威力85、命中100の物理わざです
『見る』事が出来るのなら、『選択』できる。
灰崎廻の『日常の波動を見る』能力、その本質は────────視力の強化による非日常性の把握だ。
「似合わねェからかけたくなかったんだけど……やむを得ない状況ってヤツなので」
「……アハッ!眼鏡をかけたくらいで何が変わるっていうの?ちょっとは真面目に見えるかもだけど、喧しいビッチが今更遅いよ?」
「まァ、見てりゃ分かるよ────────」
彼女の視界に映る波動。波打つ光は灰崎廻にとっての日常を表している。
────────レンズ越しに見るそれは、普段とは少し異なる形をしていた。
(うん、案の定視界いっぱいに波動が広がって景色がほとんど見えねェ)
ならば逆に、何が見えているのか。
まず冥蛾霊子。能力者である彼女は非日常として廻の視界に存在している。
そしてその奥にいる来栖悠人。廻にとって最大の非日常である彼もまた、視認できていた。
────────そして、その他の非日常。
砂浜の下、掌の上、悠人の足元、空の彼方……あらゆる場所に存在する『非日常の可能性』が、ポツンポツンと穴のように日常の波動の中に点在しているのだ。
「えーっと、まずは────────あぁ、そうだったのか!」
納得したようにポン、と手を叩いた廻の視線の先は、冥蛾霊子。
「何?意味ありげにニヤつくの、キモいからやめてよね。陰キャが透けて見えるよ」
「いや別にィ────────キミの正体が分かっただけ」
「っ!?」
視力の強化により、波動ははっきりとした輪郭を形作る。
つまり……その波動に穴として存在する非日常の形も、よりはっきりするのだ。
「非日常を求めてるとさァ、『そういう』場所に足を踏み入れる事ァ多々ある」
「……」
「いわゆる、『心霊スポット』ってところにね」
真っすぐと人差し指を突き立て、廻は脳内の考察をまとめながら発する。
「『生霊』じゃあないなァ……恐らく『守護霊』、『背後霊』、『地縛霊』でもない、純粋な悪意による霊。もっと言えば、来栖クンと行った廃墟で見た波動と似ているけど……まぁそこは来栖クンの方が判断付くかな?ようするに『怨霊』または『悪霊』、それがメスガキィ!キミの正体って事で?」
「……チッ」
「正解みたいだね」
────────はっきり言って、冥蛾霊子は苛立っていた。
『彼女の能力の都合上』、灰崎廻とは相性が悪い上に……何故か今、会話という戦いの中で優位を取られている。
霊という人知を超えた存在であり、人体など一瞬で貫くことが出来る、そんな自分が……能力者の一人に看破された。
どちらも能力を持っている以上、霊であるこちらの方が有利であるはずなのに────────そういった感情が、怒りが、ふつふつと霊子の中を満たす。
「……だから何?」
「ン?」
「霊子の正体が分かったところでさ、イキリビッチちゃんに何が出来るっていうの?霊子に立ち向かったところで、余計にお兄さんの心の傷を深くする結末になるだけなのに……」
「うーん……来栖クンもそう思う?」
「え……」
少年は死体を支え続けているせいで痺れ始めた両腕に意識を傾けつつ、そこで回答を練ろうとした。
「ワタシの能力がただ『見る』だけじゃない……『見分ける』事で何が出来るか。見せてあげるよ」
が、悠人はそこで微笑んだ廻の顔を────次の瞬間に見失ってしまった。
「よッ!」
「っ!?砂埃が……っ!」
振り上げられた左足が砂塵を巻き上げ、霊子の視界を覆う。
「霊だろうと、人の姿をしている以上は目眩ましが効いちまうのさァ」
「どこに……いや、どこから来る……!」
声のする方向は霊子を覆うように移動し、廻の場所の特定をさせない。
「────────来るッ……!」
わずかに聞き分けた足音。踏み出した時にはもう遅い。『殺気』のようなモノが霊子の後頭部をめがけて接近していた。
「間に合わないッ……」
咄嗟に両腕を構え、廻の方向へと盾を作った霊子が────────不敵な笑みを浮かべた。
(────────な~んちゃって!幽霊に物理攻撃なんて効くわけないじゃん!)
『透明化』……悠人の前で手品のように見せていたその技術は、ただ相手の視界から消えるだけの力ではない。
あらゆる物理的干渉を無効化する状態。触ろうとしても触れる事は出来ず、見えない上に匂いも無い。能力で疑似的な視認が可能な廻でも触れなければ意味は無い。一部の霊に関する職業に就いている者と、彼女と同じように霊体を持つ者でしか立ち入れない領域────────
────────そのはずだった。
「いっ……!?」
揶揄うために、防ぐふりをした両腕に伝わる衝撃。痛み。
「な、んで……!?」
電撃のように響きわたる痛覚と反対に、宙に舞う砂はやがて地に落ち────廻と廻の『武器』が露になる。
「……ほ、骨……?」
「そ、正解だぜィ。『そこら辺にあった白骨死体』を武器にさせてもらった」
彼女の肘から下より短い程度の丈の骨。砂で薄汚れたそれをクルクルと回しながら、指の代わりに霊子へと突きつける。
「『ゴーストタイプにはゴーストタイプ』……鉄則でしょ?」
「それを知って……っいや、問題はそこじゃない……!」
霊体へ干渉するために、廻は怨念が込められた死体を武器に利用した。まるでゲームのような理屈だが、事実として霊子の腕には痣のようなものが浮かび上がり、干渉に成功したという絶対的証拠があった。
「どうして……どうしてこの一瞬で!埋まっていた死体を見つけることが────────」
「別に、霊っぽいのが『見えた』からだけど?」
「────────っ」
……これは、影山崔理と灰崎廻のみが知っている事実だが。
この世界は、もはや日常と呼んでしまって良いほどの『非日常』で溢れている────────見つけられるのがたった一人という事を言い訳にしているかのように、日常の中に潜んでいるのだ。




