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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

仲良死ゲーム

作者:

「ハローフレンズ!仲良しゲームの時間だよ!」

 やたらと陽気なピエロの声が、カラフルな紙吹雪と共に頭の上から降って来た。

 突然膨れ上がったライトの光に、眼を腕で守りながら隣を見ると、顔を梅干しみたいにしているヒデのうめきが聞こえた。

「勝てば凄い賞金が手に入る仲良しゲーム!今回ゲームにチャレンジするのは!赤ちゃんの時からの大親友!トシ&ヒデ!」

 イエ~イ!と歓声のSEが入ったが、俺たちはそれどころではない。 

 ピエロの声は音量調節をミスっているとしか思えない爆音で、鼓膜が破られそうだった。

「それでは、かる~く自己紹介をどうぞ!」

 ヒデは手振りで先を促した。

 こいつはこういう時、いつも他人の後にやるタイプだ。

「どうも……トシ(仮名)です……」

 スタジオがシンとなる。 

 と、言っても俺とヒデ以外は誰もいない。スタッフも見当たらなかった。

 殺風景な部屋にあるのは何台ものカメラと、正面のピエロのセット。

 壁に設置された5メートルくらいありそうな張りぼてで、よくありがちな、シルクハットを被って顔を白く塗ったやつ。右の頬っぺたには黄色の星。

 開いた口の部分からは、舌じゃなくてスピーカーの網目が覗いている。

 あとは、俺達のネームプレートが乗ったデスクくらい。

 ――――大丈夫なのか?この番組……。

 デスクの真ん中にある赤くて大きなボタンを見ながら思った。

 この番組だか配信だかは、ヒデがネットで見つけてきた物だ。

 応募する際、詐欺かもしれないと考えたが、応募してみる事にした。

 強制労働とか、同性愛者向けのAVに出演とか、そんな話だったら逃げればいい。俺達が一番得意な事は逃げる事だ。

 ――――それに、なりふり構ってられないしな……。 




 何秒経ったかわからないが、なんのリアクションもなかった。もっとなにか言わないといけないのかと考えるが、どんなエピソードもこの場にはそぐわない気がした。

 それに、すぐに頭がぼーっとしてきて、タバコが吸いたくなってきた。

「ん~……わかるよぉ。緊張しているんだね。誰だってそうさ!人生一番の大勝負だからね!じゃあ次、トシの最高の相棒バディ!ヒデに自己紹介してもらおうかな!」

 話を振られたヒデは一瞬震え、次に人に物を頼む時によくやる、眼を見開いて薄笑いを浮かべながら、卑屈そうに頭を小さく下げる動作を繰り返した。

「ぼ、僕は……」

 ヒデは普段の一人称は俺、だったがこの時だけは僕、だった。

 バイトの面接でも何度も俺と言ってしまって、それだけが原因では絶対にないが、とにかく落ち続けたくせに、なんなんだ……。

「さ、さか……」

「おいっ!」

 俺は本名を名乗りそうになったヒデを慌てて止めた。

「ひ、ヒデです……趣味はサーフィンとかバーベキューとか、そういうのっす」

「なるほど、君はアウトドア派なんだね!」

 ピエロの声をあてている奴はプロらしい。

 俺たちの素人丸出しの態度にもしっかりとフォローをいれつつ、動揺もない。

「それじゃあここで、二人の経歴を紹介するよ!」

「えっ!?」

 俺とヒデは同時に声を出した。

 そんなことは聞いていないし、事前の応募要項にも無難なことしか書いていないからだ。

 卒業した学校名くらいは書いたが、どんな生活をしていたか、とかの聞き込みはなかった……はずだ。

 もしかして、ヒデだけインタビューがあったのだろうか。

 隣を見たが、幼馴染は口を開けっぱなしにして、ポカンとしている。……もっとも、こいつの口はほぼ二十四時間営業で開いているが。

 ピエロの顔がスライドして上に行くと、大画面のモニターが現れ、赤ちゃん二人が並んで寝ている写真が映された。

 BGMはオルゴール調の、どこかで聞いたことはあるが、名前を知らないクラシックだ。

「二人は同じ年、同じ町で生まれたんだ。お母さん同士が知り合って、それからは一緒に大きくなった」

 ――――あ、あれって俺たちなのか?

 自分でも見たことがない写真をどうやって入手したのか。

 普通に考えればどちらかの実家に行って親から貰ったはずだが……。

 それから、小学校の赤白帽を被った写真、中学時代の桜舞う中で撮った写真などが映っていく。

「順調に育った二人だったが、どっちも大学受験に失敗してしまう。それから浪人生になったが、二人は塾には行かずにゲームセンター通い。挙句には酒とギャンブルを覚えてしまった。そればかりか、悪い場所から借金までしてしまったことが原因で、二人とも親から勘当されてしまうんだね」

 ――――や、やめろぉ~!

 我がことながら、クソ過ぎる人間性を他人に突きつけられると耳が真っ赤になった。

「そうそう、浪人生時代にヒデは女の子を妊娠させちゃって、それでだいぶ揉めたんだよね。一時期は家に帰ることができず、友達のところを転々としていたとか」

 隣を見ると、ヒデは完全に頭が沸騰している様子で、喧嘩をする時や他人を挑発する時の、眼をアホみたいに見開く癖が出ていた。

 ピエロが実物で目の前にいたら、殴りかかっていたのではないか。

 こいつは身長は低いし、特段喧嘩が強いわけではないが、堪え性がなく、自分より弱そうと思った相手は平気で見下して馬鹿にする。

 さらに言えば、喧嘩になっても金的したり噛みついたりといった、暗黙の了解的な反則を平気でやる。

「それで、二人で部屋を借りて暮らし始めたけど、いろいろあってさらに借金を背負い、首が回らなくなって、このゲームに応募したんだよね?」

 俺はこの問いに答えるべきなのか迷ったが、ピエロは構わず話を進めた。

「それでは今回のゲームと賞金を決めるよ~……」

 スポットライトの一部がスライドして、壁を照らした。

 そこには丸いルーレット。

 四等分された枠内に賞金が書かれている。

 賞金はそれぞれ一千万、三千万、五千万、一億円。

 その下にはゲームの難易度が星の数で表されていて、当然、一千万は一番簡単な星一つ。一億円は星が四つだ。

「緊張の瞬間だ!さあ、二人でボタンに手を置いて、準備はいいかい?」

 ルーレットが回り、ドラムロールが鳴る。

 が、俺もヒデも完全に白けていた。

 というのも、事前に賞金がいくら欲しいかを聞かれていて、ルーレットはその望み通りのところに止まるようになっている、と説明されていたからだ。

 それよりも、ヒデの汗ばんでふやけたような手の感触が気持ち悪い。

「スタート!」

 ピエロが言うや否や、ヒデが俺の手の上からボタンを押した。

 ルーレットの回転が徐々に落ちていき、トロトロと未練がましく滑った先は、予定通りの三千万だった。

「さんっ!ぜんっ!まんっ!今回の賞金は三千万だ!」

 ピエロはさらにテンションを上げながら叫んだ。

 俺は耳栓が欲しくなった。

「それでは、チャレンジを始めよう。トシは右、ヒデは左の部屋に入ってくれ」

 その言葉を最後に、ピエロを照らしていたライトが落ちた。

 代わりに部屋の両端のある扉にスポットライトが当る。

 ――――一緒になにかするんじゃないのか?

 俺はToshi's room とわざわざプレートがかかった部屋に入った。

 そこは、新品の家電のような匂いが充満していた。

 まず目に入ったのは、部屋の真ん中に不自然に存在する椅子だ。

 高すぎる背もたれの天辺には、漫画の王様が被るような、赤地に金で装飾された王冠が載っている。

 その正面には大きなモニターと、その両サイドにも小さなモニター。

 吊り下げられた四台のカメラが椅子を囲んでいる。

「さあ座って。ゲームの説明をするよ!」

 今度は適度に調整されたピエロの音声が部屋の角にあるスピーカーから流れた。

 俺は言われるがままに座って、肘掛に腕を置いた。

 その瞬間、バチン!と金属質な音が響いた。

 見ると、腹と足、それと左腕が椅子から生えた拘束具に固められていた。

 そして、駆動音と共に王冠が頭に降りてくる。

「な、なんだよこれ!」

 唯一自由な右腕で左腕の拘束具を引っ張るが、人の力ではどうにもならないとすぐにわかった。

「準備はできたようだね。モニターはどうかな?」

 ピエロの声で、眠っていた画面に光が入った。

 中央のモニターに映っているのはヒデだ。右にはピエロのアップ。左はいまのところ仲良しゲームのタイトルロゴが映っているだけだった。

 向こうも俺と同じ状況らしく、座ったまま拘束具を取ろうと身を捩っている。

「よし!それじゃあゲームを始めよう」

「おい、待てよ……」

 俺たちの混乱など無視して、ピエロは続けた。

「今日二人がチャレンジするゲームは~っ」

 ドラムロールが続き、最後にシンバルが締めた。

「ビリビリッ!電気椅子っ、ゲ~ム!」

 口笛と拍手と歓声。

 だが、こっちはそれどころじゃない。

「で、電気椅子って……あの死刑囚を処刑するやつか!?」

「ルール説明!」

 目の前の床が開き、テーブルがゆっくりとせり上がってきた。

 その上には掌くらいの大きさのカードが5枚載っていた。

「君たちの前に5枚カードがあるよね。1から5まで数字が書いてあるけど、その中からどれか一つを選んで出すんだ。それが相手の椅子に流れる電流のレベルになる」

「相手の椅子に流す?」

 俺は無意識に復唱していた。

「ちなみに、レベル5の電流は人が黒焦げになる威力。4でも半分くらいの確率で死んでしまうんだ!」

 頭の血管がドクドク鳴る中で、ピエロの声が明るく言った。

「ふ、ふざけんなよ!こんなことが許されると……」

「ゲームは3ラウンド。両方生きていたら三千万ゲットさ!」

 一瞬、パニックを起こしそうになったが、ピエロの言葉に熱は退いて行った。

 だって、出さなければいい。

 3回……つまり、4と5は出さなくてもいい。

「だけど気をつけて!お互いが選んだカードが同じだとその時点で両方に5の電流が流れてゲームオーバーさ!」

「!?」

「それから、一度使ったカードはもう使えない。こっちで回収しちゃうよ」

 俺はピエロの言葉を追いかけるのに必死だった。それだけのことで、フル回転する脳みそが焦げ付きそうだった。

 意味は恐怖と共に、遅れてゆっくりと染み込んでくる。

「あとは、電気を流す際、相手が使用したカードは互いに見ることができるんだ。カードを選ぶ時の参考にして欲しい。ルールは以上だよ」

「ま、待てよ!」

 4と5は使えないとして、三枚で勝負となると……。

 最初は死ぬ確立は三分の一。

 その次は二分の一?いや、前に相手が出したカードを出せばいいんだ……そうなると……。

 俺は右手で頭を掻きむしった。

 パニックになっているから……というのは言い訳だ。

 俺は数学が得意ではない。正直言って中学生にも負けるかもしれない。

 いや、国語数学理科社会英語、学校でやったことは全教科きれいさっぱりと忘れているし、ヒデもそうだろう。

「ここで参考までに、過去の参加者の映像を見てみよう!」

 ヒデの姿が消えて、画面がVTRに切り替わった。

 そこには、俺達と同じ状況の見知らぬ男が映っている。

 顔は被せられた王冠のせいで見えなかったが、シャツから出た腕は太く、体格が良さそうだ。

 そいつの体がいきなり跳ね上がった。

 電気が流れているんだ!

 つまり、この状況は冗談でもなんでもない!

 暫く体を突っ張らせていた男は、やがて糸が切れた様に背もたれによりかかったまま、ぐったりとした。

 ズボンが黒くなっていくのは、どうやら小便を漏らしたらしい。

 ピエロが言った。

「ここで質問だ。いまの電流、レベルはいくつだと思う?」

 俺は特に考えもせずに答えた。

「ご、5か?」

「違うなぁ。見てごらん。彼はまだ生きているよ」

 モニターの中で死んだかと思った男は、のっそりとした動きでカードを取ろうとしていた。

「じゃ、じゃあ4!4だろ!」

「ブッブー!正解は3っ!でしたっ!」

 左のモニターに3のカードが映し出される。

「ふ、ふざけんなぁぁ!3だって十分危ないだろうがぁ!もし、死んじまったら……」

「クールに行こう、トシ。君たちは若くて健康だ。お年寄りや心臓に疾患があったら危ないけど、君たちなら大丈夫と見込んで採用したんだよ?」

「…………や、止めだ。こんなゲーム。下手したら死人が……」

「それじゃあ第一ラウンド~……イッテミヨッ!」

 俺の声に被せて、ピエロが開始を宣言した。

「おい!ふざけんな!」

 ヒデの画面が消えた。

 相手が選んだカードの位置で、数字を察知されないようにするためだろうか。

 代わりにシンキングタイムと表示され、タイマーが現れて五分からスタートした。

「マジかよ……」

 逃がさないって事か?

 今更だが、どう考えても非合法なゲームだ。

 現場にスタッフがいないのも、顔を見られないためなのか?

 ともあれ、制限時間があるのならもたもたしていられない。

 俺はカードを手に取った。

 カードは白い手袋をした手がデザインされている。

 あのピエロの手なのだろうか。

 トランプのように斜め向かいになる位置に数字が書いてあり、真ん中の手はその数だけ指を立てていた。

「…………」

 まず、手に取ったのは1のカード。一番安全なハズのカード……。

 ……いや、どうだろう。

 ヒデも同じことを考える可能性はあるよな……。

 じゃあ、2?

 これだって1と同じ、相手と同じ物を避けようとした結果ダブってしまうパターンがある。

 ならば……。

 手に取ったのは3。

 ここは3じゃないか?

 使えるカードの中でいきなり最悪のカードを選んではこないんじゃないか?

 あいつは俺に対してはそこまで悪意を向けてきたことはない。ガキの頃の玩具の取り合いくらいだろうか。

 だが……。

 怖いのはヒデの物恨みする性格。

 使ったカードは相手にわかるんだよな?

 初手から3は……命の危険がある4と5を除いて、一番苦しい3をいきなり選んであいつの心証が悪くならないとも限らない……。

 テーブルに伏せられている二枚のカードに目を移した。

 まさかとは思うが……気分を悪くしたあいつが、仕返しに5を選ぶ……可能性も……。

 気がつけば脇が汗でじっとりと湿っている。

「クソっ!」

 あいつに自分の命を任せていると思うと、恐ろしくてたまらない。

 その場のノリだけで生きていて、弱い物にだけ強くて、そのくせ自分が追い詰められるとガキみたいに泣き出して……。

 考えるほど暗い方向へ引き摺られそうになる。

 顔を上げると、既にタイマーは二分を切っていた。

 じゃあ1か!?。

 1なのか!?

 1から順番に2、3と出すのか!?

 だけど……あいつの小心な性格を考えると……。

「クソが!命掛かってるのにノーヒントかよ!」

 理不尽な仕打ちに、怒りで体が動きそうになるがその度に拘束具が脛や腕にあたって痛んだ。もっとも、痛覚はほどんど麻痺していたが。

「まだ一回目だってのに……」

 そんな俺の顔をカメラがじっと観察しているのも気に障った。

「残り1分」

 ピエロの音声がいままでとは打って変わって淡々と告げた。

 悩んだ末に、俺は一枚選んでセットした。

 祈りたいがいまの俺は両手を組むこともできない。

 数秒後、中央モニターが、先ほどと変わらないヒデの姿を映した。

「二人ともカードを選んだね。それでは~」

 ピエロは長いタメを挟んだ。

 もちろん俺の心臓は破裂しそうになっている。

「オープン!」

 左右のモニターが同時に変った。

 左は俺の手札。そこには指を三つ立てたカード。

 そして、ヒデの……右のモニターに映っているのは一本指だ。

「トシが3、ヒデが1っ!」

 ピエロが嬉しそうな声で結果を声に出した。

「それでは電撃ィ~イッテミヨッ!」

「!?」

 覚悟する時間も与えずに、電流が流された。

 全身の筋肉がグイグイ動く。

 痛みはほとんどない。

 スーパー銭湯の電気マッサージの風呂くらいだ。

 だが、ヒデの方は……。

「うっ……!?」

 俺は思わず呻いた。

 ヒデの体は、椅子から飛び上がったのではないかという位に跳ねる。まるで、体の中から別の生き物が飛び出してきそうな様子だ。

 音声は聞こえないが、口を開いているところを見ると、叫んでいるのだろうか。

 見ていられない!

「おい、長ぇぞ!」

 俺はまた足を拘束具にぶつけながら言った。じっとしていられなかった。

 次か、その次には自分がああなる番だ。

 やがて、自分側の電気が止まると、二秒ほど遅れてヒデも動かなくなった。

 いや、ぐったりした様子で背中が丸くなっていった。

「おめでとう!第一ラウンド突破だ!それでは第二ラウンド行ってみよう!」

「おい、まてよ……ヒデが……!?」

 一瞬、死んじまったんじゃ……と思ったが、ヒデはカードに手を伸ばしている。

「い、生きてる……」

 かなり長い時間電気を流されたと思うが、本当に死ぬほどではないらしい。

 それだけで、胸に安堵が広がった。

 そして、脱力している俺の前で、いま使った3を載せたテーブルが左右に開き、カードは暗闇に呑み込まれていった。




 第二ラウンド。

 幾分か気が楽だ。

 先ほどと違って、手掛かりがある。

 俺は1を手に取った。

 一度使ったカードが使えないなら、ヒデが1を選びようがない。

 この回は確実に生き延びられる……。

 俺はほとんどノータイムで1を置く。

 もちろん2も考えたが、理由があって却下した。

 ヒデが昔言っていた事がある。

 英語のテストの時だ。

 英文中に五つの空欄があり、答えを五つの選択肢から選ぶ。

 そんな問題があった。

 終わった後でヒデは、「わからなかったから1から順番に入れたわ」と、そう言ったのだ。

 結果は全部間違っていたが、あいつは三択問題なども全部1とか2を入れたりする。

 できるできない以前に、考える事を放棄しているのだ。

 だから、俺はヒデが1→2→3と順番にカードを選ぶことを恐れたのだ。

「カードがセットされたよ。それじゃあ準備はいいかい?」

 演出のため、またしても長いタメが入る。

 ――――大丈夫だってわかりきってるんだから、さっさとしろボケ!

「オープン!」

 左右のモニターが変わる。

 左のモニターは一本指。右は三本指。

 ……三本?レベル3!?

「それでは電撃ィ~~~~ッ。イッテミヨッ!」

 足から頭まで衝撃が走った。

 それがすぐに激痛に替わり、俺は無意識に口が開いたが声は出なかった。

 耐えろ!耐えろ!死なないって証明済みだ!

 電撃が終わると、俺はさっきのヒデのように脱力した。

 想像以上の恐怖と激痛だ。

 漫画や海外ドラマで、電気を流す拷問シーンというのはいくつか見たことがあるが、実際に喰らうと子供だましに思える。

 俺は真ん中のモニターのヒデを見た。

 お前は正しいよ。一回前に俺が出したカードなら、絶対にダブったりしないもんな……。

 頭の横の血管がドクドク鳴って気分が悪かったが、さっきはヒデがこれを喰らったんだから、まあお互い様だ。

 そう思うと、不思議と落ち着いてきた。

 そして、気付いた。

 モニターの中のヒデは歯を見せて笑っていた。

 高校の時、タバコを吸っているのを教師に見つかって、散々説教を貰った後、あいつは防水スプレーを教師の上履きの裏に吹きかけて、滑って転ぶのを物陰で観察していた。

 それを面白そうに話していた、あの時の顔だ。

 ……や、やり返しやがった!

 なんにも考えてねぇ!ただ仕返ししただけだ!

「クソがよぉ!」

 誰のせいでこんな目にあってると思ってんだ!?お前は自業自得だろうが! 

 俺はパチンコでハマった時にやるように手摺を殴った。

「落ち着け。落ち着けよ……」

 だが、あと一回だ!冷静になれ……。あと一回……。

 体から力が抜けた。

 まるで、急に部屋の重力が倍になったような気分だった。

 安全なカードは互いに2しか残ってねぇ!

 2同士でぶつからないためには、3の次に危険な4を使うしかないってことだ!

 つまり、少なくともどっちか片方は死ぬかもしれないってことか!?

 俺は頭を搔きむしった。

 この事態を見越しておかないといけなかったんだ!

 そうだよ!あいつが仕返ししてくることなんて予想できたんだから!さっきの場面は2!2を選ぶしかないだろうが!

 右手だけで頭を血が出そうなくらい掻き毟る俺に、ここでピエロから意外な声がかかった。

「2回戦突破したので、現在の賞金は二千万だ!」

 目の前のテーブルの奥に福沢諭吉が、ピラミッド状になって現れた。

「……え?」

 さっきまでの焦りが消し飛んで、頭が空っぽになった。

「どういうことだ?」

「二回戦突破の時点で、賞金の三分の二はゲットさ。チャレンジ失敗でも生きていればこれだけ手に入るってわけさ」

 俺はパニックをごまかすように言った。

 ダサイことに、震えて裏返りかけていたうえに、明らかに音量がデカかった。

「は、初めて聞いたぞ!」

「応募要項にも書いてあった筈だけど、ヒデから聞いていないのかい?」

「…………」

 言葉が無かった。

 毎日をボーッと生きている俺でも、これだけははっきり答えられる。

 ――――そんな話は聞いていない。

「い、生き残れば、二千万は貰えるのか?」

「イエ~ス!それに、あと一回やって両方が生きていれば三千万さ!」

 あくまで楽しそうなピエロの声が神経を逆撫でする。

「さあ!次でラストだよ!見事賞金ゲットとなるかな!?」

 ヒデのやつ……賞金の事、知ってて黙ってたのか?

 ――――二千万入ったとして、ヒデの借金が千五百万だから……。

「…………」

 急に小便がしたくなった。

 俺の取り分が無くなれば、二千万でも借金帳消ししたうえで五百万残る!

 これを計算していたのか!?

 俺はあらゆる負の感情が押し寄せて叫びそうになるが、辛うじて堪えた。

 モニターのヒデも、札束を前に固まっている。

 当然だ。こんな金、俺達みたいな底辺では、本来なら生涯お目にかかれないだろう。

 そして、唐突に別の考えが浮かんだ。

 ――――もしかして、トラップ?主催者側のトラップか?

 実はヒデも知らされてなくて、ここ一番で教えて、心を乱す作戦か?

 どう考えてもこんな事やってるやつらはカタギじゃない。

 なにも見えるわけがないが、俺はカメラの魚眼をそっと窺った。

 俺達が苦しんだり、失敗して死ぬのを観察してるのだろうか。

 あのピエロがとんでもなく邪悪に思えてくる。

 だが、それにノイズのように被さって来る思考……。

 生き残れさえすれば、最低でも二千万……。

 か、金のことは考えるな!どちらにしてもここを生き延びるのが先だろうが!

 テーブルに残されたカードに視線を落とす。

 2か4!生き延びるにはそれしかない!それしかないが……。

 ここまで選択肢が少ないと、俺でもわかる!

 死ぬ確立は二分の一だ!いや、4でも半分が死んじまうって言うなら、片方が死ぬ確立はもっと上がるが……。

 今日まで付き合ってきたヒデの、いろいろな姿が脳裏に蘇る。

 気に入らない教師の車に十円玉で“うんこ”と書くヒデ。

 コンビニで万引きした菓子を女子にあげて気を惹こうとするヒデ。

 パチンコ台を殴って壊し、俺を置いてダッシュで逃げるヒデ。

 ノリと勢いで笑い転げたこともある。

 だが、どれもこれもが冷静に振り返れば最低なクソみたいな思い出しかない。

 考えるほど、冷たくて重い物が腹の中に満ちていく。

 いまさっきやり返してきたあいつが、2を選ぶか!?あいつが選ぶのは4!50%で死ぬ4……。

 クソが!ふざけんな!

 なんで俺がこんな目に!

 毒づきながらも2のカードを手に取る。

 酷い眩暈を感じた。

 多分、一瞬のことだと思うが、一分近く続いたように感じた。

 それ以前に、もしもあいつが2を選んでいたらどっちにしても死……。

 ってことは、俺が死ぬ確立は四分の三か?

 なんで俺がここで損しないといけないんだ!お前が4を受けろよ!

 四分の三で死。分の悪い賭け。

 四分の三……?

 ちょっと待て。

 俺は深呼吸をした。

 そのまま、肺の空気を全て入れ替えるように大きく息をする。

 ……ある。

 あるじゃないか。

 四分の三じゃなくて、せめて二分の一にする方法……。

 運が良ければ……あいつが2を選んでいれば確実に生き延びられる!

 俺は震える手でカードを選んでセットした。

 そして、ピエロが言った。

「よし、二人ともセット完了!それじゃあ、運命の時だ!果たして賞金ゲットなるか!?」

 ピエロの声が遠くに聞こえた。俺は気付かないうちに笑顔で頬を歪めていた。




 元はと言えば、お前がこんなイカレタゲームに応募したのが悪いんだろうが!俺の借金なんて、せいぜいギャンブルで作った三百万程度だ!こんなゲームしなくても必死になりゃ返せる額なんだよ!でもお前は違うだろ!?千五百万なんてお前に返せるわけねぇだろ!?一生かかっても、生まれ変わっても無理だろうが!だからこんな狂ったゲームやる羽目になったんだ!ガキの頃から面倒なことにばっか巻き込みやがって!この疫病神が!馬鹿で単純で卑怯で卑屈で小心で矮小でスケベでチビで本当にどうしようもないお前とずっとトモダチしてやってたんだからよぉ!恨むんじゃねぇぞこの……。




 白を基調にした画面がやけに眩しく顔を照らした。

 サイドのモニターには5が映っている。

 俺が選んだ5と、ヒデの選んだ5。

「おかしいだろおおおおおおおおおお!なんで5なんだクソがああああああっ!」

 思わず立ち上がろうとして、腕と足に拘束具が食い込んだが、もう痛みも感じなかった。

 モニターの中では自分と同じように、涙と鼻水を流したヒデが、動ける範囲で藻掻いている。

「死ねっ!お前一人で死ねっ!なんでお前なんかと一緒に死なないといけないんだ、クソボケがあっ!」

 俺は思いつく限りの罵倒と、自分でもわけが分からない言葉を喚きながら、右腕だけで暴れた。

 テーブルにひっかけた爪が浮き上がって、血が付いた2と4がはらはらと床に落ちた。

「外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!外せ!」

 俺は椅子ごと持ち上げる勢いで前のめりになったが、当然ビクともしない。

 この処刑道具が、見たこともないほど太いボルトで床に固定されている事に今更気づいたが、それでも悪あがきせざるを得なかった。そうしないと気が狂いそうだった。

 だが、そんな俺を他所に、最後までピエロは調子を崩さなかった。

「それじゃあ最後の電撃ィ~~……イッテミヨ!」

「ま、待って……」

 この時に出た自分の声は、掠れて別人のよう……まるで老人の声のようだった。

 全身を駆け抜ける痛みと熱。

 裏返りそうになる皮膚。

 光を出しながら跳ねる体。

 服と髪が焦げる匂い。

 モニターの中で、スパークするヒデ……。

 それら全てが、じっくりと時間をかけて意識から遠退いていった……。




「ありゃりゃ~チャレンジ失敗だ~。でも大丈夫、きっと二人は天国で仲良くやってるさ!」

 まるで何事も無かったかのように、オープニングでも流れた、陽気なBGMが始まった。

「人生を大逆転できるかもしれない仲良しゲームは、参加者を随時募集しているよ!応募フォームは番組ホームページへ、みんなのチャレンジ待ってるよ!それから、セルDVD、ブルーレイは超限定で――――」

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