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自己顕示欲のステータスが伸びています

「あ」


「どうした?」


「進の事、どう説明しよう」


「……?」


 階段を上りながら、俺は進に……さっき教室に残っていたメンバーと、進からメッセージが送られてくるまでそいつらと会話していたことを話した。


「流石に、クソしたらトイレットペーパー無くて詰んでました……なんて言いにくいだろ?高橋と荒川はともかく、西澤と……三上なんて」


「絶対にやめてくれ。というか原因は悠人なんだし言い訳ぐらい考えてくれよ」


「あー言われると思った、それ。良いよ、考えとく……」


 つっても、そう都合よくカバーストーリーは浮かんできてくれない。今のところ『シコってたら途中で紙が無い事に気付いて慌てて俺を呼んだ』とかいうもはや真実の方がマシな誰も得しない嘘しか思いつかない。


「……悠人?」


「あ?」


「もうすぐ教室だが……言い訳は考えてるよな?」


「あぁ、考えてる考えてる」


「思いついてないのか……まぁ良い、これも冷静さを失った罰だ」


 とか言ってはいるけど、線堂進ともあろう男がそう易々とウンコマン扱いを受け入れるはずがない。俺に言い訳を任せると言っておいて、最初から自分で考えているのがオチだ。俺もそれが分かっているから、真面目に考える気が起きない。


「じゃあド●ペな」


「なんでだよ。普通は悠人が奢る流れだろ」


「はいはい」


 少しだけ見える、他のクラスの教室の中。いつもよりその人数が多いのは文化祭準備の影響だろうが、うちのクラスは一年目なのに事が上手く進んでいるおかげで今日の集まりは無しだ。理由は明白で、小学校の頃からこういうイベントの進行役に進がいるだけでかなり違う。単純に……カリスマ性ってやつなんだよな。


 ─────暫定『原作』の世界では、何故かカリスマとはかけ離れた小物に見えたけど。


「……悠人」


「ん」


「─────どうやら、俺達が言い訳を考える必要は無さそうだ」


「え?なんでだよ─────」


 七組の教室の中。進が呆れたように指をさしたその先では──────────


「だから、自分は男で!来栖君の友達で……」


「……は?男?」


「そ、そうです。男……」


「ほ、ほら星!男だって!!だから落ち着いて……ね?」


「……男子なら、まぁ─────」


「ぷっ、ははっ、はははは!いやァ男かァ、男の娘と来たかァ。来栖クンも一緒におトイレ行った時は随分興奮しただろうねェ。なんてったってオタクの妄想でしかいないレベルの幻獣なんだからさァ!」


「……」


「せ、星……落ち着くんだ、一旦……」


「ねぇ、荒川って言ったっけ?来栖と一緒にトイレ行った時どんな感じだった?興奮してた?興奮してたって分かった?来栖の●●●は─────」


 地獄が繰り広げられていた。


 荒川に詰め寄る朝見。それを止めようとする榊原。その後輩の努力を見てもただ机の上に座って笑ってるだけの灰崎先輩。


「さっきの言葉を訂正しよう、悠人。荒川健を選んだ方が良いかもしれない。このクソッタレなメス共に一泡吹かせられるなら……」


「冗談きついって。……あれ?」


 教室に入るのが億劫になってきたその時、俺は気付いた。


「……クソが、あいつら帰りやがったな……!?」


 高橋と西澤のグループ、そして馬鹿三人はいつの間にか教室から姿を消していた。席にカバンが置いていないのは、奴らが飲み物を買いに行っているだけという可能性の否定材料。


 逃げたんだ。面倒な奴らが面倒事を見つけてしまったこの状況から。


「すぴー、すぴー……」


「唯一残ってる三上は夢の中、か」


「どうする悠人。春だけ連れ出してこの場から逃げるか?」


「それが最善策だな」


「うォい来栖クンに線堂クンじゃねェか!元気してたかァ~?」


「さて、その最善策を断たれたわけだが」


「…………どうも、灰崎先輩」


 まぁ、普通に考えて灰崎先輩の目から逃れられるはずもなく。至極当然の結末を迎えた俺達は大人しく教室へと入っていく。


「で、なんでここに?」


「ワタシはただ、来栖クンと帰ろうと思っただけ。ただ朝見サン達は─────」


「悠人が荒川とトイレに入っていくのを見た……という事か」


「正解ィ~」


「正確には、ボク達のクラスの男子の言葉を聞いて知ったんだ。『あの来栖悠人が男子トイレに女連れ込んでた』って……」


「アイツか……」


 まさか、トイレに入るときに鉢合わせたあの男子が。変な勘違いをしたまま去っていったアイツが。スカートじゃなくてズボンを履いている女子はちらほら見かけるから仕方ないとはいえ、俺みたいな露骨な陰キャが堂々と交尾in便所なんて出来るわけがないって気付いてほしいよ。


「来栖」


「何」


「男が好きなの」


「いや別に─────」


 と言いかけて、先日使った男の娘モノのエロイラストが脳内に浮かぶ。


 男が好きなわけじゃない。ただ、女だけ好きというわけでもない。


「つまり俺は……可愛くてエロいやつを恋愛対象に選ぶだけだね」


「脱げばいいの?見せればいいの?ねぇ、ちゃんと言葉にしないと伝わらないよ」


「なんで説教みたいになってるんだよ」


「言語化が難しいなら、こうやって行動で示すってのも─────」


「ちょっ、星っ!流れるような動作で脱ごうとするんじゃない……っ!」


 朝見が制服に手をひっかけたところで榊原が彼女の両腕を掴み、互いに一歩も引かない状況は……両者の膠着状態が生んだ。が、いつも頑張ってくれている榊原でも今回ばかりは無能と言わざるを得ない。止めるのは脱いでからでも遅くなかっただろうが!


「怪獣退治は榊原サンに任せちゃって。いやァ来栖クン、ほんと君といると飽きないね」


「俺のせいですか」


「せいってなんだよ、褒めてんのに。にしても……荒川クン、だっけ?」


「は、はい」


「…………うゥむ」


 灰崎先輩は目を見開きながら荒川の頭のてっぺんからつま先までじっくりと嘗め回すように観察し、数秒開けた後にやや引き気味の表情で言った。


「……で、ネタバラシいつ?」


「先輩、これドッキリじゃないです」


「えェ、じゃあこれマジなの?一ヵ月で一気に痩せた挙句美少女化がマジだってェ?」


「マジです」


「…………」


「す、すみません……信じられないですよね。正直今でも自分自身が何が何だか理解しきれてないくらいの変化ですし……」


「そうだね。そんな『非日常』的事象のはずなんだけど────」


 動く視線。灰崎先輩の眼差しが俺とぶつかり、そして……その訴えを、感情を、すぐに理解してしまった。


「うん……やっぱりワタシには『日常』に見えるなァ」


「に、日常ですか?自分で言うのも何ですけど、このレベルの変貌が日常って……」


「ふはは、忘れたかィ?ワタシはオカルト研究部部長ぞ。そういう類の、人間に化けた異形みたいなのとの邂逅はもはや日常茶飯事さァ」


「日常茶飯事……っていや、自分の事異形扱いですか」


 灰崎先輩は誤魔化したが、何の事を言っているのかは……分かる。


 彼女の『日常の波動を見る』能力は荒川に対して発動せず、普段通り日常の波動に包まれた存在に見えている────。


(灰崎先輩も普通と判断するのなら、少なくとも能力者ではない……よな)


 俺、灰崎先輩、豪火君、冥蛾ちゃん……そしてもう二人。


 未だ姿を見せない残りの能力者の情報は一刻も早く手に入れたいところだけど、こんな形の発覚は起こらなくて良かった。


 ─────影山が言った通り、能力者が『俺の近くにいる』のなら……誰かが俺に隠し事をしているって事だからな。


(俺の知り合いの中に能力者がいて、そいつが能力の事を隠しているのなら、間違いなく『敵意』があるはずだ。……じゃないと、同じ能力者である俺達に隠す理由が無い)


 俺達が能力者だと気付いていないパターン……は、無いはずだ。能力を隠すような脳を持っているのなら、とっくのとうに気付いているはず。


「やっぱり自分、男子の制服だと違和感ありますかねwwいっそのことスカートとか履いちゃった方が良い系男子ですか?」


「うわ、灰崎先輩のせいで調子乗っちゃってるじゃないですか。荒川のウザムーブの矛先は俺なんすよ」


「ン、あァ……他人のせいにしちゃう系男子ね」


「便乗しないでください」


「ところで校則によると男子生徒のスカートの着用は認められていないが」


「線堂クンは急に早口マジレス系男子ィ~」


「マジで面白くないので擦んないでください」


「ごめん」


 スンと真顔に戻った灰崎先輩はもう一度荒川に目をやると、感嘆の声を漏らした。


「しかしまァ、女子の制服の方が合ってるってのは事実だけどな。あ、メイド服着たら?多分似合うっしょ。男の娘メイドとか人気一位間違いなしだろうし─────」


「着ます」


「着るんかィ。……え、ホントに?」


「本当です。しかも滅茶苦茶似合うんですよ、自分」


「自分で言うんかィ」


「似合うって……お前、もう着てみたの?」


「着てみたも何も……あぁ、来栖君はみんなで衣装の確認した時にもいなかったんでしたねw」


 期限が良いのか知らないけど、今日の荒川は会話のあちこちにウザポイントを忍ばせているのがたまらなくウザイ。


 ただ、学校に行かなかったのが悪いとはいえ俺だけ荒川のメイド服姿を拝むのが遅れているとは─────


「─────あ、荒川」


「はい?」


「今日メイド服ある?もしくは借りれる?」


「自分、いつでもメイドになれるように持ち運びしてるんでありますけど」


 荒川が机にかけてあるカバンのチャックを開くと、少し雑にたたまれたメイド服が姿を見せた。


「着ろって事ですか?それとも来栖君が……」


「お前が着るんだよ、今日」


「……シンプルに何故です?」


「決まってるだろ」


 今回の文化祭は全クラスメイド喫茶という条件付きの特例だ。となるとメイド喫茶という範疇で奇をてらったクラスが注目を集める。


 間違いなく荒川健というメイドの存在は男子女子問わず話題になるはずだ。荒川を看板にすれば灰崎先輩の言う通り人気はぶっちぎりなはず。


 ……そして、このクラスに男の娘メイドがいるぞ、と……全校に分かりやすく伝える必要がある。


 となるとそれは─────俺の仕事だ。


「─────ポスター用の写真、撮らせろよ」


 最初は適当に済ませてしまおうと思っていたこの役目。


 ……でも、俺達のクラスが最も多く……文化祭終了時の投票を稼げる可能性があるのなら。このクラスの表彰がかかっているのなら。俺は全力を以てポスター制作に挑む。


『え!?来栖タイピングはっや!!』


 忘れもしない、中学時代のコンピューター室での同級生の言葉。陰キャという生き物は─────自分の専門スキルを披露できる場では、普段どんなに大人しくとも鼻息を荒げ歯茎を見せてしまうんだからな!

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