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入れるように見えて入れないマップ、ありますよね

 まず、荒川健という男がなんてことない普通の陰キャでぽっちゃり体形で彼女持ちで俺の友人だという点に関しては、一切曇りなき真実である……いや、真実『だった』……これは間違いない。


 そして夏休みという期間を経て変化した点が『痩せた』という一つだけというのも、また間違いないはず。


 問題はその一点が、どうしようもなくデカい点すぎた事。


「あ、トイレですか?自分も行きます」


「ん、あぁ……あ!?」


「え?」


「あーいや、何もおかしくないのか……」


 始業式の後特有のよく分からない長さの休み時間。席を立った俺を追うように、荒川は立ち上がった。


 そう、男子なのだから……いくらそこら辺の女子より可愛くても男なのだから、男子トイレに向かうのは当たり前だ。


「ふふふ……来栖の反応百点すぎでしょ」


「そりゃ、流石の来栖さんでもアレは驚くぜ?」


「わたし達も初めて見た時はびっくりしたもん!ね、進くん」


「…………まぁ、な」


 進達、というか俺以外のクラスの全員が、荒川の変化を既に知っている様子だった。


 その理由はあまりにも単純で、因果の応報を感じるようなものだ。


「クソが……夏休み中に文化祭の準備に来なかった俺だけが知らなかったって、そんなのありかよ」


「ははは、丁度良いと思ったんですよ……来栖君が唯一練習に来なくていい役割に就いたって聞いて。ちょっとしたサプライズです」


 荒川は驚異的なダイエットに成功した後、文化祭の準備に顔を出していた。そのタイミングでクラスの連中が荒川の変貌に驚く工程は終わっていたんだ。


 と言っても俺が準備をサボったわけじゃない。夏休み前にそれぞれの仕事を決めた時に、俺はたった一つだけの『夏休み中に準備に来なくていい』役職を選んだ。


 それはポスター作製。ざっくりとした説明や目を引くようなイラストや写真など、校内に掲示する宣伝用のものだ。ある程度の労力は求められるが、家の中で一人で出来るため学校へ赴く必要が無い。そして俺は昔、引きこもり期間に『家から出ずに稼ぐ方法』が無いか必死に調べて、ちょっとした情報技術やらデザイン系のあれこれはかじっていたから……まぁ行けるだろと思ってしまった。夏休み中の登校免除という餌に食いついてしまった。


「えっ?」


 ─────と、俺がほんの少しの後悔を感じていた時。濡れた手をハンカチで拭きながらトイレから出ようとしている男子生徒が、俺と荒川……ではなく荒川の顔を見てぎょっとしたような表情を見せた。


「えっ、あの、ここ……」


「?」


「いや、その、ここ男子トイレ……」


「そうですね」


「女子トイレはあっち……」


「そうですね」


「……え、ここ男子トイレだよな……?」


 男子生徒は慌ててピクトグラムの方を振り向き、それがスカートを履いていないのを確認して胸をなでおろし─────もう一度荒川を見て、何故かはっとしたような顔をした。


「……あ、そっか」


「?」


「そっか、確かに……個室でやる感じか。さーせん俺邪魔ですよね、ごゆっくり」


 やけにニコニコしながらその男子はハンカチをポケットにしまい、少し駆け足で教室へ戻っていった。


「おい、流石にほっとけないレベルの勘違いして去っていったけど」


「困りましたね、これじゃあ香澄に浮気してるって勘違いされちゃいますよ」


「同性愛にご理解のある彼女さんで良かったな」


「逆に、今の虹色の世間では理解が無い方が排斥されますからね」


 気まずい空気─────には、ならない。


 気まずさを感じているとしたら、俺が一方的に気にしているだけだろう。荒川からしてみればダイエットに成功しただけで、別に女子の制服を着ているわけでもあるまいし……。


 ただ、その……やっぱり、小便器の前で俺の動きは停止してしまった。


「……」


「どうかしました?」


「お前さ……個室使ってくれよ」


「なんでですか。自分、大は出ませんよ」


「いやぁ……」


 別に、勃っているからチャックを下ろせないってわけじゃあない。勃ちそうではあるけども、まだ耐えている。


 だとしても。だとしてもほぼ女子みたいな……なんなら女子より可愛い顔してる奴の隣で性器を露出できますか!?


「隣り合ってションベンなんて、俺には出来ない……荒川、お前と友達であり続けるためにも……!!」


「深刻そうに言いますけどここは男子トイレで、自分らは用を足そうとしてるだけですからね」


 ため息をついた後、荒川は視線を宙へ向け、少し悩んだように眉を動かした後─────小さく、口を開いた。


「……自分、一人じゃないと上手くトイレが出来なかったんです」


「!」


「ほんとに、恥ずかしい話ですから他言しないでくださいよ!香澄にも言えてないんですから……」


「う、うん……」


「何と言いますか……休み時間にトイレへ行って、そこで陽キャがわいわい話してるとUターンして教室へ戻って、授業が始まってからわざわざ手を挙げて席を立って誰もいないトイレで致すんです。それが自分の日常です」


「……な、なんでそんな事」


「出ないんです」


「え……」


「怖くて。縮こまっちゃって……いつからこんな、病気みたいな……変な風になったかは覚えてないんですけどね。中学生の時には既にこうなってました。ただ元気に話してるだけの、自分と同い年の男の子がたまらなく恐ろしくて─────」


「……」


「─────自分ら、連れションするの初めてじゃないですよね?」


「え、あ、うん……普通に藍木とか桜塚とか河邑とかと話してる時に、流れで……」


「きっと─────自分に出来た初めての『友達』が来栖君達なんです」


 照れくさそうに頬を掻き、荒川は笑った。


「自分が個室を使わないと来栖君が困るっていうなら、自分は使いますよ。その気持ちは十分分かってるつもりですし─────」


「あぁいや、ちょっと待って」


「え?」


「俺気付いちゃったんだけどさ……」


 この話の流れで荒川を個室に押し込むのは倫理的にどうなんですかってのもあるけど、ほかに懸念すべき点が一つある。


「まず、お前が個室に入るとする」


「は、はい」


「そして俺は致そうとする─────もちろん、お前もだ」


「そうですね。それが何か……」


「後ろの個室から……聞こえてくるんだよ。お前がベルトを外す金属音が。パンツをずらした時の布の擦れる音が。水面に尿が落ちる音が!」


「……」


「流石にエッチすぎてこれもう勃起不可避だろ……」


「何言ってるんですか本当に……」


 正直言って、男の娘は結構好きなジャンルだ。漫画やイラストで抜いては、三次元での男の娘……女装男子とかの呼ばれ方をする奴らの写真を見漁り、なんかちげぇなと愚息を萎ませる……それが日常だった。


 そこに突如振ってきた彗星。荒川健という男の存在は、俺の常識を揺るがすほどの『美』を携えている。


 ……興奮するなと言うのは、あまりにも無理難題だ。


 友人相手に興奮するのはどうなのって話はあるが、世の男達が女友達に対して一ミリも性欲を抱いていないかと言うと、違うだろ?今の荒川はそれと同じだ……。


 が、当の本人は淡々と俺の懸念を押し通ってくる。


「じゃ、思い切ってここで立って、普通にしちゃいましょう」


「えぇ!?マジ?」


「普通にですよ、普通に!ちゃちゃっと終わらせちゃいましょうって」


「……分かったよ」


 そう言った荒川は小便器の前に立ち、そそくさとチャックを開け始める。


 慌てて俺もチャックを開け、慎重にソレを外界の空気にさらす。


「……」


「……」


 おっけ。鋼の精神でなんとか荒川へ視線が向かないようにしてるから、俺の愚息はただ単に友人の隣で排尿しているだけだと認識している。


 このまま上手く行けば何事もなく────────


「うぉ、来栖君ち●ぽデカいんですね~!」


「流石にそれは狙ってやってるよな!?」


 ケラケラとウザい笑い声を発し、荒川は『冗談ですよ』と言い─────そこで、少しの沈黙が訪れた。


「……」


「……」


 便器にぶつかる、水の音二つ。漏れ出るような息遣いもまた、二つ。


「……」


「……ふぅ」


「……」


「……あ、その」


「ん?」


 そこで俺は─────荒川の方を向いてしまった。もう排尿は終わっているから別に良いだろうと、軽い気持ちで首を動かした。


「その─────」


 悪戯っぽく微笑む荒川の、あまりにも罪過ぎる笑顔を目にしてしまった。


「大きいなって思ったのは、冗談じゃないですよ?」


「……」


 正直言って俺はもう、どうにかなってしまいそうだったが……踏み止まれたのには、ある理由がある。


 NTRが嫌いな俺が、寝取る側に回ろうだなんて─────示しがつかないからな。















 ー ー ー ー ー ー ー















 ────違和感を覚えた。


 何故、来栖悠人と荒川健が男子トイレでこうして話している中、誰もトイレに入ってこないのか。


 一人くらいは────そう、一人くらいは。彼らのように用を足そうとした者がいてもおかしくないのではないか。否、いない方がおかしくないか、と……。


 実際、一人だけいたのだ。


 だが『彼』は入らなかった。


 否────入れなかったのだ。


「……は??」


 ぶつかって赤くなった鼻を抑えながら、その男子生徒は目の前の『見えない壁』を凝視しようとした。


「……おい、まさか……嘘だろ……」


 そして彼────線堂進の顔はみるみるうちに青ざめていく。


「クソが……クソがクソがクソがッ!クソホ●が盛りやがって……ッ!!」


 男子トイレに充満していた『BLの波動』────それに阻まれた進が行ったのは、地道に波動を破壊していくことではなく、下の階のトイレへの全力疾走だった。


「お前らはケツの中に小を出し合うだけだろうが、俺はケツから大がひり出そうなんだぞ……ッ!!」


 その『お前ら』の中に彼の親友が含まれている事を、悠人達がトイレに向かうのを見ていた進は分かるはずだったが────普段の冷静さのリソースを全て肛門括約筋に注いでいる今の進に出来るのは、涙ぐみながらも衝撃で穴が緩まないよう、迅速かつ慎重に階段を駆け降りる事だけだった────。

そういえばなのですが、ブックマークと評価よろしくお願いします。

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