変換してみると、相手の行動パターンを解析できます
「『日常の波動を見る』能力……それを利用した『ズル』。原作でも馴染みのあるアイテムはあるけど……それを意図的に、一瞬で見つけられるのは、流石『能力』って言ったところ」
影山賽理の視線の先の画面には、相変わらず来栖悠人と彼の周囲の人物の姿が映し出されている。
「……」
─────そして、深紅。
彼の抱きかかえる『それ』は、紛れもなく──────────。
「……リアルのグロって、マジで無理……」
賽理は飛び出した内臓から目を背け……少しだけ残ったコーラのペットボトルを遠くへと投げやった。
さて──────────人は何故、欠損した人体に嫌悪感を覚えるのか。
恐らくそれは『異常』……人体という何よりも見慣れた物体が欠けている事による違和感が引き起こす心地の悪さだろう。灰崎廻が視界を隠したがる理由と同じ、『日常性を持つ存在、または事象の非日常化』だ。
また、『共感』という点もある。人体の欠損とはそれ即ち『痛み』が伴うと考えられる。先天的な欠損はともかく、後天的な欠損ならばそうだ。例え自分の体でなくとも、赤の他人の臓物が抜き出ているのを見てしまえば……想像してしまう。自分もああなったら……と。死を連想させるその惨状は、人が生命を尊ぶ限り─────命に嫌悪を抱かせる。
……なんと。なんと嘆かわしい事だろうか!
主人公たる彼は失ってしまった。
灰崎廻が抱く『日常への執着』を。
冥蛾霊子が抱く『生命への執着』を。
詩郎園豪火が抱く『闘争への執着』すら失ってしまうのだろうか?
いずれは『二人』がそれぞれ抱く『●●への執着』も、『●●への執着』も?
そもそも彼は……来栖悠人は、いったい何に執着しているのだろうか?
恋愛?
平穏?
復讐?
─────まだ、分からない。
来栖悠人というキャラクターは既に、二年前のあの日を境に……変わってしまったのだから。
……しかし。果たしてそんな者が──────────主人公と呼べるのだろうか?
ー ー ー ー ー ー ー
一撃。
入ってしまった灰崎廻の攻撃。通ってしまったということ自体が大きな意味を持っている。
来栖悠人には見えていない虚空────恐らく冥蛾霊子が存在しているであろう位置────そこに突き立てられた人骨。
霊だから物理攻撃が当たらない……そんな陳腐なケースを否定した。パターンに対応した。
相手がゴーストわざを持っていると理解してしまった瞬間、例え相手がノーマルタイプだとしても警戒しなければいけない。1.5倍にならないとしても、そう────傷は付けられてしまう。
「っつー事でッ!」
器用に指先で回転させられた白骨が踊るように軌道を描き、廻は────真っすぐと霊子の心臓めがけて一直線に突き出す。
「二度死んだ唯一の人類として、歴史に名ァ刻んでやるよ!」
「────アハッ、笑えない」
乾いた笑みが零れ、霊子は小さく息を吐く。胸部を突き刺さんと向かい来る凶器。霊体化を解いても解かなくとも待ち受けるのは致命傷。
だがそれは────────回避が出来なかった場合の話。
「すぅ……」
(っ、霊体化を解いた……!?)
肺を膨らませ、彼女は現世に姿を映し出す。吸った息は意味もなく体内に還元され二酸化炭素として排出されるわけではなく────
────『叫び』を。
「謌ヲ髣倪?繧ケ繧ュ繝ォ竊剃サ∫視遶九■────!!」
「うるっ、さ……!?」
言語にならない絶叫。それを発した霊子自身も意味を知らない、知るはずもない叫び。
戦士の雄たけびのように、自らを鼓舞し相手を威嚇する────のような意図はない。効果はあるかもしれないが、目的は別だ。
そしてそれは……目に映る形で廻に襲い掛かる。
「……腕が、動かない────」
突き出した右腕。人骨も手に殺意の込められた一撃は────────冥蛾霊子に届くことなく、空中で静止した。
今現在も強く、強く押し込もうとしている廻の意思も虚しく、停止していた。
「……違う。止まってるんじゃなくて────────」
が、彼女には『目』がある。理解の出来ない事象が起こった時、それが彼女の知識の範疇であれば瞬時にどのような属性であるかを把握することが出来る。
「────霊だ。霊が、いくつもの霊が壁になってワタシを受け止めている……!」
廻の目はその事実を彼女に見せていた。近くに霊である霊子がいるせいで気付くのが遅れたが、二人の間にどこからか現れた霊体が、まるで霊子を守るかのように────自らを呼び寄せた主のために傷つくことを厭わない戦士のように────盾となっていたのだ。
「あ”、あ”ー……ん”っん!これ喉痛くなるから霊子嫌いなんだよね。困っちゃうね」
「良いシュミしてるねェ。命が大切だのどうのこうの言っといて、自分を守るためならいくらでも他人を盾にしちまうと」
「アハッ、何言ってるの?霊子はもう事切れた生命を再利用してるだけに過ぎないのに……むしろ感謝してほしいくらいじゃない!?」
「事切れた生命がなんか言ってらァ」
「今度はその喧しい口を閉じてもらうように『みんな』にお願いしようかな」
廻は人骨を見えざる壁から引き抜き、再び構えなおす。
霊子は眉をひそめながら喉を触り、再び妖しい笑みを浮かべる。
(────今、一瞬だけ……)
一触即発の状況の中、廻の脳の隅でとある思考が渦巻いていた。
(『叫んだ瞬間』、この子の日常の波動が更に減ったような……)
単なる情報のかけら。それ自体では先にある答えにはたどり着けない、断片。しかしどこか引っかかるその後継に脳内メモリを占有されるのを感じながら、廻は一歩を踏み出し────────。
「やーめた」
「……は?」
ぷいっとそっぽを向いた目の前の少女に、腑抜けた声を漏らした。
「この歩行型スピーカー女のせいで時間なくなっちゃった。もうすぐ12時半でしょ」
「……え、歩くスピーカーってワタシ?言われたの初めてなんだけど……そんなうるさいかなァ」
「『うるさい』よ……すごく、『うるさい』」
冷徹な目線を廻に向けたまま、霊子はため息をつく。
「興覚め、ってやつ」
「そんな悪役みたいな」
「アハッ!正しいんじゃない?だって喪女ちゃん曰く────世界はお兄さんを中心に回ってるらしいじゃん」
「うぇ?何それ」
「霊子も詳しくはわかんなーい。典型的ゲロカスキモオタの言葉なんて理解しきれないもーん」
ツインテールが潮風に揺れる。くるっとわざとらしい動作で振り返り、悪性の塊のような黒い笑顔を……今だ佇む悠人に向けた後────────
「また会おうね」
消えた。
廻も、移動する日常の波動の穴を目で追う事すらしなかった。
────────今は、時間が惜しい。
残り少ない時間で……彼女は彼と、話すべきと考えたから。




