残念ながらきのみは持っていません
【天気は晴れ、睡眠時間は八時間。だというのに身体は少し重く、思考速度がコンマ一秒だけ遅れているような感覚が続いている。原因は明白で、連日の文化祭準備で大忙しだからだ。全く、まさか春と朝見が喧嘩するとはな。しかも原因が俺が仕事を押し付けられた件だったせいで心労の方ものしかかってきている。俺は平穏に過ごせていればいいというのに……】
『時間が空いたな』
【昼休み。今日の放課後も文化祭準備があるし、どこかでゆっくり休みたいが……誰と時間を過ごそうか?】
『今日は────オカルト研究部へ行こう』
【形式上は部員という形になっているが、来なくても良いからとにかく入っておけと言われたあの日から顔を出したのは数えられる程度だ。冥蛾も頻繁には来ていないみたいだし、今日の昼休みにあの教室にいるのは、やはりあの人だけなのだろう】
【ガラッ、と勢い良く戸を開く】
『────やァ、来栖クン』
【そこには、いつも通り彼女が────────】
ー ー ー ー ー ー ー
「……るす殿!」
「……」
「来栖殿!開会式で居眠りは流石にやばいですぞ……!」
「……ぇ?あ、あぁ河邑……」
河邑の声と、校長が喋り終え階段を壇上から降りる足音によって俺は目を覚ました。場所は眠りに着く直前と変わらず体育館の中。せっかく寝れていたというのにまだ校長の話が終わったぐらいの時間しか経過していない悲しみはあるけども……。
「はぁ。気持ち悪ぃ」
さっきまで見ていた不快な夢から早々と覚める事が出来た喜びの方が勝るな。
「そっか……今、文化祭の開会式だったわ」
「拙者が言えた立場ではありませぬが、今日と明日の二日間は青春の一ページを飾る瞬間ですぞ?昨日は眠れなかった系で?」
「そうそう……なんか急にアニメ見たくなってきてさ。何のアニメ見ようかなーって考えながらぼーっと動画見てたら朝五時だった」
「アニメを見たわけでもないとか、時間の無駄極まれりwwww」
「最悪だよ、ほんと……ふわぁ」
あくびを放った後────自然に目線が吸い込まれた先は、出席番号順故に俺の前に体操座りをしている河邑……の、背中。
こいつが……いや、俺達が着ている黒いクラスtシャツだった。
「背番号は『86』、そんで背ネームは『フレデ●カ萌え』……お前は安定のキモさだな。昨夜はエ●ティシックスの二週目でも見ておくべきだったか」
俺自身もどこで知ったのかは分からないけど、高校の文化祭ではクラスTシャツを作り、一人一人が自分で考えた背番号と背ネームを背負うというあまりよく分からない文化があるというのは既に知っていた。
俺達のクラTは前に『進』と一文字書かれたシンプルかつ謎のデザインに加え、クラT特有の文化に乗っ取ったものになっている。
「おや?来栖殿、エイティシッ●スは『設定が亡国のア●ト過ぎて見る気失せた』と前に仰っていた希ガス……」
「言ったなそんな事。でも最近、面白そうなアニメは片っ端から見てってるんだよ……エイティシック●もその勢いで見た」
「で、どうでした?」
「…………まぁ、良かった……かな」
「原作貸しますぞ」
「お、マジ?テスト期間に借りるわ────」
などと話している間に、ステージの上に新たな話者が立っていた。三年生の男子……文化祭実行委員長か。
「えー……ついにこの日が……えー、やってまいりましたねw」
ぎこちない言葉に湧き上がる会場の一部。三年生だからって身内で騒ぐのやめてくんねえかな。
「えー、係の皆や先生方の協力もあって、無事開催する事の出来た聖春祭です!なので皆さん、盛り上がっていきましょう!」
「「「おーーーーっ!!」」」
そう、マジで最悪なのがこの高校の文化祭の名前が『聖春祭』だという事。本当にふざけないでほしい。ハゲ散らかしたおっさん達が人差し指でハナクソ掘り当てながら適当に考えたのか?それとも一期生の生徒達が頭を悩ませて考えた結果なのか?どちらにせよクソだ、ハナクソ以下だ。エロ漫画のタイトルとかで『性春』というワードが使われがちだけど、全然そっちの方がマシだろ。
「ん、ちょっと声小さくないですかねぇ……w」
委員長がわざとらしく身体をくねらせ、大きく息を吸った。
「もう一回行きますよ?……聖春祭、盛り上がっていくぞーーっ!!!」
「「「おぉーーーーーーっ!!!」」」
「……おー」
分かってる。こういう時に乗れない陰キャの方がキツイ奴だ。分かってはいるんだけど……。
「何が聖春だよ、何がおー!だよ、宗教かよ。大大大大大出世!なら一緒にやってやるのに」
寝起きと言うのもあり、かなり機嫌が悪くなってきた。っつーか聖春て……恥ずかしいよ。胸張って他校の生徒とか親に言えるかよ。やっぱ聖春祭はキモすぎるからメイド喫茶祭に変えてよかったよ、無能会長仕事しろ。クソが……二度寝して遅刻して来た方が良かったか?
「……はぁ」
鳴り響く拍手の中、教師の指示がマイクに乗る。退場の順番は……俺達一年七組が最初だ。
指示に従い立ち上がった後、体育館を出る流れで綺麗に揃っていた列は段々と崩れていき────
「酷い顔ですね」
……前の方に座っていた荒川が、俺と河邑に追いついてきた。
「眠くてたまらないんだよ、背番号『9999』」
「どうやらほぼ徹らしいですぞ、背ネーム『フェミニスト』」
「どういうノリですかそれ」
「ノリが意味不明なのはお前のセンスの方だろ。クラTの背ネーム『フェミニスト』は普通に頭おかしくなったんかと思ったよ」
「ははは、自分も冗談のつもりでクラT係に言ったんですけどねwまさか通るとは」
「流石陰キャ、ユーモアのレベルが違いますな!」
「そんな事言ったら来栖君だって────」
ちょうど体育館から出たぐらいのタイミングで、荒川が俺の背後を取り、クラスTシャツをつまんだ。
「背番号『0721』で背ネーム『カ●ピス』は中々の気持ち悪さで草なんですよ。反省して、どうぞ」
「ん?俺はただ誕生日を四桁にした数字と好きな飲み物をクラTに印刷しただけなんだが……また俺なんかやっちゃいました?」
「賢者タイムやめてください」
「その度胸はある意味チートですぞ」
うん、別にカルピスとか好きじゃないし、正直これも陰キャの寒いユーモアの一部だ。かと言って教師側はこれについて注意しにくいし、俺も七月二十一日という運命の日に生まれてきたのを活かしたかったから少しふざけてみた……高一だし、少しハメを外しても許されそうなこの空気感ならせめてこれくらいは遊んでみてもいいでしょ。
「しかし分かってますか?今このTシャツを着ている自分はフェミニストなんです。公共の場で堂々と女性を性的消費した後に男性が漏らす体液のメタファーを提示しないでもらえますか」
「お前フェミニストじゃなくてツイフェミを名乗れよ。流石に本物のフェミの失礼……ってか、これからメイド服着る奴が何言って────」
荒川の方に視線を動かした瞬間、その奥に────荒川の奥に、また荒川の姿が見えた。
「……」
「来栖殿、何を見て……あぁ、例のポスターではありませんか!よく出来てますな」
「本当だ……はは、自分の姿が写ってるとやっぱり少し恥ずかしいですね」
俺が制作したポスターだった。見慣れた教室と、そこに立つメイド服姿の荒川。メニューやら料金やら、ざっくりとした情報と『ぜひお越し下さい』の文字。
「……文化祭、か」
ようやく、実感を得た。
河邑も言っていたが、今の俺は紛れもなく青春の一ページを飾る瞬間を歩んでいる。
────何かが起こるかもしれない。普段には起きない刺激的な出来事が訪れる気がする。ゆっくりと近づいてくる足音のような感覚が……わずかにあった。




