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新たなスキルでしょうか

 揺らぐ視界は、むせ返るような鉄の匂いでさらに歪む。


「み、み……っ」


「冥蛾霊子だよ」


「な……」


「なんで霊子は隠れる場所もないはずのところから急に現れたんだろうね。なんで霊子はお兄さんの事を覚えてるんだろうね。なんで霊子はこの女の子を殺したんだろうね。アハッ、なーんも分かんないかな!?」


 ツインテールの少女は心底楽しそうに微笑み、ゆっくりと一歩を踏み出した。


 砂浜の上で地を踏みしめようと足音なんてしないはずなのに、この瞬間の俺の中に響いたソレは……鼓動だった。圧倒的な恐怖が、心臓をやけにうるさく稼働させている。


「まず一つ。霊子は姿を消せるから、急に現れたの!単純すぎるけど納得してね」


 そんなことを言われても仕方がない。


 だって現に────────俺の目の前に立つ少女は姿を消し、現れ、消し、現れを点滅する電球のように繰り返しているのだから。


「二つ。お兄さんを覚えてる理由。えっとー……この1時間半が何度も繰り返されてるって記憶できてるのは、どんな人だっけ?」


「────────」


「霊子もお兄さん達の仲間……っていうよりは、同族なんだぁ」


 ────能力者。


 冥蛾霊子は、俺達と同じ能力者だった……?


「三つ。この子を殺した理由……さっきも言ったけど、ムカついたからなんだよね、お兄さんに」


「俺に……?」


「────────命ってね、何よりも尊いものなんだよ」


 明確な憎悪。


 笑顔で取り繕っているその奥の悪意が、むしろ意図的に見せているのかというほどに、彼女の声色から露出していた。


「お兄さんは生きる事を諦めた。死を利用しようとした。それは命への冒涜なんだよ?自分は苦痛に耐えられる強い人間だーとか思ってるかもしれないから言っておくけどね、生きようとしない人間は誰よりも弱者なの!決死の覚悟には命の輝きはあるけど、お兄さんはそうじゃない……ただ腐ってるだけ」


「それが朝見と何の関係が────────」


「だから、腹いせに霊子も命を粗末にしてみたの!」


「……」


 その瞬間、俺は対話を諦めた。


 話が通じないタイプの人間というのは、意外にも現実に身を潜めている。そうだ、俺を蹴って殴って虐げたあいつらだって。


 だから俺が今、しなければいけないのは──────────


「死のうとしてるんだよね?」


「……」


「アハッ……死んで、またゲームみたいにコンティニューしちゃえば良いと思ってるんだ。あーあ、霊子の話なんも聞いてなかったのかな。命は粗末にしちゃいけないんだよ?」


「だからこそ戻るんだ。朝見を救うために……」


「はいはい、どうせ君は何もしなくても12時半に死ぬし、それを霊子が止められるわけじゃないしね。でも─────まだもうちょっと、腹いせに付き合ってよ」


「あ?」


 そう言った冥蛾霊子が一歩を踏み出した瞬間──────────彼女特有の、背筋が凍るような冷たい波動が俺を襲う。


「12時半に確実に死ぬって事は、『12時半までなら何をしても死なない』ってことじゃない?」


「……屁理屈を」


「やってみる価値はあるでしょ。アハッ、気になる~!腕を切断されたり内臓を引きずり出されても再生するってことなのかな?それって何よりも命の輝きが見られるんじゃない!?」


 とんでもない事を言っているが、不思議な事にビビりはしなかった。


 あまりにも非現実的な光景が、そしてこの波動が、まだ暖かい朝見の身体の熱まで奪い取ってしまうほど冷たく、俺を落ち着かせる。


『これからお前を極限まで痛めつける』と言われても、死んでも生き返る状態なのだから特に感想は無い。


「問題は方法。手っ取り早いのは水責めだけど、清められていないとはいえ海水にはあんまり触りたくないし……やっぱ普通にバイオレンスかな~」


 一歩。そしてまた一歩と少女が近づくたびに、波動が強くなる。


 しかし、鼓動は安らいでいく。死を前にしても、それが正しい道だと知っているせいで……。


 これが────────生を諦めた者の弱さなのだろうか。















 ー ー ー ー ー ー ー










 来栖悠人が飛び込もうとしたタイミングで朝見星が駆けつけることが出来たのは、単なる偶然と彼女の執念が理由だ。


 星の悠人を案ずる気持ちと、目的のための意欲が前向きに働いた瞬間だった。


 ────────なら、もう一人くらい……今の悠人のピンチを察知できる者がいても良いのではないだろうか。


「さてと、じゃあまずは眼球からいっちゃうのがロックってやつかな────────」


 冥蛾霊子は停止する。


 ────────そう、来訪者に気付いたからだ。


「……うざ」


 振り返った彼女は忌々しくその者を睨み、思わず耳を塞いでしまった。


 ────────ちなみに、詩郎園豪火が自身の能力を使って悠人の危機を察知したわけではない。実際、悠人と霊子は一触即発の状態となっていたが、朝見星の殺害が行われただけで悠人に危害は加えられていない上に、悠人に生きる意志が無い以上、それは『バトル』と見なされない。


 ならば誰か。そこに現れたのは誰か、と言うと────────


「……灰崎先輩?」


「やァ来栖クン。やっと見つけたよォ……ウロチョロしやがる羽虫を」


 姿を消すことが出来る冥蛾霊子を、唯一『視認』出来た存在。彼女は悠人への謝罪を兼ね、洗面台で溺死した悠人から離れるように去っていった『非日常』に気付き、この海に潜む亡霊を追っていた。


 偶然と執念。それが────────今この場所に、灰崎廻を導いた。


「で、来栖クンを痛めつけようとしてるって事で良いのかなァ、キミは」


「あーうるさうるさ。こんなのが好きとか、喪女の言う事は理解出来ないな~……」


 廻は平静を装いつつ────────霊子の後ろの、悠人が抱きかかえる死体に視線がくぎ付けになっていた。


 非日常を追い求める廻は様々なトラブルに首を突っ込むため、今の星のような無残な死体を見るのは初めてではない。


 だがそれでも、例え仲が良くなかろうと、今まで普通に話していた────────彼女の日常の一部が非日常になってしまっている状況は、受け入れがたいものだった。


「……はァ」


 だが動揺している暇はない。


 彼女は『先輩』だ────────『後輩』に危機が迫っている今、動揺している暇はない。


 彼が数十分後に死ぬことが決まっているのだとしても、余計な苦痛は取り除いてやりたい。


「え?もしかして霊子を止めようとしてる?アハッ……笑えるね、スピーカー女。お兄さんたちはただ能力を持ってるだけでしょ?霊子は違う……『この身体』があれば────────」


「そうかもねェ。特にワタシなんて、『見る』だけしかできない。でも『見る』事さえ出来るのなら……」


「……?」


「────────ある程度、『応用』が効くんだぜ」


 そう言った廻は、スクール水着に挟んでおいた────調査のために一時的に使用していた、『あるもの』を手に取った。


「見てなァ来栖クン。ためになる能力の使い方講座────────応用編だ」


 その『眼鏡』をかけた瞬間。


 ────────灰崎廻の視界は変化する。

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