ついに進化しました
「まさかこの俺が上履きを忘れるとはな……」
「何がまさか、だ。悠人は長期休暇明けに毎回やりがちだろ」
「小学生の頃とか、何もかも忘れた状態で登校しようとしたせいで、一緒に準備しなおした進くんまで遅刻した事とかあったよねぇ」
「そうだそうだ、そんな事もあったな!ほら返せよ俺の皆勤賞」
「言うほど大事なもんかね、一年間だと修了式に小さい賞状貰うだけで、一年からフルで皆勤だとしても卒業式にちょっとイキれるくらいでしょ?」
……なんて、皆勤賞とか一度も貰ったことが無い上に、毎朝進と登校するという習慣が無ければ絶対に遅刻魔だったであろう俺が言っていいことじゃないけどな。
「ホームルームまであと……あぁ、この調子なら間に合いそうだな」
「わざわざ二人がついてくること無いってのに……ただスリッパ借りるだけだよ?」
「付き添いだ」
「側近だよぉ」
「側近はなんか違うだろ……」
生徒指導室から教室への道のりを、進と三上と共に進む。健康的な生活を送っているこの二人のおかげで、俺の登校時間もかなり余裕のある時間帯に到着するようになっている。だから教室と生徒指導室の間はそう短くない距離なのにも関わらず、走らなくても間に合ってくれるんだよな。
「夏休みデビュー勢いるかな?どうなんだろ」
「あぁ、でもうちは髪染めるの禁止だし、そこまで見た目が変わる奴なんていないんじゃないか?」
「それはそうだろうけどさ……なんか、夏休みデビューとか噂に聞くだけで実際に目にしたことは無いしさ。見てみたくて」
「ちょっと分かるかもぉ。日焼けしてきたり、とかはありそうじゃない?」
なるほど、確かに肌を焼くだけなら校則には引っかからなそうだ。ちゃんと目を通したことが無いから実際は分からないけど、黒くなって来る奴もいるかもしれない。
「だとしても……誰だ?」
「西澤とかどう?白ギャルが一転して黒ギャルに大変身。何故だか寝取られたような気分がクラス中に漂う、二学期の始まり────」
「……なんか嫌だな、それは……別に西澤がどうなろうと関係ないのに……」
「雪音ちゃんには合わないよぉ」
「じゃあ誰だろ……あ、荒川は?あいつのダイエットアピールLIN●ウザすぎて夏休み中何度もスマホたたき割りそうになったんだよ」
「そ、そんなにぃ……?」
体重が減るたびに報告してきて流石にだるかった。『心なしか体調も良い感じがします』だとか『頭が冴えてきました』とか『筋肉も結構ついてきたんですよねw』とかのコメントも鼻につく。
一番うざかったのは夏休み後半から報告が途絶えたことだ。恐らく、というか十中八九誘惑に負けてリバウンドしたのだろう。わざわざ俺に報告するくらいハマってるなら最後までやり切れよ。俺は何のためにあのメッセージに既読を付けていたんだ。
「じゃあ────答え合わせと行くか」
進が親指で指した先の、一年七組の引き戸。
俺は少し勢いをつけ、ガラッと音を立てて戸を開き────────
「……ん、おはようございます、来栖さん!」
「わ、来栖の顔久々に見た」
まず一番に目に入ってきたのは、声をかけてきた高橋圭悟と西澤雪音。
「なんだ、黒ギャル化してないのか……」
「は?」
「すみません来栖さん、こいつ昔から空気読めないところあって!」
「いや読める方でしょ私は。ってか空気読んで日サロ行くやつなんかいないし……」
「他のみんなもいつも通りっぽい、か────」
俺が進と三上と教室を見渡し、頷いたところで────気付いた。
(いや、一人。一人だけ夏休みデビューしてるやつがいるぞ……!)
それは一人の女子だった。
俺の後ろの席に座る……つまり荒川の席を勝手に使用している女子だ。
女子に席を勝手に使われるというイベント。『あ、そこ俺の席だから、その……ど、どいてほしいなって……』とかボソボソ呟いた後に『は?あぁ……だる』とか言われなければいけない、いわゆる負けイベントだ。
……が、今回ばかりは荒川が少し羨ましい。
(この女子、めちゃくちゃ可愛くなってるけど……誰だ?)
この子の尻の温度を椅子越しに感じられるのは流石に問答無用の●起案件だと言わざるを得ないくらいに可愛い。ビューティフルというよりキュートよりの顔立ちだが、顔の一つ一つのパーツは美しい造形で文句の言いようがない。少し短めの髪も、ショート派の俺のツボを的確に突いている。スカートではなくスラックスを着用しているガチで無能な女子は一定数いるけど、ここまでの美少女がそんな恰好をしているとなると……それはむしろ大アリだ、趣がある。ラブコメの波動は感じないが、灰崎先輩達に引けを取らないレベルの高さは保証できる。
問題はこの子が誰だか分からない事。夏休みデビューとは言え変身しすぎじゃないか?一応クラス全員の顔と名前は憶えているはずなのに、誰なのかが分からない。
(男子の席を勝手に使うような女……と言うと西澤とその取り巻きか)
とか考えたが、なら西澤の周囲にいるはずだ。今の西澤の周りには……いつもの数人の取り巻きの女子と、高橋達がじゃれあっているという状況。つまり西澤グループ以外の女子しか────
「おはようございます、来栖君」
「────」
「……おい、悠人?チャイム鳴ったし、とりあえず座れよ」
「え、あぁ……そっか」
聞こえてはいた……が、チャイムの音は耳から耳へ脳を通らずにするっと抜けて行ってしまっていた。
代わりに脳にこだまするのは、発せられた『おはようございます、来栖君』という文字列。
その少し低めな声色が、どこか……何故か────────似ていた。
……きっと気のせいだと我に返り、俺は一ヶ月半ぶりの椅子に座りながらその女子生徒に言った。
「……あんたも元の席に戻ったら?荒川が遅刻だろうと、流石に────」
「……ぷふっ」
「?」
彼女の漏れ出たような笑みの理由が分からなかった。
今、俺は席に座っただけしか行動をしていない。特に変な座り方をしたわけでもないし、急にどうして────
「ふっwでゅふっ、いや……w来栖君ww」
「……」
「んいや分かりませんかww見抜けませんか……ww」
「……」
「あーwおもしろ……それにしても、来栖君のそのアホ面を見れただけで、頑張った甲斐がありましたよw」
「……」
「改めて、二学期も自分とよろしくしてくれますよね、来栖君」
────どうせ今、間違えようとも……大したリスクは無いし、言ってしまおうと……そう思った。
俺の直感と本能を信じて────言葉を紡ぐ。
「うん、よろしく────────荒川」
その後、満足げに頷いた彼は……起立の号令に従いながら、柔らかな微笑みを見せた。




