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ここまで来ればもう一息でしょうか

「……」


「……その」


「はい」


「ごめん、ね」


 彼に取ってしまった態度……そして、『間に合わなかった』事。


 彼と、抱きかかえられる彼女に向けて廻はそう言ったのだ。


「……まぁ、そうですよね。俺は悪くなかったし……」


「……キミらしい事を言うね」


「────でも、良いんですよ。結果さえ良ければ」


「え……」


 立ち上がった彼は────────来栖悠人は、朝見星だったものを抱きかかえたまま灰崎廻に背を向けた。


「ちょっ、来栖クン……!」


「こいつ、やっぱり頭おかしい女でしたよ。心中希望の狂人」


「待って……っ!」


「冥蛾ちゃんじゃないけど、自分から人生の終わりを選ぶような奴とは分かり合えない……俺はずっとそう思ってるんです」


「じゃあなんで……海に向かってってるんだよッ!」


 駆けだした廻は、足を止めた悠人を見て……およそ一秒遅れて、止まった。


「どうせやり直せる。ならせめてこいつの望みは叶えてやりたい」


「……」


「断じて生きる事を諦めたわけじゃないですよ。俺は前に進む……だから……」


「……」


「今回は、引き上げないでください」


 足に血液で染まった真っ赤な砂を付着させながら、悠人は進む。海水に足を入れた途端、その砂は細かく周囲に広がっていく。涼しさと清々しさが両足を包み込み────それは徐々に上昇し、腰を通過する。


 ────────やがて、彼の腕が浸かり。彼女の死体までもが浸かり。それでも進んでいく彼は……徐々に沈んでいく身体と酩酊に精神を委ねながら、思う。


 たった一人の血液程度では、大海を赤く染めることは出来ず……ただ沈んでいくだけで、どうしようもない────────そう。きっともう、これからの人生では絶対に抱かないであろう感想を、彼を愛した者と共に。














 ー ー ー ー ー ー ー










 肺を締め付ける感覚が消えたと同時に、直射日光が肌を焼く。


「……」


 瞬時にスマホを取り出し、画面に映る数字なんて分かりきっているのに─────俺は現在時刻が11時である事を確認した。


「……っ」


 ─────走り出していた。


 荒川がこちらへ手を振る前に。海岸に向かって全速力で。しかし砂浜での走行は慣れなくて転びそうだったから、少しスピードを落として……向かった。


「そんなにはしゃいじゃって……結局来栖君も楽しみにしてたんじゃないですか」


「黙れ」


「ひど」


 歩み寄ってきた荒川を押しのけ、その先の─────海岸へ。膝から下を塩水に漬け、友人と戯れるその少女の傍へと。


「ど、どうしたんだい、来栖君……?」


 驚きつつ、心配するような表情で俺を見る榊原。


「あはは、私と夏のひと時を過ごすのを楽しみにしてたんだって!でしょ?来栖!」


 そこに─────朝見はいた。眩しい笑顔で立っていた。


「……」


「……く、来栖?どうかした?流石にそんなに見つめられると……照れちゃうっていうか……」


「ごめん、ちょっと良い?」


「へ?」


 目線を少し先に落とし、屈みこんで……朝見の腹部に顔を近づける。


 穴は、開いていなかった。


「ちょっ、来栖……っ!?」


「な、何をしているんだい君はぁ!あまり星を勘違いさせるような事はしないでくれ!面倒だから!」


「あぁ、いや……」


 過去に戻った─────あの惨劇はなかったことになった─────頭では理解している。


 でもやっぱり、確認しないと安心できなかった。何度死んでも毎回スマホで時間を確認したりするのと同じように、『もしかしたら時が進んでるかも』という希望を抱くように─────『もしかしたら戻っていないかも』という杞憂を捨てられない。


「……大丈夫?」


 耳に冷たい感触。朝見の海水に濡れた指が、そっと触れるか触れないかと距離に迫っていた。


「何かあったり……した?」


「……何でもない」


 なぜか熱くなってきてしまった目頭に、ただ溢れそうな涙を隠したかった俺は─────俯いた勢いで水面へと顔を沈ませていく。


『何でもなかったよ』……その言葉を聞き取れない泡にしながら。













 ー ー ー ー ー ー ー












『ここから出られる方法を見つけたかもしれないんです』


『でもそれをするには犠牲にしなくちゃいけないものがあって、思い切れなくて』


『悩んでたんですけど……もう決めました。試してみます』


『……でも、でも─────今回の一時間半は、ゆっくり過ごさせてくれませんか』


『次は逃げないので。今は少し……疲れちゃって』


 そう言った彼は─────友人たちのいる海へと入っていった。思いっきり泳ぐわけでも、水をかけあうわけでもなく、ただ浮き輪に乗ってぷかぷかと海を漂い、日差しを浴び続ける。


 視線の先は定まらない。が、何度も何度もある一点に戻ることがあった……一人の少女の腹部を、何度も。


「ゆっくり過ごさせて……か。許可なんて必要ねェってのに」


 五週目の会合の人数は二人だった。灰崎廻と詩郎園豪火がテーブルを囲み、喧騒の中から遠くにいる悠人を見つめている。


「……ワタシはまだ調査を続ける。来栖クンの手段が本当に正解かはまだ分からねェし……オマエは?」


「オレも今まで通りにやるつもりだ」


「今まで通りっつっても……特に何もしてねェだろ?」


「あ?オレだって師匠のために尽力してたんだぜ」


 その広い胸板をドンと叩き、豪火は語る。


「もしこのループが、オレ達に能力を与えた奴が仕組んだのなら……師匠の言う『波動』をこの海から無くせば、何かが変わるかもしれないって思ったんだよ」


「んな馬鹿な。波動は万能エネルギーじゃねんだぞ」


「やってみなきゃ分かんねーだろ?」


「そりゃそうだけど……大体、波動を無くすことなんて─────」


 そう言いかけて、廻は豪火が何をしていたのかを察した。


「そうか……オマエの『応用』か!」


「おうッ!本当はもう使いたくねぇ技だけど……師匠のためとなりゃ別だからな。歩き回りながら乱用しまくったんだが─────」


「言い方的に、失敗だったワケね」


「おう……まぁ、『バトルモノ』……だったか?俺が嗅げる波動を無くしても、だからなんだって感じだけどな」


「……そう、だね」


 会話は止まり、彼らは自分自身の無力に打ちひしがれる。


 何も。何も出来ることはなく、唯一手段を発見する事が出来た後輩は苦しみながらもその方法で皆を救うことを選んだ……故に、二人は何をする必要もなかったのだ。



 ─────だが、彼らは知らない。……来栖悠人すらも、知らない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()事を……知るはずがなかったのだ。

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