ここで今までの行動が布石となるんですね
「えぇ、その通りですよ」
仮面を張り付けたような不気味な笑顔よりも、今の線堂進の行動の方が不可解であり、悍ましいと灰崎廻は感じている。
だが同時に─────『真実』へと近づいている実感もまた、感じていた。
「そしてワタシ達と同じように、今までのループの記憶を持っている」
「えぇ……そうです。俺が『悠人を救う方法』に辿り着けたのは、前回の悠人が送ってくれたメッセージのおかげなんです」
【視線の先はスマートフォン。トーク画面に入力された文字を送信するかしないか、親指が決定権を渡されないまま空中をさまよっている】
『実は今日の11時から12時半までがループしていて、既に今回で四回目なんだよ。自覚できるのは多分俺たち能力者だけで、灰崎先輩と豪火君と色々頑張ってみたけど抜け出せなくて。しかもループの最後が俺が溺れ死ぬっていうシチュエーションで固定されてるんだ。でもようやく気付いたことがあって、多分この状況を仕組んだ影山がこの前俺に送ってきたヒントっていうのがあるんだけど、その写真は俺と三上がキスしてるっていうものなんだよ。もし影山の言葉を信じるなら、三上の人工呼吸でしかおれは助からないのかもしれない。そしてそれこそがループを抜け出せる条件なのかもしれない。信じられないかもしれないけど、協力してほしい』
『……』
【馬鹿げてるだろう】
【それでも─────こんなクソみたいな文章を送らなければいけないくらいに追い詰められてしまっている】
「悠人はループから抜け出す『手段』に辿り着けた。でも肝心な『誰と人工呼吸をするのか』が間違っていたんだ……そしてそれを補完するのが俺。俺は『この海の目的』に、あいつを助けなきゃいけないのが俺だってことに、『自分の能力』のおかげで気付く事が出来たんです」
「……やっぱり、キミも能力者なんだね」
それは明確な事実だろうと、今の進の言葉を聞いた廻も考えていたが─────不可解な点が一つだけ存在する。
「参ったなァ。線堂クンの日常の波動の量からして、能力者ではないと思ってたんだけど……」
「あぁ……俺の非日常性が薄いって話ですか。それは恐らく、俺の能力が悠人やあなたと比べて『弱い』からでしょうね」
「……弱い?」
「えぇ。『見る』、『嗅ぐ』、そして『感じる』─────それらに比べれば、俺の能力は弱い。一般人に近いって事です」
「……そんな、事が────」
だが、廻は彼の言葉に納得してしまっていた。
何度も考えた事がある─────来栖悠人の『感じる』という能力は、『見る』『嗅ぐ』より明らかに異常だと。現実味がなく、自分や豪火と比べて格が一段階上のような……曖昧な心配を抱いていたのだ。
加えて……廻は無意識に、『線堂進は来栖悠人に隠し事なんてしない』と決めつけていた。彼らの信頼を尊び、疑っていなかったのだ。
(線堂クンは能力によって『この海の目的』に気付いた。そして来栖クンに人工呼吸をしなきゃいけなかったのは線堂クン。つまり、それは─────)
混沌としていた思考は加速し、やがて一つの推測をまとめ上げようとしていた、その瞬間─────。
「『BLの波動を触る』能力です」
「うぇ」
「……ククク。今、推理しようとしてただろ?賢いあなたならどうせ気付けるだろうから、先に教えておきましたよ」
「BLの、波動を……」
呆然とする廻に、進は慌てて弁明するように大げさなジェスチャーを取った。
「ちょっと、勘違いしないでくださいよ?俺は同性愛者じゃないし、悠人に恋愛感情を抱いているわけでもない。……影山賽理、あのクソ女の仕業かは分からないが、俺にこんな能力を植え付けて……あぁ反吐が出る!」
「……そう」
「……でも。どうしてなんでしょうね。悠人に対して俺の能力は時々発動してしまう─────その時、俺は悠人を触ろうとしても出来ない。あいつを覆う『波動』に阻まれるんですよ」
「キミは来栖クンに触れないって事?」
「時々、ですね。あなたのように四六時中苦しめられているわけじゃない。悠人が俺に嬉しい事を言ってくれて、友情を感じただけだというのに……能力は発動する。ククク、そのせいであいつと喧嘩に負けかけた事だってあったな」
『俺はただ─────親友を人殺しにしたくないだけだ』
『えっ』
『きゃぁ、悠人くんかっくぃー!』
【あぁ、格好良い言葉だ。格好つけたのだから当たり前だ】
【そして─────俺は単に格好つけたかったからこんな臭い言葉を吐いたんじゃない】
【これは『進の癖』を利用した、立派な作戦だ】
『そ、そうかよ……』
【進が照れくさそうに視線を俺から逸らした瞬間───────】
【俺の腕を掴む手の力が緩んだ】
『ははははは!まんまと引っかかったな馬鹿がよぉ!!』
『へ』
【直後、俺は進の手から腕を引っこ抜き─────】
『オラッ……!』
【─────進の顔面目掛けて一直線、ストレートパンチを打ち込んだ】
『くっ……』
【当然の如く運動神経皆無陰キャの渾身の一撃は避けられ、少し進の頬を掠っただけで終わった】
『いっつもそうだ。俺と取っ組み合いになった時、俺がお前を照れさせるような事を言うとすぐ力が弱まるんだよなぁ!』
「待って、だとしたらキミはどうやって─────」
「……クク」
「─────どうやって、来栖クンと人工呼吸をしたの?」
人工呼吸は立派な救命活動であり、それ自体に邪な感情を持つ事は仕方ない事ではあるかもしれないが、正しい事ではない。
だが悠人の言うように、ラブコメ等では疑似的なキスを強制させるイベントとして使われる。人々は口で口を覆うという行動と、唇と唇を合わせるキスをどうしても重ねて見てしまうのだ。
「例えば本屋のBLコーナー。あそこに俺は入れない。入る必要もありませんがね……春がハマる事はないようにと祈る毎日です。この海でも、あの『桟橋』とか……あそこは異常だった。恐らく、最も自然に悠人を死なせ、俺との人工呼吸に導こうとしているのはあの場所だったのでしょう。悠人が溺れたっていうのに、俺は波動に阻まれて─────近寄ることすらできなかった。矛盾しているようにも思えますが、その矛盾こそが狙いだったのかもしれませんね……」
『ゆ、うと、くん……』
【三上春はそのすぐ側で見ている事しか出来なかった】
【大切な幼馴染が体温を失っていく光景を、何も出来ないまま見続けている】
『……悠人』
【線堂進は───────ようやく一歩を踏み出し、木の板を踏み締めたところだった】
【大切な親友が息絶えたのを、その目で見届けた】
「でも─────こう考えることは出来ませんか?」
その拳を握り締め……進はもう片方の手のひらを叩いた。
「『触る』事が出来るのなら、『破壊』する事も出来るのでは─────って」
「─────『応用』、だね」
「確か、先輩方も使えるんでしたよね?なら話は早い……俺はBLの波動を破壊する事が出来る。もっとも、BLの波動が出続ける本屋のBLコーナーに入るには、永遠にシャドーボクシングをしている不審者にならなければいけませんがね」
「なるほど……ワタシはさっき、キミが来栖クンを殴ろうとして寸止めしたようにしか見えなかったけど─────違ったんだ」
「はい。人工呼吸ってほぼキスみたいなものじゃないですか。だからどうせ波動があると思ってたんですが、案の定正解でしたね。そもそもこの海に来てから、悠人の周囲を波動が覆っていたんです……少し壊してみたりもしたんですが、無意味でした。あいつに近づくだけであちこちぶつかって、ムカつくったらありゃしない」
『なぁ進、お前……体調でも悪いのか?』
『……やっぱり分かっちゃうか?』
『親友だからな、それくらいは』
『うぇえ何何?全然気付かなかったんだけど……キモッ』
『ククク……まぁ、あなたには気付けないでしょうし、『気付いてもらえない』でしょうね……』
『……はァ?え、何それマウント?きっしょ……』
『ちょっ、なんで二人が争うんだよ……で、進は大丈夫なのか?』
【苦いモノでも噛んでいるかのような、歯にほうれん草でも詰まってるかのような、騒ぐほどじゃない程度の頭痛がずっと続いているような……微妙な不快感を抱いていそうな表情だった】
『あぁ、問題無い。ちょっと疲れててさ……あっ』
『へ?』
【ビュン───と俺の顔の横を切る風の音】
『蚊いた、蚊』
『だからってそんな渾身のストレート浴びせる事あるゥ!?蚊って殴って潰すもんじゃないでしょう!』
『そんな事してるから疲れるんだろ……懐かしいな、進が厨二病の時よくやってたよな、殴って虫潰すやつ』
「要するにこの騒動は、悠人の言う通り『人工呼吸と称してキスをさせる』ために仕組まれたもので、そのターゲットが悠人と俺だったんです。そういう……腐敗した世界が、ここだった」
「……」
「でも、俺達は勝った。ようやく時間は進む……先輩も色々頑張ってくれてましたよね?お疲れ様で─────」
「なに、良い話でまとめようとしてんだよ」
砂にまみれた身体のまま、彼女は立ち上がった。
言葉に込めるのは─────怒りと疑い。
「なんで……能力者だって事を今まで隠してたんだよ」
「……」
「親友なんじゃないのかよッ!お互いの事は何でも知ってる仲じゃないのかよッ!来栖クンが自分の力の事で思い悩んでる時、キミはどうして打ち明けなかっ─────」
「……ククク。クククククク─────」
三日月のように口角を吊り上げ……さっきまでの余裕ぶった笑みではなく、目の前の者に対して呆れているかのような、嘲笑だった。
「何も分かっちゃいない。お前は俺と悠人の事を……何も。何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何もッ!!」
「っ……」
「……まぁ、良い─────まだ重要な工程が残っている。悠人が目を覚ます前に済ませてしまいましょうよ、先輩」
「……あ?」
廻が倒れていた時と同じように、進は再び彼女を見下ろす。
「取引をしましょう。俺とあなた、そして悠人のための取引を」
「取引?」
「簡単な内容です。まず、俺からあなたへの要求がある──────────」
自らの唇に人差し指の先を当て、進は昏い瞳で言い放った。
「俺の能力について─────誰にも口外するな」




