別ゲーフェーズです、耐えましょう
あぁ、懐かしき中学一年生の在りし日。
『知ってる?』
『え?』
『中学校って宿題多いけどさ、高校ではそんな多くないらしいよ!』
『へぇ、そうなんだ』
朝見星と帰っていた、あの日。
─────陰キャすぎて女心の『お』の一角目の横棒も無い俺は、奴と何を話していたんだっけか。
『英語の小テストだけさ、どうしても80点から伸びなくて……』
『なるほどね。……俺大体40点だからよく分かんない』
『……馬鹿すぎる事はないけど、来栖って普通に悪い点数取るよね。勉強してないの?』
『めんどくさいし……』
勉強の話でした。何故か?それが趣味も嗜好も合わない俺達の共通の話題、学生の本分だったからだ。
『うわぁ、美味しそうなコロッケ……』
『……好きなの?』
『特別好きってわけじゃないけどさ、憧れない?学校帰りの買い食い!』
『まぁ、確かに。と言っても中学生じゃ登下校の時の財布の持ち歩きはダメって言われてるし……』
『うん、だから─────高校生になったらしようよ、絶対!一緒に!』
今思えば、会話内容はとんでもなくつまらなかった。学校を休んだ日に惰性で見ていた昼のニュース番組くらいどうでも良かった。というよりは俺に会話を続ける才能が無さすぎて話題が途切れ途切れになってしまっていた。
でも何故か──────とんでもなく充実していた時間だった。……結果的に、そう感じていたのは俺だけだったようだけど。
「知ってる?」
「な、何をですか」
そして今。
──────俺は派手な格好をした先輩女子と横に並んで下校している。これを充実と呼ばずにどう呼称するのか。
「詩郎園七華には兄がいて、うちの高校の二年生なんだよ」
「へぇ、それは……知りませんでした」
「まァ、学校サボりまくりの絵に描いたような不良だけどね。びっくりしたよ、兄妹って似てないもんだねェ」
「俺にも小学生の弟がいますけど……似てないですね。そういうものじゃないですか?」
「ワタシは一人っ子だからさァ……羨ましいようで、そうじゃない気持ちもある」
大体の生徒の下校時間とはズレて下校しているため、大勢の注目の的になる事は無い。だが……なんかこう、ソワソワする。
俺はここにいていい存在なのか、っていう不安。
「そう言えば……灰崎先輩は俺に何を見せたいんですか?」
「ん?」
「いや、あれです。さっき言ってたやつです。オカルト研究部の活動がどうのこうのって……」
「あァ、それね。んーっとねェ……」
立ち止まり、周囲を見渡すように首を回し始めた先輩は、その前髪で何を見れていたのか全く分からないが、分かれ道のうちの一つを指差した。
「こっち!」
「……この道を通って駅まで行けるんですか……?帰れないとか嫌ですよ」
「ふはは、先輩に任せとけってェ」
もはや不安しかないが、一年生の俺より二年生の方が学校周辺の道を知っているのも事実だろう。
二人並んで畑が続く道を歩き、住宅地みたいな雰囲気を出しておいて全然敷地内じゃない変な道を進んでいく。
「その前髪でよく転びませんね。どれくらい見えてるんですか?」
「陰キャのくせに自分から話題振んなよ」
「……………………すぃません……」
「冗談だって。真に受けんなってェ」
実際、調子に乗っている自覚はある。
だって───────今のこの状況、誰がどう見ても『ラブコメ』じゃん。現に、灰崎先輩から波動は伝わってくる。それもかなり強い波動が。それなのに……何故か不快じゃない。
暖かさを感じる。
俺も─────出来るのか?ラブコメを。俺は……許されるのか……?
「視界、ね。ちょっとは見えるよ。でもねェ、ワタシにとって『日常』の風景は見る必要の無いモノだから」
「……必要の無いモノ、ですか」
「で、ワタシは代わりに『あるもの』が見える。それを見てれば肉眼で景色を見る必要もない。エコーロケーション……音で周囲を感知するやつ?あれみたいな感じで」
「俺も昔は異世界の勇者だった前世の記憶持ってましたよ、あと魔王の力も右目に封印してました。左目には邪神の力を……」
「来栖クンって人を馬鹿にする時早口になるタイプの陰キャ?随分と拗らせてるね」
俺を小突いた勢いで、長い前髪が揺れ──────少しだけその瞳が見えた。
ダメだ、こんなちょっとした事で好きになりそうだ。童貞陰キャが過ぎるぞ来栖悠人。
「……お、こっちだね」
そう言った先輩は俺の手を引き──────あぁまずいまずい好きになっちゃう。恋に落ちちゃうよ。
冷静になれ。女はクソ、ゴミ、カス。俺はもう二度と心を許してはいけない……そうさ、これも何らかの罠かもしれない。
(─────罠かもしれない、か)
正直なところ、俺はあの日の『いじめ』のような凄惨な仕打ちをするような者は中々いないと思っている。高校生になった今なら尚更、精神的に成長している者は多いはず。
罠かもしれないとか心の中で自分に言い聞かせつつ……本心では『そんなわけないだろ』という意見が強い。
(……いや、ダメだ。たとえ灰崎廻がどんな人間であろうと……俺がラブコメに期待する事自体がダメだ)
春の空気に晒された俺の心はどんどん元の形へ戻っていく。
─────女子と二人で下校というシチュエーションに踊らされすぎた。何事も疑り深く……期待をしてはいけないんだ。
「よーし……着いたんじゃないかな!?」
「え」
いつの間にか、目的地に着いていたらしい。
目の前に広がる景色は、どう見てもただの公園。人気のない、この時間帯というのに子供も少ない、寂しい空間。
高校のグラウンドの半分くらいの大きさはあると言い切れるほど広いせいで、虚しさがより一層際立っている。
「ここに何があるんです?」
「分かんない」
「……え?」
「何があるかは分からない。でも何かがあるって事は分かってる」
何言ってんだこいつ。……結局、この人はガチめのオカルト星人だったか。宗教とか宇宙人とか陰謀論とかを信じてるだけで普通にドン引きしてしまうような感じで、この人は顔が良いだけあって勿体無い。最初から選ぶ立場に無い俺が言うのもなんだが、残念だ。
「何もなくないですか?……早く帰りましょうよ、ここから駅までどれくらいかかるか分からないのに──────」
「いた」
「へ?」
「いたよ、来栖クン」
視力が良くないくせに、メガネもコンタクトも面倒だからという理由で付けていない俺は何がいたのか全く見えなかった。
が──────『感じる』事は出来てしまった。
『感じた事のある波動』だった。
(この波動は─────ッ!!)
かつて無いほど禍々しく、背筋の凍る不快感。それは……『二週間前の昇降口』で俺が対面した波動。
(クソ……そうか、俺はこの女……灰崎廻とのラブコメの波動に包まれていたせいで……ここまで近付かないと気付けなかったのか……!)
どれほど強い波動だとしても、灰崎先輩と自分の波動に覆われている俺が感じ取れるはずが無かった。……俺自身がラブコメの参加者になることが少ないが故の、経験不足……!
「ワタシはね、変な能力を持ってるんだ」
灰崎廻の言葉が真実だと、どうして気が付けなかったのか。恐らく俺は世界で一番、それに気付きやすい人間だというのに。
何度も考えた可能性だった。─────俺以外の能力者が存在する可能性は。
「ワタシはいつもその力を『非日常と出会う』ために使う」
そうだ。灰崎廻の持つ力は……俺が持つ力と同じような───────
「ほら……行こうぜッ!」
「くっ、待っ──────っ!」
突如、全速力で走り始めた灰崎先輩。
確信出来る。この女は俺が離れようとしたのを知って、俺の手をより強く掴み疾走している。
「ふは……ふはははははは!!」
─────見た事がないくらいに楽しそうな表情をしているのだから、そりゃ分かる。
「離して……くださ……ッ」
「離すわけ無いだろォ!?日常では見られないイベントがァ、目の前にあるってのにさァ!キミが何を嫌がって逃げようとしてるのか、ワタシは知らないけどねェ。来栖クンにとっての激ヤバ案件だって事は分かるよ……ふははっ!」
握られた手を振り払えない。この女が走る勢いに抵抗出来ない。俺の運動神経が悪いという理由もあるだろうが……灰崎廻という人間の、非日常への『執着』。ただ逃げたいだけの俺を上回るには十分なモノだった。
「こんにちはァ!!」
そして彼女は─────叫んだ。
走った先で辿り着いたベンチに座っていた、同じ高校の制服を着た女子生徒に向かって。
「え?あ、え──────」
戸惑い、手に持っていた揚げ物……コロッケを頬張ろうとしていた口から困惑の声を漏らしている。
「なんで……ここに……?」
不安と驚愕の眼差しを向けるその女の波動に呑まれながらも、俺は鋭く視線を返した。
「来栖……どうして……っ!?」
「それは俺の台詞だろ……朝見……!」
灰崎廻の言った、『何か』という存在。
それは公園のベンチで一人、驚愕で一色に染まった表情で俺を見る──────朝見星だった。
俺自身の運命が。灰崎廻とのラブコメが。因果を無視して、理不尽にも俺とコイツを引き寄せる。
──────きっと、この関係に決着が付くまで……俺は運命の奴隷であり続けるのだろう。
その時まで……俺にラブコメなんて許されないのだろう。
 




