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I need healing !

「やっぱり進、いなくね?」


 ほとんどの奴は早々と帰っていった影響で人数の少ない教室を見渡すが、残っているのは……西澤グループの女子と、あと……。


「危険……危険はえー、あれだ。出てこねえ……クソ、夏休みの4分の一はこの単語に費やしたのに……あれだよあれ……d、d……ッ、思い出したッ!ダンゲロウスだッ!!」


 勉強してる馬鹿(桜塚)と────


「ら、藍木氏、やっぱりやめた方が良いですぞ!休み明けの教室でいきなりブロ●タやるなんて、絶対夏休みデビューだってバレますぞ……!」


「う、うるせー!俺達の荒川への煩悩を消し去るには彼女を作るしかねー!彼女を作るには陽キャになるしかねー!陽キャになるには……」


「確かに、ブ●スタをやるしかないですな……!」


「そーなんだよ!陽キャは皆ブロス●やってるからな、これで俺達も────」


 えー、ゲームしてる馬鹿(藍木)馬鹿(河邑)と、あと────


「すぴー……すぴー……」


「唯一知ってそうな三上は寝てる、と……」


「んぁ?よ、呼んだぁ?誰か呼んだよねぇ……」


 オフロス●ーみたいな寝起き姿を見せた三上に歩み寄り、俺はその薄く開いた瞳を覗いた。


「俺が呼んだよ、三上。進がどこ行ったか知らない?」


「え?トイレじゃないのぉ?」


「トイレ?」


「え、トイレって────」


 反応したのは高橋。顎に手を当てながら、苦笑いの表情を作った。


「無いとは思いますが……そういえばさっきの休み時間、あいつトイレ行くっつってたんですよ。もしかしたらそれからずっと帰ってきてないんじゃあ……」


「いや、それは流石に────」


 と、言いかけたところで。


 スマホを入れたポケットに伝わる、振動。


「あ、進から連絡来たよ」


 LIN●の通知と、その送り主の名前だけを見て俺はそう言った。安心したように次の俺の言葉を待つ皆に見守られながら、トーク画面を開く。


『チャイムに加えて足音が聞こえてきた。そろそろホームルームが終わったものだと判断するぞ』


「……?」


『既読がついたって事はそうなんだな?』


「えー、『そうだけど』……と」


『なら、親友に頼みがある』


「……!」


 ────ただならぬ予感がした。これはきっと俺にしか頼めない内容の、重要な要求。


 息をのみながら、『何?』と返す。


『ただ、一つだけでいいんだ』


 だが、送られてきたメッセージは────俺の感じていた危機感とはかなりベクトルの違うものだった。


『二階のトイレの一番奥の個室にトイレットペーパーを持ってきてくれ』


「……」


 少し間を開けて────俺の思考に再び宇宙がやって来る。


「????????」


『なんで?』とメッセージを送ると、すぐに返答が。


『焦ってたんだ。普段はする前に紙が残ってるか確認するんだけどな』


 『いやそっちじゃなくて』


『?』


 『なんで二階なんだよ』


 正直、どうでも良い事だ。気にする必要なんてない。あいつがケツを拭けない状況にいるというのは分かるし、それだけを分かっていれば良いし、さっさと助けに行きたいところだけど……どうしても気になってしまった。


 そんな俺の思考時間を待たず……進はやけに素早く、簡潔なメッセージを送りつけてきた。


『といれでせっくすしてるやつがいたせい』


 それほど怒りを込めていたのか、変換する前に送信された文章。


「────」


 本来なら俺達が使うはずの三階のトイレ。進がトイレに行ったのはさっきの休み時間。その場所、その時間にいたのは。そこで何が行われていたか、いや……そこからどんな会話が聞こえていたか。


『流石にエッチすぎてこれもう勃起不可避だろ……』


『何言ってるんですか本当に……』


「……い、いやまだそうだと決まったわけじゃ……」


「来栖君?どうしたんです?」


『じゃ、思い切ってここで立って、普通にしちゃいましょう』


『えぇ!?マジ?』


『普通にですよ、普通に!ちゃちゃっと終わらせちゃいましょうって』


『……分かったよ』


「……ま、まだ……」


「……来栖君?もしかして、線堂君に何か────」


『うぉ、来栖君ち●ぽデカいんですね~!』


「はい完全アウト。お前のせいじゃねぇか荒川ァ!!」


「えぇ!?ど、どういう流れで何が自分のせいなんですか!?」


 冷や汗を垂らしながら────俺は震える指先で『すまんそれ俺かも』と送信した。


「……じゃあ皆、行ってくるよ」


「は、はい……?」


「へ?」


「は?」


「ふわぁ、ねむぅ……」


 数秒後、L●NEを閉じた瞬間に送られてきた『しね』というメッセージに進の悲しみと殺意を感じた俺は、混乱する三人と微睡の中の一人を置き、既読を付けないまま二階のトイレへと走り出した────。

















 ー ー ー ー ー ー ー















「ふぅ……」


「……」


 まるで何事もなかったかのように、進は爽やかにハンカチで両手を拭く。


「まぁ色々言いたいことはあるが、まずはありがとな、悠人」


「あ、あぁ……」


「マジでふざけんなよ」


「ごめんて」


「はーもうさぁ……無いわー。トイレでセックスとかお前が普段一番嫌いそうなやつじゃん」


「いや語弊!セックスはしてないんですよこれが」


 確かに自販機までの道のりで路地裏セックスかましてたカップルにはムカついてた俺だけど……ってそれより誤解を解かなくちゃ。


「荒川とさぁ、連れション行ったわけ」


「……荒川健か」


「でもさ。今のあいつの隣で普通にトイレなんて出来るか?俺の隣で今のあいつが普通にトイレし始めたらまずいだろ?」


「言いたい事は分かる」


「それでどうしようって話になって、多分進はその時にしてた俺達の会話を聞いて、男子トイレでセックスしてる奴らがいる!ってなったんだろ?」


「……まぁ良い。経緯は理解した────だが」


 ため息の後、進はやけに鋭い視線で俺を貫いた。


「だが、だ。付き合う相手は考えろよ、悠人」


「……どういう意味」


「荒川健だ」


「さっぱり意味分からねえよ」


 冗談を言っているようには見えない。あぁ、間違いない……進の目はいつになく真剣だ。


「別に悠人がホ●だろうが、構わな……いや、困るな。すまん、やっぱそれは困る」


「良いから話せって」


「あぁ。ただ疑問なだけだ────逆に、何故お前は荒川健を危険に思わない?」


「何故って、そりゃ友達だし────」


「この約一ヵ月で急激に痩せ、加えてそれだけでは説明がつかないほどの変貌を遂げているのに?」


「何が言いたいんだ」


「────悠人の言う『ラブコメ』の手先なんじゃないかって話だ」


「なっ……」


 ハンカチをポケットにしまい、壁に寄りかかった状態で進は続ける。


「勿論、ただ可愛くなっただけじゃ俺もここまで警戒しない。実際、俺も夏休み期間はクラスの連中のノリに従って荒川健の変化をお前に隠していたわけだし。だが……ここまで露骨な悠人への態度が、どうも鼻につく」


「……」


「お前が俺のフラグを悉く折ってくれた影響かは分からないが、俺へ向いていた不自然なまでの女共の矢印は今となっては悠人に降り注いでいる。……荒川健を疑うのに、十分な状況って事だ」


「……言いたい事は分かる、けど────」


 俺が荒川を疑わなかった『理由』……それは明確に存在している。


「────『ラブコメの波動』は、感じないんだ」


「……なるほど。それが理由か」


 だってそりゃ、今の荒川はいくらなんでも……不自然すぎる。態度はともかく、少なくともあの見た目は……影山のような存在の関与を疑う。


 現実でも普通にあり得る事かもしれない。だけど、既に非現実の世界の中にいる俺は────疑う事をやめられない。


 そんな俺の判断に大きな影響を与えたのが、俺自身の能力だった。


「波動を感じないから絶対安全って決まったわけじゃない。でも現に、能力者である灰崎先輩や冥蛾ちゃんには波動を感じてる。他の波動を感じる奴らも、その……クセのあるやつばっかだし」


「……一理あるな」


 頷いた進だったが、その眼にはまだ疑惑の念が残っている。


「そんなに荒川が怪しいかよ?」


「……いや。実は、もう一つ別の理由があるんだ…………」


「別?」


「……この件に限っては、俺は関与出来ない。荒川健に『接触』出来ない────」


「へ……?」


「つまり、上手く助けになってやれないって事だ。…………何を企んでいるか分からない、武力で解決出来そうにもない相手だからな」


 そう言った進は壁から背中を離し、「帰ろうぜ」と歩み始めた。


「あぁ────」


 後を追うように、一歩を踏み出したところで────────


【意見を述べるような事は控えるべきだが────彼の言葉には同意せざるを得ない】


「…………ッ!?」


 ────俺の真横に、現れた。


 灰色の人影。神出鬼没で正体不明の存在が。


【来栖悠人は誰と接すべきなのか。重要なのはその点だ】


「……」


【誰とどの道を歩むのか。道は多く存在するが、もし道を踏み外してしまった場合────その先にあるのは破滅のみ】


 言葉を告げ終えた直後、余韻も無く人影は消えた。


(…………ふざけるな。誰とどう接するかなんて……俺以外の誰にも決めさせるもんか)


 叫びたい気持ちを押し殺し、少し震えてしまった足取りを整えていく。


「……」


 ────俺は、正しいはずだ。


 今もそう……間違った道を歩んではいないはず────。

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