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誘導に従って大丈夫です

「やァ」


「ども」


 手渡されたスマホを受け取り────────俺は待ち受けていた灰崎先輩の隣に腰掛けようとする。


「ちょちょ、待って待って」


「?」


「どっか行かね?適当に……ブラブラ歩いたりさァ」


「でも……」


「ワタシがそうしたいんだ。特に他の感情とか無くて。……来栖クンは?」


 立ち上がり、俺の隣に立つ灰崎先輩の目は……俺に申し訳なさを感じているように見えるし、そんな事は全くないくらい純粋に楽しみたい気持ちがあるようにも見える。


 結局のところ、人心は推測するしかない。そして俺は未だに灰崎先輩の心理は理解しきれない。だから……こういう時は────。


「……じゃあ、行きましょうか」


 俺がそうしたい方を選ぶ。先輩の意図がどうであろうと、後輩として胸を借りる気持ちで……甘えてしまおうと思った。







「何してたの?さっきまで」


「朝見と榊原が水をかけあってるのをずっと眺めてました」


「それは分かってるって。なんでそんなバカげた時間の過ごし方してたのって意味」


「いやぁ……意外と楽しいっすよ、アレ」


「マジで言ってる……?」


 前を歩く灰崎先輩のぷりぷりの尻を睨み続け、先輩が振り向くたびに目線を上げての繰り返し。


「そういやさァ、来栖クンって弟いるんだっけ?」


「はい」


「えーと、確か小学生だったよね。どんな子なの?」


「…………悪い奴では、ないですよ」


「弟に対してする評価かよ」


 一言で表すのが難しいクソガキなんだ、海人は。ませているようで、俺の真似をしたがるところは子供っぽいとも言えるし。冷静で達観しているけど、女子を敵視するのは小学生高学年男子に見られる代表的な特徴だ。


「来栖クンはどういう子供だったの?」


「俺ですか」


「うん」


「…………悪い奴では……」


「再放送いらねェって。うーん、でも確かに昔の自分を言い表すのはムズイかァ?」


「なんというか、普通の子だったとしか言えませんね……」


「なるほどねィ。……気になるんだよね、昔の来栖クンの事」


「それはまた、何故です?」


「────なんか、ね」


 一瞬言いよどんだ後、灰崎先輩は歩行の速度を緩め……俺と肩を並べた。


「なんか……うーん」


「なんすか」


「言葉に表すと『線堂クンに嫉妬してる』なんだけど……ちょっと違うような気もしてさ」


「……進に?」


「キミと線堂クンは『親友』じゃん?」


「まぁ、そうですけど……あの、あまり親友親友言うのやめてもらっていいですかね。やけに親友を親友って呼びたがる中学生みたいで恥ずかしくなるので……」


「はァ!?来栖クンだっていつも言ってんじゃん!」


「それはその……関係を言い表すのに最適な言葉なので……」


 多分、自分や進が言っている時は気付かないだけなのだろう。それ以外の人から親友って言われると、なんか……恥ずかしい。


「で、嫉妬っていうのは?」


「なんかさァ、恋人とかじゃなくて友達とかでもさ、嫉妬みたいな感情ってあるだろ?」


「……?」


「一緒に話してるときに別の友達と言った旅行の話とかされるとさァ、なんか嫌じゃん」


「はぁ……そうすか……」


「嫉妬とか独占欲って言うには大げさなんだけどさァ。え、分かるよね?うわ自分は一番の友達じゃないんだなァってなったり。友達に優劣なんて付けたくないし、一番じゃないからってなんだって話だけどさァ、なっちゃうじゃん?」


「???????」


「ワタシと話してる時はワタシ以外の友達の話、あんましないでほしくない?恋人の話とかも嫌な時あるんだよなァ」


「!?!?!?!?!?!?!?」


「分かんねェか……そんな大きい感情じゃなくて、ほんの小さな豆粒くらいのモヤモヤなんだよ」


 マジで何を言っているのか理解が出来ない────のは、俺に進以外の友達が少ないからかもしれない。……いや、荒川達がその話をしたとしても俺は別に何も……うーん、やっぱり分からない。


「線堂クンは……来栖クンの事を何でも知ってるみたいでさ。キミの心理状況も全部分かってるみたいで」


「それはあいつがキモいだけでは?」


「うぇ、そ、そうなんだ……まァ冷静に考えればお互いの事丸分かりなんていくら幼馴染でも────」


「はは、冗談ですよ」


「え……」


「確かにあいつはキモいっすけど、俺も進の考えてる事なら大体分かりますし」


「……」


「さっきも進、遠くから俺を心配してる感じの目で見てましたね。あいつは事情を知らないし、今回の俺は楽しく過ごしてるってのに……やっぱ分かっちゃうもんなんですよね」


「……やっぱ、キモいねェ」


「あいつやばいっすよね!特に笑い方とか絶対直した方が良い────」


「いや来栖クンも含めてキモい」


「えっ……」


 キモッ……いのか、俺も。


 ────────そうか…………キモかったのか…………。


「でもやっぱ羨ましい……うん、『羨ましい』だ!嫉妬よりこっちの方が適した表現だなァ」


「そうすか。まぁ親友呼びをしたがる中学生って女子のイメージが強いですね」


「その捻くれ具合まで真似するつもりねェからな」


 エック……あの頃はT●itterか。プロフィールに『親友→@●●●●●●』みたいな感じでやってた奴ら、ほとんど女だった気がするけど……確かに俺が女を敵視したがってるからそう思い込んでるだけかもな。


「あァ、きっと────三上サンもそう思ってるんじゃないかな?」


「三上が?進に?」


「そうじゃなくて、来栖クンに」


「……俺に?」


 白い人差し指が俺の鼻先をつつき、灰崎先輩は控えめに微笑んだ。


「線堂クンの一番は、どうせキミじゃないか」


「────」


 ……今まで考えたこともない視点だった。


 だけど灰崎先輩の理論が他の人にも適用されるのなら、三上は間違いなく俺に……嫉妬、しているはずだろう。


「んでも、キミはキミらしくあるのが一番だと思うぜ?それが来栖悠人でしょ────────」


 言葉が終わった瞬間、手に伝わる振動。


「あっ……」


「ン、スマホ?誰かから連絡?」


「いや────────アラームです」


 ひょこっと顔を近づけて、スマホを覗いてきた灰崎先輩の顔が……画面を見た瞬間に強張る。


「話すだけでも時間って結構過ぎていきますよね。もうすぐ……12時半だ」


 12時25分のバイブレーションを止め、俺はスマホをポケットにしまう。


「……あーあ、来栖クンが朝見サン達と戯れてたからワタシが中々近づけなかったせいだなァ。もっと歩いていたかったのに」


「でも────人気は無いですよ。ここなら丁度良い」


 俺が最初に死んだ桟橋─────とは、正反対の方向の場所だ。通りすがりの人が話していた噂だからよく分からないが、どうやらあそこの近くでイケメンとヤンキーが喧嘩しているらしく……意味の分からない状況すぎて見に行ってみたさもあったが、時間がなかった。それで仕方なくこっちに来たけど……桟橋と同じように人がいないのは、仕組まれているからなのだろうか。


「……えっと、ありがとうございました、灰崎先輩。おかげでゆっくり休めました」


「……」


「まだ決まったわけじゃないですが……次で終わらせられるかもしれません」


「……うん」


「じゃ、またお会いしましょう。先輩は、その……少し、離れていてほしいというか────────」


「いや、断るぜ」


「……へ?」


 ────いつになく、真剣な表情だった。


 それも、危機感による真剣さとかではなくて……目の前の壁を全力で乗り越えようとしているような、そんな顔つきだった。


「ワタシはこうやって、来栖クンと話していたいのさ」


「で、でも俺は今から────────」


「助けられるかもしれねェだろ!?」


「えっ……」


 声を荒げた灰崎先輩を咎める者はいない。いるとしたら、それはこの場にいる唯一の彼女以外の人間である俺だったが……だが、有無を言わせない迫力が先輩にはあった。


「ワタシが!キミを!普通の手段でさァ!」


 その剣吞に……思わず後ずさりをしてしまった。それほどに熱い、熱い思いが…………迫りくる死に向けて加速し始めていた心臓に染み渡る。


「人工呼吸を出来たのは一回だけ。ワタシがもっと上手くやれてたらキミは助かるかもしれない。そうだろ?」


「それは、そうですけど……でも……!」


『無力感』────12時半になった時、絶望的な息苦しさと共に押し寄せるのは圧倒的な無力感だ。


 どうやっても抗えない死。超常的な何かを感じてしまうのは俺だけなんだ。実際に何度も死に、この世界が『物語』である事を知っている俺だけ。


 俺が溺れるという『シーン』は、もう決定づけられている。


「……もしキミが次回、キミの言う『手段』でこのループを終わらせてくれたとしてもね……ワタシはきっと、来栖クンに向き合えない」


「……」


「ただの自己満っつったらそうかもね。でもワンチャンあるならそれはあり得るって事だろ?見つかりにくい真実って言うのは誰もそうだとは思わないからだろ?なら────ワタシにとっての『前に進む』っつーのは、キミを助けるのを諦めない事だと思う」


 ……死の瞬間を、見せたくなかった。俺以外の誰にも。灰崎先輩には特に。


 でも────────こんな事を言われちゃあ、しょうがないじゃないか。


「……これ」


「?」


「持っといてください」


 俺が先輩に差し出したのは────さっきポケットにしまい込んだスマートフォン。


「せっかく助かっても、海に落ちて壊れてゲームが出来ないんじゃ死んだも同然なので」


「……はは、はははは!そうだね、その通りだ」


 渡した瞬間に……俺は灰崎先輩に背を向ける。


 痛くて苦しい死には、もう慣れた。


 でも今この瞬間、俺が胸を張って海へと歩んでいけるのは────慣れのせいじゃないと思う。


 あぁ。実感している。


 俺は────────間違いなく前に進んでいるのだ、と。

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