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二回行動です!

 影山賽理という人間とのファーストコンタクトをよく覚えている。


『そこ、どいて』


『へ?』


『だから、どいてってば』


『あぁ、ごめん……』


 はい、これ。


 とにかく、常に堂々としている奴だった。他人の評価を気にせず言いたいことは言い、自分の倫理観に従って悪を排除する、そういう女子。カテゴリー化するならば、サバサバ系とかになるかも。


『流石に今はまじめにやるべきだと思うんだけど』


『掃除サボって何が楽しいわけ?全くかっこよくないし、むしろダサいよ』


『泣いたからって許されるわけないでしょ。もう小学生じゃないんだから頭使えば?』


 だというのに─────どこか、オタク気質で。


『えっ、●ョジョ好きなの!?あたし七部が一番好きで……あ、まだ読んでない?』


 その二面性が、当時の俺には異質に感じた。


 ──────────あ、ちなみに俺が影山を嫌っている理由に今の流れは一切関係ない。


 関係無いし、関係あるとも言える。


 あいつの全てが……うっすらと気に入らないんだ。ただ、それだけだったのに……。





















「……っ」


 時間は無い。


 頭を抱えて悩んでいるだけで時間は過ぎ……もう12時だ。


「やるしか……やるしかないだろ」


 影山の掌の上で踊るわけにはいかない。

 ずっと、あの態度が気に入れなかった。それは激情と言うよりは、心の中で閉まっておけるほど小さな嫌悪感だった。サバサバ系女子な自分を好き好んでそうな影山が、キツイ女オタクのノリをかましてくる影山が、無意識に男を見下してそうな影山が、少しだけ嫌いだった。


 今となってはどうでもいい。


「……」


 視線の先はスマートフォン。トーク画面に入力された文字を送信するかしないか、親指が決定権を渡されないまま空中をさまよっている。


『実は今日の11時から12時半までがループしていて、既に今回で四回目なんだよ。自覚できるのは多分俺たち能力者だけで、灰崎先輩と豪火君と色々頑張ってみたけど抜け出せなくて。しかもループの最後が俺が溺れ死ぬっていうシチュエーションで固定されてるんだ。でもようやく気付いたことがあって、多分この状況を仕組んだ影山がこの前俺に送ってきたヒントっていうのがあるんだけど、その写真は俺と三上がキスしてるっていうものなんだよ。もし影山の言葉を信じるなら、三上の人工呼吸でしかおれは助からないのかもしれない。そしてそれこそがループを抜け出せる条件なのかもしれない。信じられないかもしれないけど、協力してほしい』


「……」


 馬鹿げてるだろう。


 それでも─────こんなクソみたいな文章を送らなければいけないくらいに追い詰められてしまっている。


「……」


 時間はちょうどいい。


 このメッセージを送られた進が三上と一緒にここへ来て、12時半を待って、それで────────。


「……」


 ……別の脱出方法なんて、何度も考えた。結論としては、何も思いつかなかった……としか。


 でも、三上と……進を裏切るような事をするくらいなら、あの二人の信頼を利用するような事をするくらいなら、ずっと死に続けて────────────


『死んでるんだよ!?キミは……ッ、死んで……三回も死んじゃって……!』


 ────────ダメだ。それじゃダメなんだ。


 もう二度とあんな顔をさせるわけにはいかない。俺はあの人を越えたかったんじゃない。見下したかったんじゃない。勝ちたかったんじゃない。


 対等になりたかった。今までもらった感情を、時間を、彼女に与えたかった。


「損得で考えるか」


 メッセージを送信しなかった場合、俺は進と三上を裏切る事無く死に続ける。灰崎先輩と豪火君もまた、新しい脱出方法を見つけるまで永遠に1時間半を過ごし続ける。


 メッセージを送信した場合、俺はループから抜け出せるかもしれない。灰崎先輩と豪火君も助かるかもしれない。だが進を裏切り、あいつの信頼を利用してあいつの好きな女と唇を合わせ、俺じゃない男が好きな三上に人命救助という義務を負わせる。そもそも、この方法が正しいとも限らないのに。


「いや────────考えるまでもないな」


 簡単な問題だった。なんにせよ、選択肢は最初から一つしかなかったんだ。


「メッセージを送る。俺は……前に進む」


 たとえ罠だろうと、進まなければ何も分からない。間違った道だろうと、その自覚は出来ない。


「だいたい、間違ってたらループするんだ。俺が三上にキスしたってのも帳消しになる……大事なのは『事実』だ。俺の『記憶』はどうでもいい……」


 そう考えると、灰崎先輩が人工呼吸してくれたのもナシって事になるけど、まぁ……それが真実だ。


 俺は親友を信じる。あいつは絶対に、こんな突拍子もない馬鹿話を信じてくれる。三上に人工呼吸をさせてしまう。そんで────────仮にその事で俺と衝突したとしても、また仲直りできる。いつかきっと、三上と結ばれる。


 そのために俺は────────踏み出すんだ。俺にしかできない事をする。


「っ……!」


 震える指で、送信ボタンを────────押した。


 黄緑色の吹き出しと共に映し出される文章。数秒の後、その真横に……『既読』の文字が。


「……」


 跳ね上がる心臓。加速する鼓動。


 俺の身体は冷や汗に包まれて────────





 ────────そして、それが収まることはなかった。


「な……んだ……これ……っ!」


 寒気。止まらない鳥肌が全身を覆い、冷たい氷の槍で心臓を突き刺されたような不安感と危機感が俺を襲う。


 揶揄うような耳鳴りが響く。数秒前まで至って健康だったはずの肉体が、既読というたった二文字に揺さぶられた。


『きっと、師匠は苦痛に『慣れた』んだろうよ。そういう人間は存在するって親父から聞いた』


「はぁっ、はぁっ……っ!」


 もし、俺が過去のイジメや裏切りを経験した影響で、死という苦痛すら乗り越えてしまったのなら────────今この瞬間、俺はそれを上回る新たな苦痛に見舞われているのか。


 親友を裏切り、幼馴染の純情を汚す。その痛みに────────俺は、耐えられないんだ。


「ふっ、ふっ、うっ……っ」


 過呼吸自体が久しぶりの感覚だった。榊原のせいで痴漢に仕立て上げられそうになった時……アレを軽々と超える息苦しさ。


 電車に乗るだけでパニック状態になっていた中一の頃を思い出す。


「ダメだ……ダメだ、やっぱりダメだッ!」


 ────分かった事がある。


 俺は慣れた苦痛には強いかもしれない。ただ────────


「あぁ……あぁあっ!」


 ────────経験したことのないほどの苦痛にめっぽう弱い。


 だからこうして今、海に向かって全力で走っている。


 ……溺れ死ぬ事でループし、送信してしまったメッセージを無かったことにするために。


「ううぅ……うぅ、あぁ……!」


 躓きそうになりながらも、砂浜を駆ける俺はやがて水面へとたどり着き────────迷わず一歩を踏み出した。


 前に進むと決めたはずなのに、そんな決意なんて初めからなかったかのように……階段から転げ落ちるように……四度目の死が、また11時の表記を見せてくれるのを願って────────。

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