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そんなこんなで次の日の朝。席に着いた時から、違和感はあった。
(……見過ぎだろ、俺の事)
もうなんか、凄い俺の事睨んでくるんだよ。クラスの連中が。男子女子問わず。……違和感っていうか、その時にほとんど察した。
──────拡散は行われた、と。
「お、おはよう……来栖君」
「え……」
「おは……よう……」
「あ、あぁ、おはよう」
だが、それでも荒川は俺に朝の挨拶をしてくれた。
いつもは『おはよう』なんて言わずに、ゲームに夢中になっているか、ゲームの話をしてくるかだというのに。
周囲を気にしたような怯えた表情で。
だが───────数時間後、昼休みにて。
「タケちゃん、お昼一緒に食べよ」
「え、でも……」
「でもじゃない!いいから行くよ!」
「あ、ちょっと……!」
荒川の彼女であろう女子は、荒川の手を引きながら──────俺へ鋭く冷たい視線を残し、7組を去って行った。
……そりゃ、そうか。あの子は荒川を守りたいから、女に暴言を吐き散らかすような奴から遠ざけたいんだ。
「っ、悠人─────」
「悠人くん、待って─────」
進と三上は見かねて俺を誘おうとしてくるが、二人に迷惑をかける訳にはいかない。弁当を持ち席を立って、荒川達と反対の方行に向かって教室を出る。
せっかく高校で友達が出来て、そいつらと一緒に飯を食ってるんだから……そいつらが嫌がるであろう俺は去るべきだ。
そう──────こんな状況でも俺と昼飯を食おうとしてくれるくらい良い奴なんだ、荒川も。進と三上のような長い付き合いでもないのにだぞ。そんな良い奴には彼氏思いの彼女がいて当然だ。
「チッ。荒川の彼女と言い、詩郎園と言い、朝見と言い……クソ女共が……!!」
それはそれとして、俺がムカつくし嫌な思いをしたので奴はクソ女です。ふざけるなカスが。荒川はもっと良い女と付き合うべきだろ、ゴミが!
なんて悪態を吐きながら、俺は昼飯を食えるような場所を探して校内を徘徊している不審者だ。昼休みは長いとは言え……まぁ、見つからない。それどころか至る所からガン飛ばされて歩いているだけで自分の居場所の無さを実感する。
「久しぶりの便所飯を堪能するか……」
2階を巡った所で、俺は諦めた。これ以上は時間の無駄でしかない、さっさと済ませてしまおう──────と、トイレの方向を目指そうとした時。
声がした。
「やぁ、後輩クン」
「……?」
声がした方向には誰もいない。というより……いや、教室の中から声がしたのか。二階の西階段の近くの、たまたま通りかかった教室は─────
『オカルト研究部』の張り紙があった。
「奇遇だねェ、一人かい?ワタシも一人でさァ」
透き通るような声。姿は見えない。
「──────よかったら、一緒に食わない?」
開いたドアを覗くと……長机に弁当と箸を置いた、一人の女子生徒が座っていた。
ピアスに金のインナーカラーに……上から羽織った黒いパーカー。可愛いけど前髪が長いせいで目線が分かりづらく、可愛いけど近寄りがたい雰囲気が凄まじい、可愛いけど色々とバチバチに決め込んだこの人の姿は見た事がある。
部活動紹介の時だ。
『オカルト研究部です。興味があっても来ないでください。ワタシが興味があったら誘うので』
と一言だけ言って、肝心の部活の内容に触れずに紹介を終えた二年生の変人。
「……食います」
─────だからと言って、臆病で内気な俺がこんな女子の……しかも先輩のお願いを断れる訳がなかった。
「適当なとこ座ってよ」
「……はい」
部屋の中は……小説や雑学、経営などの明らかにこの先輩が置いたものではないであろう本が棚に敷き詰められている。
その他は何もない。
「……予想通り」
「え?」
「ワタシの正面でもなく、ワタシの横でもない……斜め方向に座るだろうなって思ってたんだ。キミ、見るからに陰キャみたいな見た目してたからさァ、向かい合うのも隣り合うのも嫌だろうなーって」
「はぁ、そ、そっすか」
「─────顔色、悪いね」
「……」
「キミの名前は来栖悠人。生意気そうなお嬢様の詩郎園七華によって動画が拡散されたのは知ってるよ。ワタシも興味本位であのチャットグループに入ってたからさァ、来栖クンが女子にひっどい事言ってる動画は視聴済み。その影響でイジメられちゃったかなァ?」
「別に、今は何も……明らかに俺への変な目線が増えたり、避けられたりはしましたが……この通り、その、あれ……陰キャなので。生活に支障は無いです」
そう、俺が顔をしかめながら弁当を開けたのは醜態が拡散されたからでもなく、今日の弁当の量が多いのが嫌だからでもない。
────────この先輩から発せられる、『ラブコメの波動』の量と勢いにビビり散らかしているからだ。
(まず、『俺一人』に対して波動を感じる事自体がおかしい)
進と一緒にいる場合、『進と誰か』のラブコメを察知して、俺の脳が女に対して波動を感じる。『俺と誰か』ではない。進がいなければ詩郎園だろうと会長だろうと何も感じない。
だから、今……この状況はおかしい。
(そしてこの『波動の強さ』……圧倒的すぎる)
今まで感じた事の無いレベルの波動の勢い。だが─────朝見のそれとは異なり、不快感は強力ではない。それどころか……心地良い、とは言わないが……。
「何をそんなにジロジロ見てるんだィ」
「あぁいや……」
「ワタシに見惚れちゃったかな?ふははは」
「……」
「こういう時すんなり『まぁ、可愛いのは事実だが……』みたいな一言でも言えるようにしないと」
「……やっぱりその方がモテるんですか」
「──────って、世の男の人は思ってるのかもだけど……まぁ、言えない男よりは言える男の方が良いよねェ」
まさに、進の事だ。
「自己紹介がまだだったね。ワタシは─────」
「灰崎廻……さんっすよね」
「……おや、よくご存知で」
「部活動紹介の時に印象に残ってたので」
これだけキャラが濃ければ、進に関わってくる可能性が高いと踏んでマークしていたが……まさかこんな形で接触してくるとは。
「あー……じゃ、説明する必要はないかァ」
白米を咀嚼する俺に突き出されたのは……『入部届』と書かれた用紙。
「ようこそ、オカルト研究部へ」
「『入る』とか言ってないし『入ってくれ』と言われてもいないんですけど」
「ん〜?ワタシがわざわざ勇気を出してキミを昼食に誘ったんだぜェ。これはもう『興味』故の勧誘でしかないっしょ」
「……じゃあ、部活の説明とか聞きたいです。入るかどうかは別として……」
「おっけ!と言っても活動内容は単純明快。──────『非日常の探究』さ」
なんか妙なことを言い始めた。これ宗教勧誘に引っかかった訳じゃないよな?マルチ商法とかじゃないよな?
「マジのオカルトを求めてたのならゴメンね。ワタシは普通が嫌いでさァ。普通じゃなくなるために普通の人が頑張って普通じゃなくなろうとしてるのとかもっと嫌い。日常系日常から逸脱した非日常系非日常を目指そうぜェ、来栖クン」
「そんなハ●ヒみたいな……」
「うわそれ、相手に伝わんなかったらどうすんのさ」
「……じゃなくて、その……あれです、俺を誘う理由が知りたい。……です」
「キミに非日常を感じたから」
「……」
「というより……キミからは日常を感じられない」
何を言っているのか全く分からない、クスリでもやってるのかこの電波女は。
……長い前髪の奥から妖しい瞳が俺を覗く。心臓の内部まで掌握されたような感覚がして……苦手だ。
「だからワタシは来栖クンを利用して非日常を感じたい、という訳。……そうだねェ、来栖クンもワタシの事は利用出来ると思うけど」
「……利用?どういう事ですか」
「この部室はキミの『居場所』になれる」
「っ────。……そうですか」
「ワタシが保証するよ。ここは絶対不可侵境域だってね。どんな生徒だろうと、生徒会長だろうと、教員だろうと……この教室を侵す事は出来ない」
「どうしてそこまで言い切れるんですか」
「オカルト研究部は去年から一年間ずっと、部員はワタシ一人だけ。なのに廃部になってない。……それだけ、校内での『権力』……ってのは言い過ぎかもだけど、力があるって事」
「……なるほど」
梅干しと、少しの白米を口に詰め込む。
生徒会にも属していない一人の二年生がどうしてこの学校で地位を築けるのか。一体この人は何者なのか。不審に思う俺の目線は、この電波女のイカつい見た目に泳がされる。
「まぁ、分かりました。とりあえず家に帰ってから改めて考えます──────」
「ダメ、今決めて」
「……なんでですか」
「早く部員になって欲しいから」
「……」
陽キャだしピアスと金髪怖いし雰囲気が怪しすぎるし、正直この人は苦手でしかない。オカルト研究部の活動内容もオカルトとは名ばかりのよく分からん曖昧なものだったし。
「入ります」
─────が、俺は置いてあるペンを手に取った。
来栖悠人、と入部届の氏名欄に。オカルト研究部、と部活動欄に記入する。
理由は簡単。こんな怪しい奴を放っておいたら、確実に進に悪影響が及ぶ。なら俺に興味がある内は、俺が部活に入る事で食い止める事が出来るはずだ。
「わーい。ようやくひとりぼっちからの解放だァ」
「活動日っていつですか」
「毎日のお昼はここに食べに来なよ。放課後は……空いてる日は来てって感じ。厳密には決めてないね、一人だったもんで」
「分かりました。とりあえず今日は……多分行きます」
「うんうん。後は──────」
真っ直ぐと俺を貫く視線から目を逸らすが──────彼女はまた、妖しげに微笑んだ。
「どういう呼び名でも良いからさァ、とりあえずワタシの事を呼んでみてよ、来栖クン」
「……はい?」
「いいからいいから」
「…………は、灰崎先輩」
「……うん!『先輩』って良い響きィ〜!」
頬杖をつく体勢を取っているせいで、俺の視線は彼女のゆるい胸元へと吸い込まれる。が、わずかに見えた灰崎廻の目は、心の底からの歓喜から生まれた笑顔だと分かるような光を帯びていた。
……前髪、切ったら良いのに。




