これ何フレですか?
(……殺してはいけない。殺せないだろうけど)
夜房小窓は線堂進と向かい合い、刀を構えたまま静寂にして不動を貫く。
振り上げられた彼の拳を睨みながら。
(……そして、死んではいけない。私は生き残るために生きている)
逡巡の後、小窓は進の拳に向けて刀を振る。
「─────なるほど、お飾りではないようだが」
「……!」
小窓に突き出した拳のもう片方……進のその手には近くに置かれていたドラムスティックが握られている。
「試すのは俺の方だ。お前の勇気を見てやるッ!」
そして進は─────持ったドラムスティックを思いっ切り、小窓の刀を迎え撃つように振り上げたのだ。
木製の細い棒と、鈍い光を放つ鉄の刃。ぶつかり合えばドラムスティックは一瞬にして真っ二つに切断される事は明白であり、防御手段としては頼りない。
そして案の定、ドラムスティックは破壊されたのだが───────
「……ククク」
その壊れ方を見て、線堂進は確信の笑みを浮かべた。
「見ろ、このスティックは見事に破壊された訳だが……」
「……」
「切れたのではなく、折れた。お前はこんな細い棒も綺麗に切れなかったわけだ……刃が通る最初の部分でさえ切り傷になっていない」
ドラムスティックはメキメキと音を立てて折れ、ほぼ真っ二つになりながらもほんの少しの繊維だけを残してブラブラと揺れていた。
「つまりお前の刀はナマクラ!模造刀とかだろ?……ククク、それか逆刃刀だな。最も、お前に不殺の誓いみたいな大層な意思があるとは思えないが」
「……もしそうじゃなかったら、勢いを殺せずあなたまで斬れていたかもしれないのに、どうして─────」
「そんなわけがないだろ。……意外と分かるものだぞ?今から人を殺そうとしてる奴の目と、そうじゃない奴の目は」
図星だった。
夜房小窓の目的は『戦いを通して線堂進を探る』事だったが、彼女が圧倒的な力を持つ進と戦えると判断したのは、刀を持つ事で相手に『死ぬかもしれない』という緊迫感を与えられるからだった。
たった今、小窓はそのアドバンテージを失ったのだ。
(……ここから先は確率になる。最悪一瞬で負ける戦い─────)
何よりも、『生存する』事を重視する彼女は……それでも躊躇いなく刀を握る。
(……確認したい。線堂進が────『来栖悠人の敵』に成りえるのかを……!)
生きるために死地へ向かう。一瞬一瞬を生き延びるのではなく、出来るだけ長く未来を過ごすために死を躱す。
相手は男子高校生という肩書の怪物。一足一刀の間合いなど存在せず、この狭い教室に二人でいる事自体が互いの切っ先三寸。
「……」
「……」
刹那の連続が永遠に過ぎ去っていく中、睨み合う二人に静寂は別れを告げる。
「「ッ!!」」
同時に動き出した二人。
「死ねッ!」
進が選択したのは、周囲の楽器と自身の肉体を考慮しない、脚による範囲攻撃。その回し蹴りのような何かが横から接近する中、小窓はそれを跳躍によって回避。
(攻撃するように見せかけて、いつでも回避出来る姿勢を取っていたか。だが────)
「消極的だな。戦意が無ければ勝利は得られないぞ、女ッ!」
「!」
進は振り切った右足を────再び同じ方向に身体ごと回転させ、強引に二回目の回し蹴りを行う。
宙に浮き、無防備に見える小窓だが────────
「……格ゲーとか、下手そう」
「あ?」
一瞬。
ほんの一瞬……ただその瞬間に、進の足が自身に当たる瞬間に全神経を集中させたのだ。
そして────刀身を、攻撃に押し当てる。
「ッ!!??」
爆発────進はそのようにしか捉えられなかった。
脚部が刀に当たったその刹那、まるで磁力のようなモノが働いたかのように『反発』が起きたのだ。
(しかも……痛い。俺は今、間違いなく攻撃を受けた!だが何だ?今の力は……あの刀はただのナマクラじゃないのか?それともこの女が何かを────)
「……焦り、バレバレ」
「っ!」
刺突。
例えその刀が切れ味の無い、何も切れない刀だったとしても。先端の尖った鉄の塊を勢いよく刺されれば、少なくとも人体は無事では済まない。
両手で刀を強く握り、夜房小窓は線堂進に向けて鋭い突きを繰り出したのだ。
…………が、線堂進は線堂進だった。
(刺突。突進。どう防ぐ?刀身を握って刀を奪うか。それか刀を引っ張ってこいつの身体を引き寄せ、腹にぶち込むか。一撃のダメージが大きいのは他の部位だが、今後の事も考えると傷が目立たない場所を攻撃しなければいけない……無力化が目的なら締めても良い。でも俺締め方知らないな。ってかこの勢いで迫って来てるんだからナマクラでも握ったら絶対ケガするな。手を怪我するのはまずい……どう隠しても目立つ。悠人に心配をかけるわけにはいかないからな……)
この戦いは格闘ゲームでもなく、ましてや剣道でもない。
(まぁつまり……こうするしかない)
────ルール無用の、線堂進の戦いだ。
「雑魚がッ!!!」
「……!?」
線堂進が選択したのは────三度目の回し蹴り。
夜房小窓の高速の突きが到達する前に、さらに速く回転し……右足のつま先を刀身に直撃させる。
当然、真っすぐ向かっていた刀の軌道はズレる上に────それを握っていた小窓もバランスを崩す。
「コンボ繋がってねえぞ、下手クソがッ!やっぱ悠人の言う通り女はゲームが下手だなぁああああ!!」
すかさず進は拳を振り上げて追撃。勢いよく突き進む右ストレートだが……小窓の対応は間に合ってしまった。
「……パナす事しかできない下手はっ、そっち……!」
彼女は再び刀を構え……進のパンチを受け止める。先ほどと同じように彼の拳は反発し、右腕だけが後方へと勢い良く飛ばされるほどのダメージを進は受けてしまった。
────が、彼は止まらない。
「黙れッ!俺はスマブ●ならVIP行けるくらいの実力はあるんだよッ!」
「……なっ!?」
二発目。
進は一発目の右拳は『反発』される前提で、左拳を既に振り抜こうとしていたのだ。
「スマ●ラは格ゲーとは言わな────」
「それは『プロゲーマーと陰キャしか言わない』言葉だって悠人が言ってたぞッ!!」
一撃────されど、何よりも大きな重撃。
「……がはっ」
小窓は身体を捻り最低限の回避はしようとしたが、命中は避けられなかった。肋骨の下、脇腹の辺りに強烈な衝撃が走り、襲い来る『痛み』と『苦しみ』に……彼女は一瞬にして自分が不利状況に追い込まれたのを悟った。
(……死ぬ?いや、まだ……死なない)
ふらふらと立ち上がり、彼女は再び刀を拾おうとして────今の攻撃を受けても尚、自分が刀を離していなかったのに気付き、引き攣った笑みを浮かべた。
「まだやるか?無駄だぞ……スマブ●に参戦した格ゲーキャラが暴れる事があっても、ゲーム性で戦えば格ゲーに勝ち目はない」
「……いつまで言ってるの、ただの例え話を」
「────そうやって論点をずらして会話を優位に進めようとするのが、女がクソたる所以なんだよ……ッ!!」
「……それくらい男もやるでしょうが、というかそれの常習犯の論破王は男じゃない……!」
戦いが始まった時のように、両者は同時に動く。拳を構え、刀を構え、そして────
────────直後、両者とも動きを止めた。
「っ!?何だッ、これは……!?」
線堂進は、突如訪れた『全身の力が抜けるような感覚』に抗えず、攻撃を中断するどころかその場にへたり込んでしまう。
(まずい、このままじゃこの女に────)
進が顔を上げた瞬間、目の前でゴトンと鈍い音が響き……彼は床に落下したモノが刀だと遅れて認識した。
「…………力が、入らない……」
「……お前の仕業じゃないのか?なら、一体だれが────」
「……『能力』」
「!」
「……こんな力、それ以外にあり得ないでしょ」
「だとしたらこれは『応用』か。俺の『波動の破壊』と同じような……」
「……そして、消去法で絞ると……結論は一人になる」
小窓が見つめている一点。それに釣られて進も視線を移動させ────この音楽準備室の引き戸の方向に首を曲げた。
ガタガタと揺れる引き戸。鍵がかかっているのに気付いていないのか、開けようとしている人物は諦めようとしない。
「……この乱暴さ」
「それとこの低能さ……なるほど、確かに────奴なら嗅ぎつけてくるか」
「────オラァッ!!」
バギッ!と明らかに鳴ってはいけない音が引き戸から響き、レーンから外れてしまった戸は教室の片隅にぽいっと投げ捨てられる。
丸太のように太い、その腕によって。
「何の用だ────筋肉ダルマめ」
「悪いな、喧嘩の邪魔しちまって。しかもこんな……『卑怯』な力でよ」
乱入と同時に凄惨な戦いを強制的に中断させたのは、誰よりも戦いを好むはずの男────詩郎園豪火だった。




