がチラッと見とくって話でしたけど』
『……』
『忘れてたんですね、了解です』
『そもそもさァ!シフト入ってねェ来栖クンが担当すべきタスクなんじゃないですかね???』
『やるって言ったのはあんたじゃないですか』
何気なく、話している様子を見た。
『げっ、頼藤世月……』
『む、貴様……詩郎園七華か。どうだ、文化祭は楽しめているか?』
『年に一回のイベントをこんなメイド喫茶祭とかいう破廉恥なモノにしてしまったあなたからすれば楽しくて仕方が無いのでしょうけどね…………なのですが、その、はい。正直楽しめています』
『なら結構!我が校の生徒の笑顔こそが、この頼藤世月が生徒会長として大切にしている二番目のモノだ』
『ちなみに一番は』
『内申点、そして会長を務めたという事実』
『終わってますわね…………いえ、内申点が欲しいのなら詩郎園家が融通を効かせます。これで今度こそ来栖悠人を────』
『くれるのか!?内申点を!?』
『────いえ、あなたを従えたところで彼に多少不快感を与えるだけですね……この話は無かったという事で』
『な、内申点……』
衝動で、ただ強者と戦いたいという衝動で動いていたはずの彼は、そこで思考した。
────この光景は、守るべきモノなのではないか、と。
その思いで、考えが変わったところで自分に何が出来るのか。
思考する必要は無かった。
彼は────詩郎園豪火は衝動で動いている。もう既に、再び走り出しているのだから……止まる理由などありはしない。
ー ー ー ー ー ー ー
「すまねぇな……本当に」
心の底からの罪悪感は表情に浮き彫りになっていた。誰が見ても声を聴かなくとも謝っているようにしか見えない今の詩郎園豪火の姿は、ついさっきまで攻防を繰り広げていた線堂進と夜房小窓の意見を一致させた。
『らしくない』────そう感じた。
「詳しく説明しても分かんねぇだろうがな……オレの超能力みてぇなもんのせいなんだよ。今、線堂もそこの女子も────戦う気が起きないだろ?」
「「!」」
掌を見つめながら、進は『戦う気が起きない』というフレーズを噛み締める。
「いやぁ……だからオレもずっと!ずっと使ってこなかったんだよ!」
(そうだ……力が抜けるとか、そういうのじゃない。単純に『気力』が一気に失われたんだ。俺の脳内から、戦おうという発想がまるごと失われた。それに伴って身体は自然と……戦闘態勢から正反対の、脱力した状態になった)
思考を連続させ、豪火の『応用』が何なのか────それを紐解く。
「嘘じゃねえぞ!?本当だって、オレはオレの身体で勝ちてぇんだ!こんな卑怯な力……ししょ……じゃね、同じ力を持ってる奴らにしか使えねぇ」
(こいつの能力は『バトルモノの波動を嗅ぐ』だったか。その応用で俺とこの女から戦意を消した……いや、違う!俺達は『バトルモノの波動』を消されたんだ!俺が悠人にまとわりつく『BLの波動』を破壊したように、こいつもまた……俺と同じように波動を破壊出来る……!?)
だが違和感はあった。
『嗅ぐ』能力が何故、『破壊』に繋がるのだろうか。『触れる』のなら『壊せる』、なら『嗅げる』のなら────何が出来る?
(────まさか……いや、そんなはずは……!もし、もしそうなら、こいつは…………あまりにも強すぎる)
自分の脳内で出来上がってしまった仮説。必死にそれを否定すべく、進は豪火をもう一度睨むが────
(…………あれは)
視界に入ったのは、豪火が破壊し、投げ捨てられた引き戸。
────その引き戸の指を引っかける部分が、粉々に粉砕されていたのだ。
まるで鍵がかかっていると思わずに開けようとして、その勢いで『ついうっかり』粉砕してしまったかのように。
「……きっと、私たちが考えている事は同じ」
進の耳元で囁く声。小窓の諦め気味なその表情に、進もまた呆れたようにため息を吐いた。
「『嗅げる』のならつまり────『吸い込める』、ってか」
「……恐らく、それが詩郎園豪火の、能力の応用」
圧倒的強者の前で、今この場で最も敵に回してはいけない者が誰かを悟った二人は小声で呟く。
「────でも!特別な事情があってオレは使っちまった!それが何だか分かるか、線堂ッ!」
「あ?」
「この文化祭を守るためだッ!」
「……」
一瞬、また呆れたように適当な言葉を返そうとしたが────豪火の後ろから、複数人の生徒達がこちらを覗いているのが見えた。
大事になりかねないかもしれない、そして────────この場所で、ここにあった楽器で、何かをしようとしていた生徒達かもしれない。
「どういう事かと言うとだなぁ!」
「いや、分かった。今回は全面的に俺が悪かったな」
「へ?まだ何も言ってねぇぞ」
「いや────」
立ち上がり、刀を抱きながら座る小窓を一瞥し、進は言った。
「お前はお前で悠人や妹やら、そいつらのために行動した。そうだろ先輩」
「そうだけどよ」
「────味方で良かったよ、詩郎園豪火という男が」
「え?いや、俺と線堂はライバルだろ!?」
「は?」
音楽準備室から出た後に振り返り、豪火────そして小窓に向けて視線を通し、彼は微笑んだ。
「勘違いしてるな。お前の妙な力があろうと、俺とお前じゃライバルと言えるくらい実力が拮抗してない。『気力』が無かろうとお前を負かす方法なんざいくらでもある」
「え、そうなのか!?流石に線堂と言えどそれは……」
「じゃ、ぶっ壊した楽器とかの後始末は詩郎園家に任せたぞ」
「へ?」
豪火や小窓はもちろん、遠くから見つめていた生徒達や本来の壊れ方とは全く異なる理不尽な経緯で破壊されてしまった楽器達────それらに対して一切の罪悪感も抱かないのが線堂進という男だった。
否、普段であれば罪の意識は感じたはずだ。基本的には正義であろうとするのが線堂進の心情である。
────だが、それは『来栖悠人の前では正義でいたい』という願いから生まれたルール。
「もう少し……悠人の傍にいる時間を増やした方が良いかもしれないな」
彼のために行動を起こし、夜房小窓という危険分子に対して牽制する事が出来た今。進はただ、『正しい事をした』としか思っていなかったのだ。
「……へぇ。どの線堂進とも、違う性格なんだ」
彼女が何を確かめたかったのかなど、今はまだ────進の中では優先すべき事項ではなかったのだ。




