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やってみたら意外と行けたりするものです

 一時間半。来栖悠人が休むために必要とした時間はたったそれだけ。


 そう、たったそれだけだ。そんな短い間だとしても─────否、だからこそ動かなければならない。


 灰崎廻と詩郎園豪火に出来ることは少なく、悠人が次の週で行動するのを待つ以外にすべきことはない。


 そう、すべきことはない。彼らは無力だったとしても─────否、だからこそ動かなければならない。


「……じゃ、ワタシはまた手がかりを探してみる」


 ポーチの中から眼鏡を取り出し、廻は席を立つ。無謀だと知りながらも、いても立ってもいられない……何かしてやりたいという欲を満たすため、見つけられない手がかりを探しに────。


 ……が、一人の男の声によってそれは阻まれる。


「おぉ、いたいた。先輩方!」


 快活だがどこか人を嘲笑うような含みのある声色のその男は────────仲の良い幼馴染の少女を連れず、一人で廻と豪火のテーブルにやってきた。


「……線堂クンじゃないかァ」


「どうもどうも」


「はいどうも。ってか豪火、オマエ線堂クンが来てるのに気付いてただろ?言えっての」


 線堂進は悠人曰く『ラブコメを引き付ける力がある』と言うくらいには、廻からも日常の波動は少なく見えるが……悠人や豪火達能力者と比べればまだまだ日常の波動が多い方なのだ。喧騒に包まれる海の家の中では人間と人間の波動に混ざってしまい、進を見つけるには視覚探索絵本へ向ける程度の集中力が必要になる。


「ん?なんでわざわざ報告する必要があるんだ?」


「いや、まァ……じゃあ良いよ、別に」


 ため息をつきながら、廻は怪訝な視線をその男────線堂進に送る。


(多分、あの事言われるんだろうなァ……)


 廻は精一杯『どっか行ってくれ』のオーラを放つが、その努力も虚しく……彼は一人でに語り始める。


「珍しく、悠人と離れてるんですね……喧嘩でもしましたか?」


「ほーら絶対それ言うと思った!はァ……だっる……」


 舌をべっと突き出し、廻は諦めたようにふんぞり返る。


 事情を知らぬ『親友』という存在にその事を言及された後の言い訳、そして繰り広げられるであろう煽りによる血糖値の上昇。憂鬱の二文字が脳内に浮かび上がった頃には、進の言葉の先は紡がれていた。


「別に文句を言いに来たわけじゃないですよ、ただ……」


「ただァ?」


「悠人とあなたの仲が消滅していく……それだけは『絶対に』避けるべきだと思ったので」


「……ふゥん」


 驚くほど真っすぐな瞳に狼狽えつつ、廻は彼の言葉に意識を寄せる。


「何があったかは知りませんけど、親友である俺から言えるのは────────」


「……」


「あいつは『来る者拒まず去る者追わず』ですよ。仲良くなろうとすれば仲良くなれるけど、少しのすれ違いで悠人から離れてしまった時────あいつは歩み寄ってくれない……そうしない方が傷つかないって、無意識で判断して……例え悠人も関係を保ちたいと思っていたとしても、あいつは自分から動けない」


「女の子みたいに聞こえるねェ」


「俺はあなたの方がよっぽど『女』って感じの女々しさがあると思ってますよ」


「ずっと一緒にいるだけあってセリフも似てるなァキミら」


「『親友』ですから」


 そう言った線堂進の微笑みを、廻は欠けた形でしか視認できないが────────少なくとも彼女には、その笑顔に悪意が込められているようには見えなかった。


「はいはい、良いぜ。親友クンの言葉に従ってあげますよォ」


 再び立ち上がった彼女は、ポーチに眼鏡をしまい────────ヘアピンを付けなおしながら、スクール水着の食い込みを直した。


「なんだ廻、師匠のところに行くのか?じゃあオレも────」


「空気を読んだらどうですか、詩郎園先輩。暇なら……俺が相手になりますよ」


「え…………マジかッ!?線堂が自分から戦おうだなんて……よしッ、言ったからなッ!?二言は無しだぜ!!」


 豪火の言う通り、今の進が自ら喧嘩をしようと言い出す事は滅多に無い。不良との争いや不自然なほどのラブコメではない安定した日常を送りたい進にとっては、喧嘩など黒歴史そのものでしかない。


「……チッ。なら引けねェってか」


 廻にはその行動が────去り際にキザったらしいウィンクを投げた進が────生意気にもお膳立てをしているように感じ、苛立ちつつも足を速める。



























 ー ー ー ー ー ー ー






















 正直、海アンチだった。


 人前に裸を晒すのは慣れないし、制服を剥かれ嘲笑された『思い出』がフラッシュバックしそうで、実は人が多い場所はキツかったりした。……唐突にワープしてきたせいで、そっちに意識が行っていてあまり気にならなかったけど。


 あと泳ぐのってだるくね?小学校のプールの時間で、泳ぎ方を0から教えてくれると思っていたら先生が『じゃあみんな泳いで良いよー!』的な指示を出して、それに従い周りの奴らが普通に泳ぎ始めた時はもう泣くかと思った。なんでみんなクロール出来てたんだよ。モーターボートする時にイキってクロールしてた奴ら、全員金玉にビート板ミサイル当たればいいのに。


 ────でも今は、なんだかんだ楽しい。


「きゃあ!ねーこっちゃん水かけすぎー!」


 キャッキャウフフしてる半裸の女と同じ液体に浸かっている。それ自体がもう楽しすぎてワロタなんだけど、なんで俺は今までこんな簡単な事実に気付かなかったのだろうか。


「せ、星……いったいいつまでこの海水のかけあいをすればいいんだい……?」


「ねぇ来栖、ちょっと盾になってよ!こっちゃん本気出しすぎでさぁ」


「いや星が『強くやってくれ』って言っ────わぷっ」


「ふっ、ほっ、はっ!……ねっ?」


 浮き輪に身を任せる俺に肌を密着させる朝見。


『ちょっ、男子本気でボール投げすぎでしょ……!あ、く、来栖!ちょうど良いや、盾になってよ!』


 朝見と付き合う前の頃だ。体育のドッヂボールの時間……普段は活発で男子ともまぁまぁ話す系の朝見が、男子の剛速球に怯え、ふざけた態度を取りつつも俺の後ろで安堵していた────かなり青春ポイントの高い思い出だ。ちなみにその剛速球を投げていた男子は他でもない線堂進である。マジで当たりたくなかったけど盾という美味しすぎるポジションを捨てられず、無事腹部に殺人ボールを受けたのも良い思い出だ。


「……懐かしいな、コレ」


「え?」


「いや、何でもない」


「……く、来栖もあの時のこと、覚えて────────」


「けほっ、ちょっ、二人の世界に入らないでくれよぉ!来栖君と遊びたいならもっと他の遊びもあるだろう!?」


 普段も朝見のフォローに回る事が多いせいで不憫キャラが定着し始めている榊原だが、今日も平常運転のようで。


 と言ってもやっぱり、ぴっちりとしたラッシュガードにはどうしても目を引かれる。最初は榊原を『分かってない』とか言ってしまったが、これはこれで良いよね。榊原のシュッとしたスタイルの良さが際立つっていうか。


 ────────とか、日差しに照らされながらぼうっと考えていた俺に……海水がやけに冷たく感じるような言葉が入ってくる。


「もうかれこれ一時間くらい水かけあってるじゃないかぁ!もっとこう……色々するべきじゃないかい!?」


「……」


 単に、榊原が朝見との水のかけ合いに疲れたから、長い時間が経過しているように感じているだけかもしれない。


 でも────それでも、やっぱり。


 こんな楽しい時間を作ってくれたこいつらに、俺の死にざまは見せたくないから。


「……来栖?どしたの?」


 浮き輪を抱きながら、俺は両足で砂浜に立つ。


「────少し、スマホを見たくなってさ」

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