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本腰を入れて挑みましょう

 ─────来栖悠人と灰崎廻が詩郎園七華とすれ違った直後。


「今、のは─────」


 ピアスとインナーカラーというその二年生の格好は、清楚の権化とも言える七華と正反対と言えた。


「灰崎廻……ッ!」


 が、七華は廻の見た目に怖気付いて目を見開いたのでは無い。


『七華』


『別に今更兄貴気取るつもりじゃねーけどよ』


『この学校に入るんなら─────気ぃ付けといた方が良い奴が何人かいる』


『お前は親父の……帝王学?アレを真面目に聞いて実践するくらいには性格悪くて、頭も良くて、学校でもトップの地位を築くんだろうけどさ』


『例えばオレの同級生……灰崎廻って奴なんだけど』


『アイツは─────危険だ』


 夜遊びに明け暮れ、両親から見放された七華の兄が……家族と滅多に話さない男が、自分に対してわざわざ伝えてきた『危険人物』。


(話す事と言えば喧嘩自慢の兄さんが、あそこまで警戒していた女……でも、どうして来栖悠人と一緒に……?)


 脳内に浮かぶのは、目を逸らしたい可能性。


 彼らは─────『危険人物同士』で繋がりがあるのではないか、という危惧。


(……まさか、有り得ない)


 だが、七華にとって来栖悠人という人間はただの捻くれた根暗にしか見えなかった。女性に好かれない、好かれようと努力をしない故に女性を軽視し、差別し、負の連鎖に落ちていく典型的な弱者にしか見えなかったのだ。


(彼に危険性など……どこにも無い)


 思考の靄を払い、七華は7組の教室へと足を踏み入れた。


「失礼します、線堂君は─────」


「……あぁ、詩郎園さんか」


「はい!その……良ければ、なのですが……」


 どこか、違和感があった。教室中に漂う凍てついた空気。クラスの全員が緊張した目線を進と七華に向けていた。


「一緒に帰りませんか?」


「ごめん、もう俺には話しかけないでくれ」


「はい!…………え?」


 ──────そして、彼女の表情もまた凍りついた。


「え?え……はい?今、何と……」


「もう俺に話しかけるなと言った」


「ど、どうして……そんな、急に……!」


 さっきまで進と言い合っていた高橋も、クラス内の誰もが、冷徹な視線を七華へ向ける進を見て……ただ静観しているか、急いで教室を出るかの判断をしていた。


「悠人の動画。盗撮して拡散したのは君だろう」


「ち……違いますっ!」


 実際、グループチャットに動画を投稿したのは七華ではない別人だ。……あらかじめ動画を渡しておいた者にグループチャットに送らせる事で、『自分が拡散した』という事実から逃れようとした。


 そして七華は心の中で微笑んだ。


(なんだ……その事なら──────)


「それは来栖君から聞いた事でしょう?」


「あぁ、昨日聞いたよ」


「線堂君は騙されているんです!」


「……騙されてる?」


「はい、だって──────」


 純粋に、ただ純粋に……詩郎園七華は言った。


「言い方は悪いですが……あのような性格の方なら、私を陥れようとしてもおかしくはないでしょう……?」


「…………」


 進の返答は……「はぁ」、という心の底からのため息だった。


「何も。何も分かっちゃいない」


「え……」


「俺が?親友である悠人を差し置いて?会ったばかりの君を信じる?どういう脳ミソなら行き着くんだ、そんな思考に」


 単純に。

 詩郎園七華は想定していなかったのだ。そして来栖悠人を知る者があまりにも少なかったが故に、『線堂進と来栖悠人の仲』がどれほどのモノかを知る前に行動を起こしてしまった。


 彼女にとって『来栖悠人』という存在は女子を泣かせる『悪』であり、進の金魚のフンとして彼女を『邪魔』し、いわゆる『陰キャ』であるがためにこの現代社会においての『弱者』……そのような認識だった。


 線堂進は違った。


「俺に……俺の『親友』に──────二度と近付くな」


 七華の横を通り過ぎ、教室を出る進の顔は既に……彼女を見ていなかった。


「あ、えーっと……元気出してね!詩郎園さん!」


「……」


「でも私も……悠人くんに嫌な事する子とは、もう話したくないかなぁ……ごめんね!」


「え……」


「じゃあ、私帰るねぇ。もう、進くん待ってよ〜!」


「……」


 ─────詩郎園七華。齢15にして……人生で初めて挫折を味わう。それも彼女自身でも優れていると誇りに思っていた、人間関係で起こってしまった。


 さて─────そんな彼女の怒りは、憎しみは……どこへ、誰に、どのような形でぶつけられるのだろうか?











 ー ー ー ー ー ー ー











 夕日の色に染まる部室の中、俺と灰崎先輩は昼と同じ場所に座る。


「ほへェ〜……じゃ、キミの親友である線堂進は、品行方正で容姿端麗なお嬢様である詩郎園七華との縁を切ってしまう、と」


「そうです。進は苦手な相手に対して、苦手という理由だけで否定したりはしません。でも……俺を陥れようとした、という明らかな理由が生まれてしまった今。あいつは一切の遠慮はしないでしょう」


 今頃、詩郎園はそっけない態度の進に打ちのめされているだろう。良い気味だ、クソ女が!これを機に反省して俺の事好きになってくれないかな。無いか。無いわ。


「その言い方からして、線堂進は詩郎園七華が苦手だった、って事?」


「まぁ、モテすぎて女が鬱陶しくなったみたいな感じです」


「ふ〜ん……そんな魅力的なら、一度話してみたいなァ」


「やめてください」


「そんなすぐ否定する事ある?」


 しまった。進に近付いてほしくないという意思のあまり。


「あ、あれっすよ。ただでさえ詩郎園みたいな奴の対応に追われてたのに、灰崎先輩まで来たら可哀想じゃないですかって意味です」


「ワタシって詩郎園七華以上にヤバい奴扱い?流石にそれは無いでしょ……」


「え」


「え?」


「そ、そうです。そうですね。ははは……」


「態度を改めろよォ!……こんな可愛くて?ひとりぼっちの後輩に救いの手ェ差し伸べて?来栖クンはワタシを女神と崇めるべきだと思うなァ」


「……」


「『可愛い』とか容姿の話題になると途端に何も言えなくなるの、本当に陰キャって感じするねェ」


「……仕方ないじゃないですか、恥ずかしいんですよ……」


 自分でもよく分からない。が……女に『可愛い』って言うの、めちゃくちゃ恥ずかしくないか!?なんか……恥ずかしくないか!?例え本当に可愛かったとしても、それを認めて口に出すのはかなりの漢気が必要な気がする。


「て、ていうか……灰崎先輩こそ、どうなんですか」


「どうって?」


「その長い前髪、どうみても陰キャじゃないですか」


「あァ〜……確かにね」


 自分で可愛いとか言うわりに、顔を隠してるのはどうなんだよ。


「……見えるとね、都合の悪いモノもあるんだよ」


「まるで幽霊でも見えてるかのような言い方ですね。……オカルト研究部としては間違ってないのでしょうけど」


「見えてるよ」


「……え?」


 両目を隠しているにも関わらず『笑顔』であると判断出来るほど、灰崎廻の口角は上がっていた。


「幽霊ではないけどね」


「な、何を言って──────」


「……ふはは、丁度良い!オカルト研究部、今年度初の活動だァ!面白いモノ見せてあげるよ」


 立ち上がった先輩はカバンを持ち、肩に下げた。夕日を浴びた彼女はドアに向かって歩んでから振り返り─────言った。


「一緒に帰ろうぜ、来栖クン」


 来栖悠人です。齢15にして……三上春、朝見星に次ぎ、新たに一緒に帰ってくれる女子が現れました。


「はい……」


 ─────灰崎廻の明らかに乗ってはいけない誘いすら、断るのは勿体無いと思ってしまうのが……そう、この来栖悠人です。

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