リスポーン出来るので、遠慮なく盾にしちゃいましょう
二章最終話まで書き溜めたので毎日投稿していくよ
「来栖っ!!」
右手首に締め上げるような感覚があり────────同時に、手首以外の俺の身体の重力がかかる痛みへと変わる。
……誰かが、俺の手を掴んで離さないからだ。
「……朝見?」
「く、るす……っ」
青ざめた顔を汗で濡らしながら、朝見は余った左手で俺の肩を引き上げる。
「ただ泳ぎたくて飛び込んだわけじゃ……ないでしょ、今の」
「……」
「どうして……こんな……来栖が……よりにもよって、来栖が……!」
今はきっと、12時10分くらい。すぐに死ねないのに飛び込んでしまうくらいに冷静じゃなかった。密着する朝見の悍ましい波動……それに気づかなかったんだからな。
────────やり直してしまいたい気持ちは今も変わってはいないけど。
「なんでお前がここに……」
「心配だったから探してたんだよ。一人で過ごしてるって聞いたから、落ち込んでるんじゃないかって」
思ったよりもシンプルな経緯だったが、当たり前だ。この女の行動理念の多くは、単純なその場その場の感情のはず。
「……灰崎先輩の事?喧嘩したって話……」
海の中へ入るのを諦め、砂浜に立ち尽くす俺と目を合わせ、朝見は言った。
「違うよ」
「だったらなんで……!」
「……」
「死のうとしてた私を止めた来栖が、なんで……」
「まぁ、いろいろかな」
進以外に説明しても頭のおかしい奴と思われるだけだ。まともに話す気力なんてない。
「……ほんとに、死にたいの?」
「あ?」
「だったら私、理由も聞かないし止めない。だからせめて……」
「……」
「一緒に行かせて。連れてって」
「……はぁ」
目の前の朝見星という女は真剣な顔で言い切ってしまった。
なんて馬鹿げた人間だろうか。一周まわってビンタされそうなくらいに判断が早い。自分の命に対して執着とか、ないのか?いや、あるにはあるけど……それを上回るくらいに俺と心中したいのか?
やっぱり……原動力は『罪悪感』か。
────────多分、今の俺は少し違う。信じているはずなのに、あのメッセージを送られた進の反応が怖くて、そして……三上と唇を合わせた時、1ミリでも俺が喜んでしまった場合……自分がどこまでも嫌いになってしまいそうで、どうにかなりそうなんだ。
「やめてよ、死ぬのは俺だけでいいんだから。もしなんかの理由で12時31分を迎えられた時、お前まで死んだら……」
「は?」
「……」
冷たいとも、熱いとも異なる視線。
ひたすらまっすぐで、とにかく尖った眼差しが俺を貫いた。
「目の前で飛び降りようとする私を助けといて、自分は一人で死なせてくれって……そんなの、ふざけてるでしょ」
「道理は通ってるだろ。自分が苦しむ分には、痛いだけでいいんだ……罪悪感だけは、まだ慣れない」
いつか罪の意識にまで俺が慣れてしまったとき────────あぁ、そうか。そういう人間が罪を犯すのかもしれないな。
「……」
「分かったかよ」
「……そう、だね。てっきり私は来栖が、辛いことがあって変わっちゃったのかと思ったんだけど────────」
引きつった下手くそな笑顔を作って、朝見は言った。
「私の好きな、優しい来栖悠人は変わってなかった」
「────そう」
「だから、ね、来栖……」
もはや苦しそうに聞こえてしまうほど、稚拙に言葉を紡ぐ朝見。
瞳から流れ落ち、海水と混ざって分からなくなるその涙さえ、事実ではなくなる。
「私は、やっぱり……来栖には、生きててほしい……」
手首を掴んでいた朝見の手は、俺の首の後ろへと回される。肌と肌がダイレクトに接触し、その体温がじわじわと伝わっていく。
波動は────────何故か、いつもの朝見のモノより少しだけ穏やかな感覚だった。冷たい水で薄められたような、違和感。
そのまま朝見は俺の耳元で……こう囁いた。
「だから────────」
「……」
「────────逃げ、て」
「…………え?」
熱。
腹部に伝わる熱。暖かいとか、そういうんじゃなくて、何故か、熱い────────
「……は?」
赤。
滴る赤が俺の腹を覆っていた。そしてそれは────────朝見から、あふれ出るようにして────────。
「アハッ!霊子ったらうっかり~!」
唐突にもたれかかってきた朝見の身体の、その奥から聞こえた声。
誰もいないはずだった。虚空であるはずの空間だった。
でも、そこにいたのは紛れもなく酸素でも窒素でもない存在で。水着を着ていて、髪を結んでいて、また悪戯っぽく笑っていた。
「イライラが頂点に達したあまり、ついついやっちゃった……本当はお兄さんに霊子の事、バレたくなかったんだけど、しょうがないね!」
「な……んで……っ」
「なんでこの女の子を殺したのかって?」
死んでいた。
疑いようもなく、朝見星は死んでいた。腹部を貫かれ、命の輝きを失い俺に全体重をかけ、ただの死体という物体に成り下がっていた。
その景色が、現実が、どこまでも間違っていると思い込みたかった。
消えてしまった朝見の波動がそんな俺を引きずり戻す。
そして────────殺したのが誰なのかも、また明白で疑いたい人物だった。
冥蛾霊子。
『前々回』に知り合い、共に時間を過ごした少女。『今回』では何の関わりも無い、俺の事を知らないはずの、普通の少女のはずの彼女が────────変わらない笑顔で立っていた。




