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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
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日常の回復と波乱の予兆②

ガッサ将軍は会議が終わっても帰らず人気のない通路の脇で太刀風陣馬と密談をかわしていた。


「おい陣馬、今回のこれはとんでもない吉兆だぞ」


 ガッサはユイの口から『雄大が少女伯爵のほうを結婚相手として選ぶ未来も有り得る』と聞いてかなり興奮していた。


「そうなれば当然婚約は破棄だ、つまりユイ皇女はフリーになりセレスティン大公殿下と結婚することになる! つ・ま・り! 我らの大勝利ではないか」


 くっくっ、と笑いをかみ殺す。


「しかしガッサ殿、拙者そう上手くいくとは思えませぬ──ユイ皇女殿下をお守りせんとする皇配殿下の覚悟は相当なものでしたし──あのふたりの間に割って入るのは相当厳しいかと」


「お前はそれでも大公の臣なのか? 大公殿下を木星帝国の皇帝に押し立てようとは思わないのか?」


「いえそのぉ何というか拙者──」


 陣馬はしばらく雄大の世話になってその人となりに触れてきた。そこまで悪い人間でもない、と軽くフォローを入れるつもりだったが、いざガッサを目の前にするとうまく切り出せない。


「なんだハッキリせんな、それでも武芸者か、んん? あの皇女の口から『恨みっこ無し』という言質を取ったのだ、これはもうかねてよりの計画通り、あの口うるさい宮城と伯爵をくっつけて王族親政の場から追い出すほかあるまいて。追い風が吹いとるぞ」


「まぁ、将軍は毎度毎度皇配殿下にやり込められてますからなぁ、あの人は若いですけど弁が立ちますし」


「ああいうのを口が減らないというのだ、腹立たしい小僧だよまったく──しかしまぁ今回はいい気味だったな、青くなって逃げ出す姿は傑作だったぞ。あのまま破談になってくれれば楽なんだがなぁ」


 ワハハ、と笑い飛ばすガッサの背後にスーッと何者かの影がさす。陣馬は密談をしている手前、それなりに近づく人がいないか気を配っていたつもりだったが、闇に紛れた何者かの気配にまったく気付けなかった。


(い、いかん──まさかぎゃらくしぃ号の中に刺客が?)


「将軍危ない!」


 陣馬は刀の柄に手をかけてガッサの前に躍り出る。


「何奴かっ」


 あっという間に抜刀して切っ先をピタリ不審者の喉元に突き付ける。わずかに起きた剣風に不審者の長い頭髪が巻き上げられた。


 陣馬に気付かれず接近した黒い影は「ヒィッ」という小さな悲鳴を発してぺたんと尻餅をついた。


「ん? おや……キミは」


「お、お助けぇ」


 か細い声を絞り出して命乞いをしているのはぎゃらくしぃ店員の制服を着た女性だった。


「キミは確か、先刻の会議でお茶を出していた給仕の──ソーニャさんでしたかな」


 上から覗き込むガッサにソーニャは腰を抜かしたまま、こくこくと大きく頷いた。長い髪の毛の間から引きつった顔が見え隠れする姿はまるで月の怪談に出てくる女の幽霊のようだった。


「な、内緒の密談をしている人達に気配を消して近寄ってはいかんですぞご婦人──拙者、危うく鞘で打ち据えるところでござった」


「いや抜いてる、刀抜いてるし鞘捨ててるし!?」


「あっ、失礼」


 陣馬は赤面しつつ鞘を拾い上げ納刀する。


「店員さんが何用ですかな、我らは今国家の計を案じているところ、用件は手短にな」


「あの、将軍閣下──閣下はあの宮城雄大のことを相当お嫌いなのですよね」


「今更隠しても仕方が無い。いかにも私はあの男が嫌いだ。いや嫌いというのは正確ではない、アレのせいで我らが大公殿下が苦境に立たされておる。我々はそもそも皇女殿下のご両親である皇帝皇后両陛下、並びに皇太子殿下の仇討ちをせねばならんのだ、それが当の皇女本人があの調子では──よりにもよって宇宙軍の大将の息子と結婚なんぞあり得ん話だ──」


「そうそう、主君の仇討ちは正当な権利でござる」


「そうだよく言ったぞ陣馬、そうでなくてはな」


「でもよく考えたら……当時の宇宙軍の生き残りって、もういないのでは? それこそオービル元帥とかクーデターを起こしたリオル大将ぐらいで……急がないと仇討ちの標的もそろそろ天寿をまっとうする頃なのでは……」


 陣馬の萎えるような物言いにガッサは渋い表情をする。


「何なのだお前は水をさすようなことばかりいいおってからに。別に誰でもいいのだ、地球閥の二世議員でも宇宙軍の若手将校でも──同罪だ同罪」


「す、すみません」


「あの──私、お話してもよろしいでしょうか」


「うむお待たせした、用向きをうかがおうか」


 ふたりは咳払いしてソーニャの話を聞く体勢を整えた。


「私もあの宮城雄大が嫌いで──この船から居なくなれば良いと常々思っているのです」


「なぜ皇配どのを嫌うのでこざるか」


 ソーニャの白い顔が見る見るうちにピンクに染まっていく。


「それは──あの男が、女たらしの最低な奴だからです……! 女の敵! この間なんて私にまで色目を使ってきて──けがらわしいケダモノなんですっ!」


「ほーお……?」


「あの男! マーガレット様をもてあそんでおいてあっさり皇女殿下に乗り換えた……! 絶っっっ対許せない! あれからマーガレット様の様子がおかしくなって──あいつが来てからマーガレット様は変わってしまわれた!」


 髪を振り乱して敵意を剥き出しにしたソーニャの形相はまさしく鬼女のようで、普段の楚々とした目立たない姿とはまるで別人だ。


(怖っ!?)


(なんだこの娘、ちょっとアブナい感じじゃないか?)


 ふたりはソーニャの豹変ぶりに驚いてそれこそ一歩遠ざかる。

運悪く通りかかった男性店舗クルー二人組を怨みの念がこもったソーニャの鋭い眼光が射抜く。


「寄るな雑魚がッ、いま大事な話してんだからとっとと失せなさい!」


「うわぁああ、幽霊だああ!?」


 男性クルーは脱兎のごとくその場から立ち去った。


「誰が幽霊だ! まったく男って生き物はどいつもこいつも……」


「あのぉ、そこまで怒らなくても……皇配どのはああ見えてマーガレット閣下のことを如何にして傷付けないようにするか、真剣に悩んでたでござるよ。もてあそんで捨てるなんて──」


 陣馬が大人しいトーンでソーニャを落ち着かせようと語り掛けるが虎の尾を踏むことになってしまった。


「ここに来て一年も経ってない宮城にマーガレット様の何がわかるっていうのっ!? あの御方はああ見えて誰より繊細ナイーヴで純粋ピュアな乙女なのよ、私は長年、ずっとずっとマーガレット様を見守ってきたの、その私が言うんだから間違いないのよッ!」


「ご、ごめんなさいっ!?」


(迂闊に刺激するな!)


(が、ガッサどのぉ、この人すごくヤバげでござるよぉ)


(私も若干生命の危機を感じているところだが、この迫力ただものではないぞ──)


 興奮し過ぎて酸欠にでもなったのか、ソーニャは酸素吸入器を口に当て、肩を揺らすように息を整える。


「はぁ……お待たせしました、それでその、宮城雄大をこの船から追い出す計画を立てていらっしゃるのなら、私も是非、是非是非ご協力したいと思いまして──お声をかけた次第です」


 か細く消え入りそうな声、それまでの鬼の形相はどこへやら、ソーニャはコロッと人が変わったように大人しくなっていた。こうやっていると可愛らしい市松人形のようだ。


(別人のようだな)


(……いつか血管キレて死にそう)


「あの──いけませんか?」


 ガッサは二分ほど考え込んだあとで口を開いた。


「……ひとつ確認しておくが、我々は大公殿下に忠誠を誓うものだ。あの宮城雄大と皇女殿下の結婚を阻止するだけにとどまらず大公を次期皇帝とするのが最終目標である。キミは皇女殿下に恩義を感じてはいないのか?」


「先ほどの会議での提案、覚えていらっしゃいますか? 皇女殿下は自分が負けない確証があるから余裕なんですよ。ああやってけしかけて、マーガレット様に再び失恋の苦しみを味あわせようとする真性のサディストに違いありません! 私の仕えるべき理想の主人は強く気高く美しい真のプリンセス、マーガレット・ワイズ様ただおひとりです。マーガレット様をいじめるサドの皇女がどうなろうと知ったことではありません」


 皇女を嫌いな船員もいるらしい、陣馬には少し意外だったがこれだけ店員がいれば中にはそういう変わり者が紛れていても不思議ではない。


「なるほど……我々の目的は完全に一致しているとは言えないが邪魔者は共通している──よし、同盟関係を結ぶに当たってはとくに問題もないな」


「え~……」


 不安げにソーニャの全身を眺める陣馬とは対象的にガッサはニヤリとほくそ笑む。


「いいだろうソーニャ君、キミを同志として迎え入れよう」


「よろしくお願いします将軍、ともに憎き宮城雄大を木星帝国から追い出しましょう」


 どちらからともなくふたりは握手を求めるように手を伸ばす。


「うむ頼んだぞソーニャ君。客員扱いの陣馬と違って正式なクルーのキミならば怪しまれずにミッションを遂行することが出来るだろう」


「宮城雄大を追いはらう良い作戦が思いつきましたら意見具申させていただきます……フフフ」


 虫も殺せないほどか弱そうな平時の外見からは想像もつかない激しさを見せるソーニャ、ガッサは握手をかわしながら大きな手応えを感じていた。


「うむ、ここに『宮城雄大排除同盟』を結成する」


「うふふ……楽しみ~」


 ガッサとソーニャのふたりは互いの連絡先を交換する。


(──む~? た、確か拙者達は伯爵と皇配どのをカップルにして皇女殿下をフリーにするはずだったのでは……)


 陣馬はいつの間にか計画の内容が変更されてしまったことに言い知れない不安を感じていた。




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