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流れ変わりました?

 家が近い、というきっかけで仲良くなったらしい灰崎先輩と神谷咲は、当然だが帰り道が同じだ。


「ほら!さっさと帰れー!めぐちゃんは渡さないからねっ」


「ど、どしたの咲……」


 灰崎先輩に張り付きながら威嚇態勢を取るチビ。


 違う電車に乗るんだから早く帰れも何も、俺がそっちに付いてくるなんてことは起きないんだけどな。おまけにあの背の高い不愛想な男は何故か先に帰ったらしいし、俺は一人でゆっくりと音楽でも聴きながら家に着くまでの時間を過ごすことが出来る。


「……ではまた明日会いましょう、先輩」


「え!あ、あァ……うん」


 ペットボトルを駅の自動販売機の横のゴミ箱で処理するために、駅に着いたらジュースの残りを一気に飲み干す事は少なくないけど……灰崎先輩が握っていたサイダーは、一気飲みなんてとても現実的とは言えないほどの量が残っていた。


「────また、明日なァ」


 前髪がかかったままの彼女の笑顔は、いつも通りの眩しさを放っているように見えた。


「……」


 ────何回、その笑顔を作ってきたんだろう。


「……」


 ────前髪の裏も、上手く笑えているのか。それとも……。


「灰崎先輩」


「……ン?どうかした?」


 振り向いた瞬間に少しだけ見えた瞳の光。


 俺はそれを……より近くで確かめたくなってしまった。


「先輩、俺ら『アレ』忘れてましたよ」


「……アレ?」


「ほら、文化祭の、オカ研の展示ですよ。『怪奇!激ヤバ呪物&心霊スポット特集』の……廃墟の写真を撮らなきゃいけないって話でしたよね」


「でも、アレはもうとっくに────────」


 ただ、見つめるだけだった。神谷咲には悟られちゃいけない、だから見つめるだけ。


 それでも……毎日つるんでいれば、それなりの信頼関係は築けるものらしく。


「────分かった、行こうぜ。面倒な作業は早めにやっといた方が楽だしね」


「え、えー!それ……すぐ終わる?」


「いやァ、結構かかると思うけど」


「うっ……でも付いていく!もうすぐ暗くなって来るのにこいつと二人きりなんて、めぐちゃんが心配……」


「でも廃墟だよ?」


「……」


 苦い顔で眉間にしわを寄せながら、神谷咲は俺達に背を向けた。


「今日のところは……!!」


 なんて小物感満載な口調で、ぷるぷると拳を震わせながら去っていった。


















「まさか、来栖クンがこんな気の利かせ方をするとはなァ」


「別に」


 本当に廃墟まで歩くつもりじゃあない。ただ、時間を潰して────神谷咲と帰る時間をずらせればそれで良い。


「『心の病気』だなんて言われたら、そりゃ……先輩はあいつと一緒に帰りたがらないだろうなって。そう思っただけです」


「やっぱ咲から聞いちゃったか……まァね」


 お節介で終わらなかった事には安心するけど、あの時の表情はどう見ても……端的に言ってしまえばあのチビを『嫌がって』いた。


「咲は大切な友達。それに変わりは無い、けど……」


「……」


「けど、『合わない』……価値観が合わないんだよ。どうしても信じてくれない。だから……いつの間にか、あの子と一緒にいるのが辛くなってた。話すのが、苦痛になってた」


「俺達の真の理解者は、能力者である俺達しかいない。俺の話を信じてくれている進でも能力を持っていないのなら、感覚を……苦痛を共有する事は出来ませんし」


「……うん」


「性格が合わなそうな豪火君と付き合った理由もなんとなく分かりますね。性欲を満たして寂しさを埋めるのと、同類と傷を舐めあうのが同時に出来るんだから」


「酷ェ言い方するなァ」


「……酷いのは」


『酷いのはあなただろう』─────言いかけた言葉を飲み込む。


 灰崎先輩は俺の今の言葉を否定しなかった。なら……豪火君と付き合った時、そこに愛はなかったかもしれない。


 どこか、重ねてしまう。初めて出来た彼女に裏切られたあの感覚を。きっと豪火君は俺より強いメンタルを持っているだろうから、気にするだけ無駄だってのは分かってるし……『付き合う』事や『恋愛』に身勝手な理想を俺が抱いているからこんな風に思ってしまうという事は、理解はしている。


「……」


「……」


「高校に入って、彼氏作んなくて良いなって思ったのは……一人で生きようって決めたからでさ」


「そもそも一人で生きようってならなきゃ常に彼氏作ろうとしてんですか?」


「女の子ってのは寂しがり屋なんだぜ」


「ぼっちのくせに女性を総称して語るんですか」


「ひど」


「……どうして、豪火君じゃダメだったんですか」


「……聞いちゃうかァ?それ」


 合わないから────そう言われてしまえばそこまでだけど、何故合わないかの理由を自己分析できているのなら、俺は知りたかった。


 彼は……完全な善と言い切る事は出来ないかもしれないけど、あの硬い拳を無暗に振りかざしたり、弱者を蹂躙するようなことはしない……悪人じゃないんだ。


 その上、妹とか……俺とか、他人を想う心を持っている。灰崎先輩の事だって心配していたんだ。


 詩郎園豪火は心身共に強固だ。でも、だからこそ────彼の事を軽視してはいけない。豪火君だって傷付いて、立ち直れなくなってしまう時が来るかもしれない。


 灰崎先輩の『挫折』を知って、どんな人でも人間関係如きで躓く事はあると再認識した。曲がりなりにも『師匠』と呼ばれているなら、これくらいは……確かめたかった。


「気に食わなかった」


「……何が────」


「能力で苦しんでいない事が」


「……え」


「ふはは……幼稚だよね。でもあの時のワタシが求めていたのは傷の舐めあいだった。それが出来ないって分かったから、別れた」


「……」


「代わりにワタシが求めたモノ、分かるだろ?そこからはもうオ●ホ生活の始まり。欲しかった理解を、心の穴を……別の形で埋めた」


「……」


「幻滅しちゃったかなァ?」


 ヘアピンを付け、両の瞳を見せた灰崎先輩が笑った。


「幻滅も何も、灰崎先輩はビッチじゃないですか」


「うぇ」


「むしろ、俺の個人的な印象としては良くなりましたよ」


「なんでェ!?今の話聞いた感想がそれ!?!?」


「だって、先輩は自分の心情の分析がよく出来てるじゃないですか。自分が堕落に溺れていく理由を『分かんない』とか言って思考放棄して逃げている奴より、堕落に溺れていくのは変わらなくてもその理由を自覚して受け入れてる人の方が……俺は好きですよ」


「す、好きってなァ……」


 前に進む事から逃げるのは悪じゃないし、俺もそういう奴を嫌ったりしない。だけど、自分が逃げる選択をしたのに『成長出来ない』とか言ってる奴は嫌いだ。


「……寂しさを紛らわすために性衝動を満たすのに走るってのはあまり理解できませんけど、今は辞めたって事は自分で『良くない』って思ったからですよね?」


「まァ、そだね。虚しくなっちゃって」


「────なら、それで良いじゃないですか」


「……良い?」


「今は俺がいる。灰崎先輩は間違いなく、一人じゃない」


「……」


「付き合いづらい、良い奴なのに少しウザい友達なんて一人はいるもんじゃないですか?それに……めちゃくちゃ仲が良い奴が一人いれば、大抵なんとかなるもんでしょう」


「え」


「え?」


「……」


「……あの、俺らって仲良く……ないですか?」


 半分冗談のつもりで言った言葉だったけど、だとしても恥ずかしくなってきた。いつも通り捌いてくれるのを期待していたんだけど……意図しない挙動の灰崎先輩は、固まった表情で俺を見ていた。


「……」


「……」


 ────まずい。


 何故だかは分からないけど、急に先輩が黙ってしまった。これミスか?確かに仲が良い事の確認ってなんか……恥ずかしいし、それをやってくる奴ってそんなに仲良くない事が多い気がする。少なくとも進と三上以外の友達も普通にいた小学生の頃はそうだった……。


(────クソ、やるしかないのか)


 思考を回転させる。この状況を打破する『方向性』は既に思い付いている。


『話題の強制転換』……朝見星直伝の脈絡微塵切りトークしか無い。でも、何を話せば良い?『今の話題がどうでもよくなる』くらい興味を引ける話題じゃないと、さっきの神谷咲みたいに強引に話題を戻されるかもしれない。


 何か、何か────。


(……ある。一つだけ……言おうか迷っていた事が────)


 判断は早かった。例え過去に口に出すか迷った言葉でも、今の気まずさを払えるのなら……手段は選ばなかった。


 ────が。


「灰崎先輩」

「来栖クン」


 ────同時だった。


 声は重なり、望んでいないハーモニーを奏でた後、再びこの場に沈黙を挟み込んだ。


「……キミに」


 重たい空気を突き破ったのは、自らそれを作り出した灰崎先輩。やけに真剣な表情で、俺の目を真っすぐと見つめ────言った。


「来栖クンに言いたい事があるんだけど」

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