アサシンでしょうか
普段とは異なる雰囲気……どころか、この場所が学校であるという普遍の事実ですら忘れてしまいそうなほど喧騒に満ちた廊下で、少女はスマートフォンに視線を落とす。
『悪いね』
『あたしは作業があるから、来栖の監視は頼んだよ』
『(アニメキャラのスタンプ)』
「……」
影山崔理────彼女の指示に従うのは少し癪だったが、『世界のため』には圧倒的な監視能力を誇る崔理の言う事を信じる他無かった。
「……はぁ」
外側にはねたショートボブは歩くペースに従って揺れる。
『あ』
『言い忘れてたけど』
「……?」
『気を付けてよ』
「……何を、今更」
送られてきたメッセージに、彼女は再びため息を吐きかける。
そして、その続きの言葉に目を見開く。
『本当に注意すべきなのは灰崎先輩じゃない』
「……?」
『あの目もあたし達の事は普通に見えてるっぽいし。来栖を監視するにおいて本当に注意すべきなのは』
「……」
『あ、乙』
「……は?」
『手遅れだったね』
『(アニメキャラのスタンプ)』
「…………」
視線。
────うなじに突き刺さる、凍てつくような殺気。
「ッ……!」
瞬時にスマートフォンをしまい、彼女は背後を振り返る。
……そこに、彼は立っていた。
「一年六組、出席番号は37番」
彼の名が大きくプリントされたクラスTシャツに身を包み、不気味な笑みを浮かべる男は彼女の名を囁いた。
「夜房小窓……名前はこうで合ってるよな?合ってるか、合ってるだろ」
「…………」
「さて、理由を聞かせてもらう」
「……何の事」
「おっと、とぼける気か。────────気付かないとでも思うのか?ここ最近、俺の親友に向けられる不自然な視線に……」
普通なら、本人ですら気が付かない監視に他人が気付く事は少ない。だが来栖悠人には本人以上に本人を気に掛ける者が身近に存在していた。
「昔、親友を虐めてきた奴がいてさ」
「……」
「悠人には言ってないが……奴らが全員この町から引っ越した原因は、学校でも近所の目でも無い…………ククク」
「……」
「そしてもう一つ、こっちは最近の話だ。イジメに直接加担したわけじゃないが、近寄らせるわけにはいかない奴が近付いてきてな。そいつをあと少しで自殺させられるって所まで追い詰める事が出来たんだが……まさか悠人本人に阻止されるとは」
そして何より監視者にとって不利だったのは────その護衛が、高校一年生では有り得ないほどの武力を持っている事だった。
「さて────お前はどう負けたい?」
彼女達『転生者』の警戒対象である『イレギュラー』────線堂進がそこに立っていた。
ー ー ー ー ー ー ー
「一年生は俺らのとこ以外一通り回れたか?」
「ですな」
各所で適当な食べ物飲み物を買ってしまっていたせいで腹も膨れてきた。文化祭ってガッツリ系の食べ物が無いのにどうやって昼をしのぐのかと心配してたけど、こういう事だったのか。
「にしても五組の『ドラゴンメイド喫茶』は凄かったな。詩郎園にデカい翼生えてる絵面はとんでもなかった」
「あー、しかも有能なオタクがいるみたいだぜ。カラーリングが遊●王意識してた」
俺達が今歩いている廊下は混沌に満ちていた。教員を除けばほぼ同年代しかいないはずの校内は、一般人が客として来訪した影響で一つのイベント施設のような雰囲気に包まれている。加えてメイド服のまま廊下を闊歩している女子生徒が多い。そうじゃない女子も、メイド役を担わない男子でも、着ているのは制服ではなくクラスTシャツだ。
「どうする?流れで行くなら二年生だけど……僕は何でも良い」
「余もそれで良いと思いまする」
「俺も」
「……なら、最初に行くのは二年四組で良い?宗教上の理由で」
「あー、先輩か」
「そう」
「惚気やがって……」
悪態をつく桜塚だけど、今日は流石に単語帳を片手に持っている事は無く、少し見直した。『文化祭でも勉強しちゃってる俺……ww』の気が少しでもあれば数発は殴っていたかもしれない。
「灰崎先輩のクラスはどのようなテーマで?」
「あぁ……気になるよな。俺も教えてもらってなくて。秘密だってさ」
俺は特に秘密にしても面白くないだろうからゲーミングだと教えちゃったけど……先輩の方は違うのかな。
一体どんなメイドになって出てくるのやら────────
「予想はしてたよ」
二年四組の教室の外観は、赤い文字が書かれた黒い紙を張り付けたおどろおどろしいモノとなっていた。
「灰崎先輩、人気者だったしな。あの人の意見が優先されてもおかしくない」
入口の上の看板には、こう書かれていた。
『お化けメイド喫茶屋敷』……と。
「おば……お化けメイド喫茶屋敷……??」
「桜塚の脳じゃ処理しきれねー日本語だったか」
語順からして『お化けメイド』がいる『メイド喫茶』で……『屋敷』はなんか付けといたみたいな感じかな。
「いらっしゃ~い」
「!」
「何名様……って、来栖君じゃ~ん!いらっしゃい!」
「あぁ、っと……猪口先輩」
扉のところのカーテンから顔を見せたのは、いつぞやの先輩だった。
「ん~っとちょっと待ってね。灰崎さんのところは…………あ、ちょうど空いてる!どうぞどうぞ、入って~」
暗闇の教室の中に入っていき、俺達はそこで猪口先輩から簡単な説明を受けた。
要は、この教室は黒板を前とした場合に横線で四分割した形になっている。つまり、扉から入ってきた俺達からすれば目の前に四つのレーンがある状態。そのレーンに向かって進むと机と椅子が用意されていて、そこでメイドと対峙する……らしい。
「じゃー来栖、お前は一人で行けよ」
「え」
「別に怖がらせようとしてるわけじゃねーぞ?これは……配慮ってヤツだ」
「ですな。来栖殿は灰崎先輩との刹那のひと時の瞬間を楽しんできてくだされ」
気持ち悪い笑みを向けながら恩着せがましい言い方をしてくる藍木と河邑。何故だか分からないけど無性にイラつく。
……が、距離を取る二人とは反し、むしろ近付いてくる男がいた。
「は?いやいや……冗談だろカス陰キャ共」
「あー?」
「他人の恋路に勝手に干渉して勝手に役立とうとする……まさに陽キャの習性じゃねぇか。僕は反対だ、来栖が拒んでも無理矢理ついていくぞ」
「お、おぉ……」
改めて桜塚正次という男に感心してしまった。こいつはあまりにも芯がブレない、屈強な個の意思を持っている奴だ。やってる事言ってる事は死ぬほどどうでもいいけど、なんだか一緒にいて安心する言動をしてくれる。
「まぁ分かるよ、誰かと誰かを恋仲にしようとするノリってマジでキショいよな!」
「い、いやいや、これ俺らが悪いのか!?フツーに来栖を……えー……?」
「さ、行こう。桜塚とならどんなお化けが出てきても怖くなさそうだ」
「……お前はお前で恥ずかしくなるような事を言うな」
黒いカーテンで作られた道を進む。内側はお札やら赤く染まった骨みたいな装飾がぶら下がっていて、雰囲気は完全にお化け屋敷だ。
「……行くぞ」
だから俺は少し身構えて、灰崎先輩がいるはずの空間へと繋がるカーテンを開け────────
「やァ」
そこで、目撃した。
「いらっしゃい、来栖クンとそのお友達」
まず灰崎先輩。一見、ただホワイトブリムをお化け特有のあの白い三角のやつにしただけのメイド衣装に見えたが……いや、本当にそうみたいだ。この程度でお化けメイドを言い張るか、俺達のゲーミング加減や朝見達のアニマルさを見習ってくれ。
……いや、でも。
────もう一人は。
灰崎先輩の右に座っていたもう一人の存在は────誰よりも『お化け』と呼ぶのにふさわしい少女だった。
「アハッ!やっほー、お兄さん!」
「……な、んで────」
「……来栖?おい、こんな手抜きクオリティのお化けメイドとやらが一人いるだけでそんなに怖いか?」
……桜塚には見えていない。
(なんで、こいつがここに……っ!?)
四つの椅子のうち一つを占領する、この高校の制服をさも当然のように着こなすツインテールの少女を見れているのは……。
冥蛾霊子を、視認できているのは────────!
「お兄さんは何度も『死』を経験してるからか、霊子が姿を隠そうとしても見えちゃってるみたいだねぇ。でも他の人にはなーんにも見えてない……だから騒いでも無駄だよー」
「……」
「さァ、二人とも座ってよ」
灰崎先輩は、『空いている』席を指さしてそう言った。
「……ワタシの右の椅子はガタついてるから……座るなよ」
呆れたような、疲れたような、控えめで乾いた笑い。
……『見えて』いるのか。
「おい来栖、どこ見てんだよ。……そんなに緊張してんのか?女と絡んで腑抜けてるお前の姿なんざ、僕は見たくねぇ」
「まァまァ、落ち着きなよ……うん、『みんな一緒に』楽しもうじゃねェか」
「アハッ!霊子がいる事は分かるだけのスピーカー女と、姿も見えて声も聴けるお兄さんと、な~んも分かんないお友達!色んな人がいて、高校って楽しいね~!」
「は、はは……そうですね」
俺と灰崎先輩が交わすアイコンタクトと、緊迫した空気。それもそうだ……『人を殺す事への抵抗が無い』化け物が目の前にいるんだ。
そして、桜塚という巻き込むわけにはいかない一般人を俺達は抱えている。
(さて────俺達はどう乗り切るか)




