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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
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海賊と火星の姫④

マーガレットは黒とグレーのアンダースーツにジャケットを羽織っただけのラフな格好で医務室の一角に陣取っていた。鏡とにらめっこしながらスレンダーなボディーラインを惜しげもなく晒している。


「閣下、どうされましたか?」


 少し太めの中年女性、小田島医師がココアの入ったカップを手にマーガレットの手鏡を覗き込む。


「髪型が上手く決まらないの……ねえどうかしら」


「ああ、右の奥が少しハネてるんですかね」


「あ、本当……困ったわねえ」


「それぐらいなら大丈夫ですよ男性はそこまで気付きませんから──宮城さんはどうか知りませんけど」


「わっ」


 動揺したマーガレットの肩がわかりやすく跳ね上がり手鏡を取り落としそうになる。


「ちょっと──先生? わ、わわわわたくしはユイ様の前に出るために──か、かか髪、髪」


 結婚経験者の小田島はにこにこと笑いながら、マーガレットの初々しい反応を楽しむ。そしてココアをニ杯、水色の検査着を羽織ったふたりに手渡した。


「お嬢さん安心してね、宇宙線の影響は特に問題ありませんでしたよ」


「お、おおきに──」


 通天閣沙織はココアを受け取りつつマーガレットに顔を見られないように息を潜めていた。


「良かったわねあなた達、このぎゃらくしぃ号が偶然近くを通りがかった幸運、神様に感謝しなさいね」


 マーガレットは櫛で髪を整えながら背中越しに沙織達へ向け声をかける。


「へえすんまへん、神様もそうですけど、木星の皇女殿下には足向けて寝られません」


 通天閣政春も声色をかえながら答える。


「あら、いい心掛けじゃない? ふふ。ゆっくり休んでいくといいわ、どこか落ち着ける部屋が用意出来るまでここに居なさい」


 マーガレットは振り向くと少し機嫌良さげに微笑んでから、再び髪の毛の手入れを始めた。


(長いわ──髪の毛とかどうでもええやん、この女はよ出て行かんかな。ウチこの間この怖い女に顔見られとんねん。見つかったらなんか詮索されそうや)


(しかしなんやな、女だてらに海賊ボコリまくって。もっとゴリラみたいな女かと思とったら、ごっつい美少女やんか。もう少し見てたいわ)


 政春は椅子に座ったまま身体を傾けてローアングルからマーガレットの太腿から腰のラインを舐めるように眺める。身体に密着したアンダースーツはマーガレットの引き締まったヒップラインをことさらキュートに魅せる。政春は生唾を飲み込んだ。


(ほえええ~、いやぁホンマに。こらすごいわ)


(おっちゃん、大概にしとかんと美鈴さんにチクるで)


(なんでここで女房の名前出すねん、萎えるやろ。あらもう女やない宇宙害獣ベムや)


(ひど──だいたい目の保養ならウチで十分ちゃうんか)


(アホくさ、何が悲しゅうて姪っ子に欲情せなあかんねん。俺ロリコンちゃうで)


 マーガレットはハネを抑えるのを諦めて手鏡を仕舞い、ベッドに潜り込んでいるエルロイと話を始めた。ブリジットの仕事ぶりを尋ねているらしい。


 マーガレットの注意が完全に自分達からそれたのを見た沙織は小田島に小声で話し掛けた。


「あの~、ウチらそろそろここから出してもろてもええやろか?」


「ちょっと待ってね、もう少ししたら皇女殿下が来てくれる事になっているから。それまではココアでも飲んでて」


「いやその、ウチら自分とこの船と航路に放たってきたモジュールが心配で──出来ればさっきのとこまで戻りたいねん」


「でも、パトロール艦隊の人がサターンベースで軍発行の被害証明を出してくれるって」


 航路内の安全は軍だけでなく管理者である銀河公社がある程度保証することになっている。軍の証明書があれば銀河公社から船の修理費用と見舞金を請求することが出来る──普通はなかなか出したがらないのだが、今回は沙織達が襲われたおかげで航路の安全を脅かしていたトロニツカ・ファミリーを退治出来たのだ、公社の審査官も見舞金を渋ったりはしないだろう──


「い、いやいやそんなん要らんねん、だ、大丈夫大丈夫。火星の組合から下りる損害保険で十分や。お医者のセンセからもそうゆうたってえな」


「あら、せっかくだからゆっくりしていけばいいのに。火星のお客様って珍しいから──もっとお話したいわ。なんでかわからないけどぎゃらくしぃ号の利用客の人には火星の人が少ないから」


「そら当然や、ウチら火星西部ウェストは賢いから定価ではよう買わんよって。仕方無いやろな。東部イーストのヤツらは引きこもりやから外にはなかなか出てこんし」


「あらそうだったのね勉強になるわ。そうそう、そう言えば火星のお祭りでは『値切り交渉』とか『果物の叩き売り』とかが盛んで、安売りするのが文化なんですってね。いつか行って体験してみたいわ」


「別に祭りやなくてもいっつもやっとるで? 火星おもろいから来たってや。センセみたいな人なら大歓迎ウェルカムや」いつの間にか小田島のペースに飲まれて会話が世間話に誘導されていく。政春は楽しそうにお国自慢を始める沙織の肘をつついた。


(なにしとんお嬢、世間話しとる場合やないで。バレる前にパトロール艦隊のお偉方に直接ゆうてぎゃらくしぃ号から出してもらおうや)


(あ……せやな。なんやこのおばちゃん話し易いからついつい、な)


「センセ、ウチらの服どこ」


「あらごめんなさい。服の除菌も終わってる頃ね……はいどうぞ、もう着替えても大丈夫ですよ」


「おおきに」


 仕切りカーテンの中で着替えていると医務室のドアが開いて数人がどやどやと押し寄せてくる。


「あらユイ殿下いらっしゃいませ」


「どうも小田島先生、お仕事お疲れ様です──メグちゃんもお疲れ様! ごめんなさいね、私が余計な事したからメグちゃんに迷惑かけて」


「いえそんな! 殿下のお役に立つのがわたくしの存在意義そのものですから」


 ユイとマーガレットが会話を始めるとエルロイもベッドから起き出して直立する。


(うわ、なんやユイ・ハルシナまで来てもうたやん!)


(出るタイミングを逸してしもた……)


 沙織はカーテンの隙間から医務室の様子を窺う。ユイの後ろには軍人を含めた男性が数名。


「ところで火星の御方はご無事でしたか?」


「ええ、検査では異常無しで。そこで着替えてもらってます」


「良かった──あの、私はユイ・ファルシナと申します。救助に手間取ってしまったお詫びをお二方に申し上げたいと思いまして」


 沙織と政春は観念してカーテンを開けてユイ達の前に姿を表した。沙織は服の襟を立て、前髪を垂らして目を隠す。無理やり目元口元を覆い隠してやり過ごそうというささやかな抵抗だった。


 あからさまに不自然だったがユイは東部出身のラフタがこういう感じで顔を隠すのを見慣れているので「火星の人はこういうシャイな感じなのだ」と納得した。


「あら?」


 小さく声を上げたのはマーガレット。


「あなた、どこかで──」


「あー、火星はウチみたいな美少女ぎょーさんおんねん。気にせんとって」


「あなたええと、確か反重力ボードに乗って──」


「あー、ホンマありがとさん、九死に一生、地獄に仏てこのことやん? ホンマに感謝しとるでぇ、ありがとぉ、ありがとぉなぁ皇女はん」


 沙織はマーガレットの言葉を遮るように大声をだすとユイの手をとってぶんぶんと上下に振る。


「まあお元気そうで」


「助けてもろうて礼もそこそこでなんやねんけど、ウチら、はように元おった宙域に戻りたいねん──な、軍人はん、ウチらもう船に戻ってええやろ?」


 カーチスはハハハと笑う。


「ご安心してくださいお嬢さん、掃海作業の業者があなた方が展開していたモジュールを発見したそうで引っ張ってもらってます。中の商品や売上金も手付かずのようですから。そんなに心配なら今から一緒に紛失したものがないか確認にいきませんか?」


「えっ、なんやて? な、な、ななんでそんな余計なことすんねん。海賊はもうおらんし大丈夫やがな」


「余計なこと?」


 カーチスの目が細くなる。 


「何か見られたら困る物でも?」


「別にあんたら軍警察には見られてもええねんけど──しょ、商売敵には内緒やねん」


「ああ企業秘密──あれ? こちらの船とそちらの船はグループ企業とは違うのですか」


カーチスの問いにユイはきょとんとして首を傾げた。


「アラミス支店号ならありますけど……火星船籍のお船にお知り合いはいません」


 手元の書類をめくって眉をひそめるカーチス。


「でもそちらのお嬢さんの船──登録では『ギャラクシー号・火星支店』ってなってますけど? あれ、そう言えばおふたりは妙に他人行儀な──」


「火星支店ですって?」


 カーチスの疑いの眼差しだけでなくマーガレットからも鋭い視線が注がれる。少女伯爵の眼光が矢のように沙織を射抜く。海賊トロニツカを相手にしていた時よりも険しい表情に沙織は震え上がる。


「わーっ、わあああ! あ、アカン、軍人はんちょっと!? む、向こうで話そ、な? 『ホンマもん』のぎゃらくしぃ号の連中に聞かれたらマズいねんて! なんであんた軍人のクセにそないにおしゃべりなんやもおお!?」


「は?」


 ユイを除くほぼ全員の冷たい視線が沙織に注がれる。


「お、お嬢~……自爆し過ぎや」


 政春は沙織の失言にめまいがしてきたのか思わず目を覆う。


「──何がそんなにマズいのか、ちょっとそのモジュールの中身を見聞させてもらいましょうか、もちろん『ホンマもんのぎゃらくしぃ号の皆様』お立ち会いの上で──」


 カーチスはあくまで笑顔を崩さなかったが、その口調はどこか厳しさを伴っていた。

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