海賊王の資格②
モエラに連れられて雄大はヴァムダガンか投獄されている収容所を訪れていた。カーチスが操縦するシャトルで10人の受刑者が収容されている正20面体の居住用モジュールに乗り付ける。
「随分と小さいな」
「ん、初めて見るのか──まあそりゃそうか。こんな施設、知ってる方がどうかしてる」
「いや、映画とかだと刑務所には運動する場所とか作業所とかあって……」
「ああ……そういう一般受刑者の入るところと違ってな。この収容施設は社会復帰する必要がない受刑者が最後に入れられる場所だ。今この施設の中に収監されているのは全員ヴァムダガンみたいな死刑待ちの連中なんだよ」
「全員、死刑……」
雄大は目を白黒させて驚くが一方のモエラの口振りには特に気負ったニュアンスは無い、土星基地司令にとっては死刑囚など珍しくもないのだろうか。
「おい宮城の息子。お前もわかってるだろうが──あんまり責任を感じない方がいいぞ。何人もの他人の死を背負えるほど私達の肩は広くないんだからな」
「わかってるさ、それぐらい。いちいち気に病んでたら粒子砲のトリガーは弾けない──」
「そうだ、それでいい」
雄大はゴクリと生唾を呑んだ。
狭苦しい通路を複数の平べったいカニのような小型のロボットが這い回る。彼らがこの施設の看守であり、囚人の世話人である。
『面会人のIDを照会──ユウダイ・ミヤギ……本人と確認しました』
面会室の前で待たされること約10分、防火シャッターのような仕切りが上がるとアイボリーホワイトの殺風景な壁面で覆われた部屋が現れる。
モエラが顎で雄大に入るように促す。雄大は一人で面会室に入ると再びシャッターが降りる。チラリと視界に入ったモエラの手にショックピストルが握られていたので雄大は急に不安になる。
(お、おいおい……もしかして万が一、なんてことに備えてるわけ? 縁起でもないな)
椅子に腰掛けると更にもう一枚、シャッターが上がる。強化ガラスの向こうに筋肉質の男が座っていた。ユイがしていた手錠ともまた違うタイプの電子式の手錠で、普段は自由に手を動かせるが、牢獄から離れると両手の甲側が強烈な磁力で引き合って密着する仕掛けのようだ。
特徴的なモヒカンヘアー、右目に黒い眼帯アイパッチ、厳めしい顔。天才ネイサン少将が如何なる策を用いても捕らえる事が出来なかったほどに用心深い海賊──ヴァムダガン・ファミリーの頭目、ヴァムダガンだ。
「おお、よく来たな我が宿敵、ユウダイ・ミヤギよ──久しいな。我が家にようこそ」
「ヴァムダガン──宿敵も何も俺とお前はビューワー越しに少し会話しただけだろ。ほぼ初対面と同じだよ」
(このヘアスタイルを維持出来るぐらいの自由はあるんだな……)
「ハハハ何処までも食えんヤツよ。そうやって無能を装っているがその実、鋭い爪を隠し持つ鷹のような若者……」
これは流石に褒め過ぎだ、雄大は背中がむず痒くなる。
「ヴァムダガン……今回はご愁傷様というか──死刑、なんだってな。俺を怨んでるか? 」
「怨むも何も──ハハハ、俺が恨み言をいうためにわざわざお前を呼んだとでも? みくびるなよ、俺様はそんなに小さな男ではない。それにヴァムダガンは戦士だ、死など恐れない」
「正直言うと、さっぱりわからない。なんで俺と会おうと思ったんだ?」
ふむ、とヴァムダガンは顎に手を当てて少し思索を巡らす。
「──俺様はな、お前に敗れた事を誇りに思っている──何せ俺は英雄の覇道に立ちはだかった最初の強敵となるのだからな。お前と戦った者の名前は銀河の歴史に刻み込まれ、末永く語り継がれる」
「はぁ?」
ちょっと待て、と雄大は両手を挙げて厳ついモヒカン男を黙らせた。放っておくと吟遊詩人のように雄大をどこまでも持ち上げていきそうな勢いだった。
「英雄ってのは俺の事か」
「他に誰がいるのだ? 英雄以外の者にこのヴァムダガンは倒せない」
「誤解するなヴァムダガン。俺はそんな大したヤツじゃないんだ。士官学校を途中でやめて家を追い出され──武装商船の操舵士をやって──たまにレジ打ちにまで駆り出されるような下っ端だ。皇女殿下の船と言えば聞こえはいいが内情は人手不足で平気で給料未払いするようないかがわしい会社だぜ? 皇女殿下やマーガレットは英雄ぽいカリスマを持ち合わせてるけど──俺は程遠い存在だ。お前を逮捕出来たのはたまたま、偶然だよ」
「まあまあ、そう自らを卑下せずに事実を拾い出してお前の功績を客観的に評価してみるのだ。ユウダイ・ミヤギよ、お前は旧木星帝国の生き残りユイ・ファルシナ皇女殿下を腕前一つでお助け奉り、戦場を駆け巡って憎き地球閥の首魁リオルカフテンスキの野望を打ち砕いた──そう、地球閥の大物を倒すなど、長きに渡る闘争の歴史の中でどんな英雄もなし得なかった偉業ではないか! そしてつい先日も鎧袖一触、あのトロニツカを寄せ付けることなく倒した──その牙は隠そうとしても隠せない、お前は羊ではない、狼の子だ」
雄大はあきれ半分、驚き半分の表情でヴァムダガンを見つめる。
「トロニツカファミリーのことまで知ってるのか」
「当たり前だ、私は貴様の宿敵とも、お前のことはなんでも耳ここに入るようになっている──」
ヴァムダガンはぎらついた瞳で雄大を見る。
「さて、話を戻そうか。ユウダイミヤギ、お前には王になる資格がある──」
「王だって? 一体なんの話だ」
異常者──このヴァムダガンという男、誇大妄想癖をこじらせた精神異常者に違いない。雄大は寒気がしてきた。
「お前は我々アステロイドパイレーツの主、海賊王となる資格を有している──我々は単なる海賊ではない、地球閥の横暴を許さぬ反政府ゲリラ、要するに旧木星帝国の流れを組む武装組織。つまりお前が擁しているユイ皇女殿下と志を同じくするものだ」
雄大はヴァムダガンの勝手な物言いに腹を立てた、ガラスを叩き語気を荒げた。
「おい、おい! 人殺しの海賊野郎! でたらめ言いやがって──都合良く木星の名を利用したってやってる事は追い剥ぎ、強盗、殺人、人身売買──どんなに大義を語っても結局は弱い相手しか狙わない卑劣な犯罪者じゃないか! ユイさん達はな、お前らアウトローが木星残党を名乗るせいで随分迷惑してるんだぞ──!」
ヴァムダガンは雄大の罵倒にも動じない、死を覚悟したこの海賊にはもう何も恐れるものはない。
「カハハハ! 何を言う、旧木星帝国の軍艦を使って地球閥の連中に天誅を下していたのがわからんのか──我々は幼い皇女殿下に成り代わり非業の死を遂げられた皇帝陛下の無念を晴らしていたのだぞ。感謝して欲しいものだ」
雄大は気分が悪くなってきた。このヴァムダガンの言う事は一応筋が通っている──通っているが間違っている。彼は間違った方向に真っ直ぐ一途なのだ。
単に誇大妄想癖をこじらせただけではなく彼は彼なりに信念を貫こうとしているようだ。こういう狂信者のような連中は本当に性質が悪い。
「あのなぁ、俺は英雄じゃないし、王になる気なんてない。あんまり荒唐無稽なこと言ってるともう帰るぞ?」
「まあ待て、この会話が盗聴されていると思って慎重になる気持ちもわかる。お前は用心深いからな──だが安心するのだ、この末期の面会だけは死刑囚のプライバシーも保護され監視カメラ以外のセンサーは作動していない──連邦法、人権保護プログラムが勝ち取った囚人の権利だ」
「う、うーん……」
雄大は観念してヴァムダガンの話を聞いてやる事にした、まともに相手するより調子を合わせてやった方が早く終わりそうだ。
「さて英雄、ユウダイミヤギよ。お前にこれを託す──狼の牙を研ぎ恐れずに進め。さすれば必ずや王への道がひらける事だろう」
ヴァムダガンは自らの眼帯を外すと強化ガラスの端にある小さな隙間に差し込んで雄大側に押し込む。
「え? おいおい──」
「それは由緒ある我がアステロイドパイレーツの頭目の証だ、いずれお前の覇道の助けとなる」
「は、覇道……ねえ……」
雄大は汚らしい物のように指で眼帯をつまみ上げた。
眼帯をとったヴァムダガンの右目は特に怪我をしているわけでもなく目はちゃんと見えているようだ。ファッション、というかアステロイドパイレーツのトレードマークとして身に着けていたのだろうか。
「頼んだぞ我が宿敵ともよ、死する運命の私の代わりに木星を解放せよ、悪しき銀河公社の船を撃沈しろ地球閥から送り込まれた木星総督を殺せ、支配者達から在りし日の美しい木星を取り戻すのだ。骸を敷け、海賊の旗を掲げよ」
(うげっ……こいつ、アブナいなんてもんじゃ無いぞ……筋金入りだ)
雄大は流石に驚いて面会室を見回して盗聴や監視が無いかどうかを改めて確認する。今の発言はちょっと生々しい感じだ。
「ユイ皇女殿下を頼んだぞ、皇帝陛下の仇を彼女にとらせてやるのだ」
「は、はぁ……まあユイさんの安全についてだけは約束するけどな」
雄大は頭が痛くなってきた、ひきつった愛想笑いを浮かべながら満足げな死刑囚を眺める。
ヴァムダガンは床をダン、ダンとドラムを鳴らすようにリズミカルに踏み鳴らす。
「どうやら面会時間が終わったようだ──ありがとう、ユウダイ・ミヤギ。これで常世に思い残すことは無くなったのだ。死刑執行の時まで俺は有意義な時間を過ごせる──呼び掛けに応じてくれた事を感謝するぞ…………」
シャッターが閉まりきるまでヴァムダガンの足踏みは続いた──◇
「────と言う事があってだなぁ……参ったよ、ドッと疲れた」
ぎゃらくしぃ号に戻ってきた雄大は軍からの公的な証明書など諸々の書類を持ってユイの部屋、社長室にやってきたのだが、生憎とユイは不在だった。
そもそも牛島やラフタにでも愚痴をきいてもらおうかと思っていたのだが、牛島はリンゴと一緒に物資の買い出し、ラフタは六郎と一緒にぎゃらくしぃ号の外装を整備していて忙しそうだった。マーガレットは陣馬とブリジット相手に稽古の真っ最中──仕方が無いので一番暇そうなリタ相手に収容所での顛末を語ってきかせていた。
「海賊風情が英雄を語るとはな、世も末だ」
リタは小馬鹿にしたようにフフッと鼻で笑う。
「ほら『英雄とはわしのような人間の事を言うのだ』──とかなんとか言えよ? 元・地球閥の偉い人?」
雄大がからかうとリタは手近にあったクッションを雄大に投げつけてきた。
「忘れるな。自由の身になった暁には貴様にもこれと同じ屈辱を与えてやる」
幼女の姿ですごまれても迫力に欠けるというものだ、雄大は「はいはい」とあしらいつつヴァムダガンの黒い眼帯を持て余したような様子で引っ張ったり丸めたりし始めた。
「ユイさん遅いな……」
「おい、その眼帯は海賊の形見分けみたいなものか?」
「そうなんじゃないかな──これを渡せてあいつ満足そうだったし、まぁ怨まれたりはしないかな。しかしホント参ったよ英雄だの何だの……そんな柄じゃないことぐらい見てわからんのかな」
ふぅむ、とため息を吐くとリタは本をテーブルに置いて頬杖をつく。
「『自分を倒した相手は大物であって欲しい』──死にゆく運命にある敗者が抱く幻想だな。せめてもの慰めさ」
「へえ~、俺なら自分を殺した奴にはとことん不幸になって欲しいかも」
「ははっ、下衆の思考回路だな、その海賊はお前を買い被り過ぎておる」
「なんだよ、海賊の方が大物だって言うのかよ」
「いや、そうではなくてな、お前は下衆の中でも意外性のある大物の下衆だと言っておるのだ」
「なんだそりゃ──下衆野郎の最上級みたいじゃないか──俺が気にくわないからって海賊風情の肩を持つのかよ」
「ふぅ……最近、誰かさんのせいで惨めな敗北者の心境にやたらと詳しくなってしまってな、その海賊についつい共感してしまうわい。常に勝者であった私には耐え難い苦痛だ」
「なぁお前、更に僻みっぽくなってない? 地球で何かあったのかよ」
「うるさい……ほー、これがその海賊王の証か」
リタは雄大のそばにやってくるとヴァムダガンの黒眼帯アイパッチを手に取った。
「ふうむ……」
リタは興味深げに眼帯を調べ始める。
「なんだお前、そんなのが欲しいのか? でもやらないぞ、無碍に扱ったらヴァムダガンが化けて出るかも知れないからな」
「いや別に欲しくはないが何か特別な仕掛けでもあるのかと思ってな──」
「王の証なんて狂人の妄想さ。そんな仕掛けがあるならとっくに軍が気付いてるさ。収監されたのに没収されてない時点でお察しだね」
「それもそうか」リタは眼帯をくるくると回すと雄大に投げ返す。キャッチした眼帯を雄大はズボンのポケットにしまい込む。
「怨念こもってそうで雑に扱うのも怖いんだよな、こういうの。どこに置いておこうか」
「眼帯か──まあ王の証どころか仮装パーティーぐらいにしか使えんだろうな」
リタはせせら笑うと本を取り読書に戻ってしまう、話し相手を失った雄大は時計を見てそわそわし始めた。
「なあ、ユイさんどこに行ってるんだ? かれこれ30分は過ぎたぞ」
「何か張り切って準備していたな、船の外で何か売るとか──」
「え? 俺が戻ってきた時は別にそんな様子なかったけど?」
「ああ、あの火星の娘と一緒に何か準備していたからな。もしかしたらこの船ではなくて例の火星の船の前に居るのかもしれん」
「あ、なるほど。あの通天閣グループの船の方に行ってるのか──よし」
ひらひらと手を振るリタに見送られながら雄大は社長室を後にした。
◇
「さーさ、買うた買うた、在庫売り切りセールは今だけ! 滅多にやらん安売りや、土星ここだけの話やから内緒にしてな~っ!?」
(な、なんの騒ぎだこれ……)
ぎゃらくしぃ号の停まっている場所の裏側にあるはずの沙織の船へ向かっていると騒々しい声が聞こえてくる。
貨物リフトが行き交うドック内、雄大の視線の先にはお祭りのような人集りがあった、数秒おきにゲラゲラと大きな笑いが起きていて皆PPで何かを熱心に撮影していた。
その人集りの中心では直立する巨大なウサギとエビが向かい合って何か喋っている。
(えっ、着ぐるみ?)
「ほら、そこのウサギ! なんやその……立ち方にまで気品漂わせるのやめえや」
「は、はい先輩──すみません。なかなか難しくて……」
「難しいことあらへんがな、アホになるだけでええんやで」
「あほですか──どんな風に演じれば良いのでしょうか、よくわかりません先輩」
「うむ、着ぐるみの極意は天然の笑いを取ること。演技は要らんねん、無心でウサギになりきるんや」
「ウサギに、なりきる──?」
「見てみい、ウチはエビさんになりきっとるで!」
ピンピンピン、と小刻みに三回、後方へ連続跳躍する巨大エビ。
スゴいです先輩、スゴいです先輩を連発するウサギ。自らも後ろに跳ぼうとしてスッテーンと転んでしまう。
「アカン! ウサギはバックジャンプはせえへんのや、前に跳ばんかい前に」
「前ですか? えい!」
続けて前に跳ぼうとするが着ぐるみの脚は異常に短いため、うまく跳べずに今度は前にペタンと倒れ込む。
「なんやどんくさいウサギやな!」
ウサギがみっともなくすっ転ぶ姿は滑稽で野次馬達から一際大きな笑いが起こる。
(考えたくないけど──あっちの運動神経がめっちゃ悪そうなウサギの方──もしかして)
「ユイ、さん……?」
雄大の声にウサギの長い耳が敏感に反応した。
「あっ雄大さん!? 雄大さ~ん!」
ウサギは起き上がると飛び跳ねながら満面の笑みで此方に大きく両手を振ってくる。
間違いない、この声はユイ・ファルシナ皇女殿下その人だ。
この場に魚住女史が居なくて本当に良かった──雄大ですら一気に血の気が引くのを感じたぐらいなので魚住だったらこんな大勢の前でぴょんぴょんやってるのを見たら魚住は卒倒してしまうだろう。
「ゆ、ユイさん!」
雄大は思わず駆け出す、人混みを掻き分けて到達するとそこには間抜けな顔をしたウサギ、その大きく開けた口から顔だけ出している女性は、紛れもない木星帝国の皇女である。
雄大は立ち眩みがして思わずニ、三歩、後退する。
「ユイさんじゃないですよ、今はウサギさんですよ──ぴょん!」
「な、なななな! 何やってんの!?」
「先輩に着ぐるみ営業の極意を教えてもらってるところ──だぴょん! みんな大喜びです──ぴょん!」
「ハハハ、どやねん兄さんユイウサギかわええやろ。お客爆釣やがな。こっちも余っとった冷凍エビがバンバン売れとるで」
雄大が青ざめていると、巨大人面エビこと通天閣沙織が雄大の近くに寄ってくる。長いヒゲがバシバシ顔に当たって痛い。
「あ、あんたが元凶か──ユイさんにこんな面白い格好させて!」
「オモロいやろ?」
「だぁ~っ!! 面白けりゃいいってもんじゃない、凛としたユイさんのイメージが台無しだ!」
「なぁにをエキサイトしとんねん。ウチは火星流のレクチャーついでにあんたのとこの不良在庫を捌く手伝いしとるだけやで」
巨大エビは自前の長いヒゲを撫でる。
「そうなんですよ、沙織さんのおかげでどんどん不良在庫がはけてます! 攻めの営業って効果抜群ですね!」
「せやろせやろ! 売る方も買う方も、みんなハッピーになるんがこの仕事の基本。気持ち良く買い物してもろたら次も来てくれるし、ウチらも元気になるやろ?」
得意気に語る沙織だが、月一等市街地育ちの雄大の目には火星西部流の商売はやや乱暴で下品に映る。
「ぎゃらくしぃは『皇女殿下のお店』なの! これからも『木星王家御用達』ってブランドイメージで売り出していくんだから着ぐるみで販売促進とか水と油みたいなもんなんだよ。ユイさんほらこっち来て、帰りますよ!?」
「えっ──でも」
ゲラゲラ笑いながらPPでユイと沙織を撮影する客達を見て雄大は焦った。
「ゆ、ユイさんはそういうキャラで売り出しちゃダメ──ほら、撮影禁止、撮影禁止!」
「皆さんこの格好とっても喜んでらっしゃいますし……きゃっ!?」
雄大は有無を言わさずユイウサギの背中と膝裏に腕を回して抱え上げる。そして小声でユイに耳打ちした。
「ユイさん、あのお客達の半分は喜ぶっていうより、変な格好をしたりみっともなく転んでるユイさんを馬鹿にして笑ってるだけなんだよ──」
「そ、そうでしょうか」
ユイは半信半疑だが、雄大の目にはどうしても何度も転ぶユイを笑う人達の顔が嘲笑しているように見える。
「ユイさんは道化師でもコメディエンヌでも無い──銀河に光り輝く皇女様なんだ。最低限の品位は守らないと」
「は、はい」
真剣な表情の婚約者。ユイは素直にその言葉に従った。
「なんやノリの悪いやっちゃな~、ユイウサギ可愛いてめっちゃ好評なんに」
「あのねえ沙織さん、ユイさんは商売人である前に木星王族唯一の生き残りなんだ。こういうタレントまがいの客寄せをするような人じゃないの」
「え~、でもユイはんの方から『自分も着ぐるみ着てみたい』ってゆうて来たんやで」
「ウチのユイさんはちょっと子供みたいにはしゃぎ過ぎる事があるんで──行き過ぎた感じになった時は、沙織さんの方からやんわりとたしなめてもらえます?」
「あ、はい……」
雄大の剣幕に負けたエビ着ぐるみの沙織は思わずバックステップを踏む。
「わ、わかったけど、そんな怖い顔せんでもええやん」
沙織は小さく、ちぇっ、と呟く。
「すみません先輩、雄大さんが怒っているので私はこの辺で──」
「しゃーない、後はウチがやっとくからユイはんはもう上がってええで?」
「じゃあ一旦帰ります、沙織さんごめんなさいね」
雄大はユイウサギを抱えてぎゃらくしぃ号の方へと向かって歩き出す。10人ほどの子供達が「ウサギさんバイバイ」と口々に叫ぶのでユイは雄大の背中越しに大きく手を振った。
◇
名残惜しそうに盛況な特設販売所の様子を眺めるユイ。
「雄大さん、まるで魚住みたいです」
「……もう、ユイさんはまったく──魚住さんが少し怒りっぽい性格になったのはユイさんにも少し原因があるんじゃない?」
「そうでしょうか──このウサギさんの格好、雄大さんは嫌いですか?」
「……そ、そんな格好しなくてもユイさんは──じゅうぶん可愛いし、目立つから」
雄大はユイと視線を合わさないようにしながら答える。
「か、可愛い……私可愛いですか?」
「もちろん、銀河一、可愛いです」
ユイは不意に雄大から口説かれているような気持ちになった、俄かに頬の当たりが熱くなる。
「な、何だか照れますね……」
はにかんだように微笑むユイ。
雄大はユイを腕から降ろしてゆっくりと立たせると被り物の頭を取り外す。輝くような艶を放つ黒髪が白い毛皮の上にはらりと垂れる。汗のせいなのか髪はややしっとりとして、いつもより少し強めの色香を発している。
「ねえユイさんちょっと真面目な話するけど──魚雷の中身を詰め替えてみたり、さっきみたいにはしゃぎ過ぎたり。最近のユイさん、ちょっと焦ってないですか」
「え? 私、雄大さんから見ておかしな様子なんですか?」
「うん──急いで何かしなくちゃ、せっかくだからもっと楽しまなくちゃ、とか──人生の楽しいことを取り戻そう、って急ぎ過ぎてるように見えます……もっとゆっくり行きましょうよ、ユイさん。子供っぽくはしゃぐユイさんも可愛いけど、俺はもっと以前みたいに穏やかなユイさんを見ていたいかな」
ユイは指摘されてはじめて自らの言動が躁気味になっているのを自覚した。
「──そう、かも知れませんね──すみません」
「通天閣さんみたいな同業者の友達が出来て嬉しくてはしゃぐ気持ちはわかりますけど、通天閣さんの得意な領分とユイさんの得意な領分は違っていて、ユイさんは通天閣さんには成れないんだから──無理に真似しくても大丈夫。友達だからって相手に全部合わせなくてもいいんですよ」
ユイは驚いて目を丸くする。
「雄大さんってやっぱりすごいですね、心の中を全部見透かされてしまっているみたい」
雄大はユイの頭に軽く手を置いて優しく撫でる。
「じゃ、早く着替えないと──こんなふざけた格好してるのをマーガレットに見つかったら大変ですよ」
「そ、そうですね……! メグちゃん、ファッションに凄くうるさいし……この格好は問題あるかも!」
雄大は再びユイを抱え上げると急ぎ足でぎゃらくしぃ号へと歩を進めた。




